第一四〇話 畑仕事
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エルガとの協議も終え、約束までの一〇日間は中々忙しない日々を送ることとなった。
取り敢えずまずは耕地を広げる必要がある為、ナガレはオークやエルフ達と取り決め、更にピエールとも協議しその範囲を決めた。
エルフたちの所有する土地を明確にするために、境界杭もしっかりと打ち込んでおく。
その上で商人ギルドとも連携し登記上の記録もはっきりとさせた。
ある程度作業範囲がはっきりした後は、土壌調査となるが、これはエルフ達の手で比較的あっさりと行われた。精霊の声を聞けるエルフであれば土壌にどれだけ栄養が含まれているかも直ぐに知ることができるし、痩せた土であったとしても土の精霊に命じて他の土から栄養を分け与える事が可能だ。
ナガレはここからはある程度様子を見ながら手順を教えるぐらいのことはするつもりだったが、手を出すつもりはなかった。
だが、ナガレが手を貸さなくてもエルフとオーク達だけでもかなり効率よく作業を進める事が出来た。
何せ灌漑一つとってもエルフの魔法で川から水を引くぐらいはあっさりとやってのけたのだ。
更に力仕事にはオークが腕を振るう。痩せたことで見た目には人間とほぼ変わらなくなったオークだが、筋肉の質は人間よりも優れていてかなり頼りになる。
こうしてエルフとオークの力だけで本来なら早くても数ヶ月は掛かるであろう耕作の為の礎作りがたった三日で終わってしまった。
そしてエルフとオーク達は本格的な耕作へと駒を進めていく。
この時はフレムやカイル、ローザやピーチなども手伝ってくれた。
「先生! たまにはこうやって畑仕事に精を出すのもいいものですね!」
「う~ん、でもこの水田というのは凄いね~畑を水に沈めちゃうんだから」
「流石ナガレ様! 私達の知らない知識を沢山ご存知なのですね!」
どうやらナガレが提案した水田はここバール王国だけではなく、大陸全土を見ても利用されていない方法のようだ。
「う~ん、でもここで育てたのがあの美味しいお米になるのね~ふふ~ん、楽しみ~楽しみ~」
鼻歌交じりに種籾を撒くピーチでありその姿が中々可愛らしくもある。
だがどうも彼女は色々と勘違いしているようでもあった。
「ピーチ、ここでは苗を作るのが目的なので正確に言えば、この場所で育てた苗を別の水田に移し替えてそこで育った稲から米が出来る形ですね」
ナガレが提案したのはいわゆる水苗代という方法である。ビニールシートも耕耘機も存在しない為、このような方法を取った。
尤も正確には白米が出来るまでの工程には他にも天日干しでの乾燥や脱穀、米搗きなどもあるがその辺りは割愛した。
勿論エルフやオーク達には既にある程度説明済みだが。
「へ~色々大変なのね……それで、お米はいつ出来るのかしら? 一〇日後ぐらい? もう少し掛かるのかな~」
「苗が育つまでに五〇日、そこから植え替えして美味しいお米が出来るまでに更に半年ぐらいですかね」
「そんなに掛かるの!?」
「本来米作りにはそれだけの時間が必要なんですよ」
最初にナガレがやってみせたときにはあまりにあっさり米や味噌を作り上げて見せたので勘違いしがちだが、米にしろ味噌にしろそして蕎麦にしろ当然だが手作業で行っていけばそれだけ時間は掛かるのである。
それに米にしても半年後に収穫しただけでは足りない。エルフやオーク達が食すにはいいであろうが、そこから味噌に加工する分の米も必要だ。
何より最初に栽培する稲だけでは米にして商品として卸すには全く量が足りない。なので収穫した稲から次の栽培の為の種籾を準備しそれを繰り返して収穫出来る量を増やしていく必要がある。
ナガレがピエールに渡した資料に最低でも二年掛かると表記したのは、収穫量も踏まえてのことなのである。
とは言え――エルフにしろオークにしろ随分と熱心にそれでいて楽しそうに畑仕事を行っている。
狩猟民族のエルフの中にはうまくいくか心配している者もいたがどうやら杞憂に終わりそうだ。
きっと彼らの生活リズムの中に農業が上手く嵌ってくれることだろう。
「ナガレさ~ん、ピーチさ~ん」
こうして農耕作業に勤しんでいると、聞き覚えのある声が耳に届く。
「あ! エルミールじゃない。それにスチールと、あの人は確か……」
「ベアールですね」
「あ! そうそうベアールね。何かちょっと懐かしい気もするわね」
「ええ、そうですね」
「でも、なんか最近エルミールとスチール一緒なのよく見る気がするわね。もしかして上手く行ってるのかしら?」
「何言ってるのじゃ! エルフとドワーフが上手く行くわけないのじゃ!」
きゃっ! とピーチが可愛らしい悲鳴を上げた。すぐ後ろにはいつの間にかエルマールの姿。
その顔は不機嫌そのものである。娘のエルミールがドワーフと一緒にいるのが気に入らないようだ。
「おお! よく食う嬢ちゃんにナガレ、相変わらず仲が良さそうだな~」
「いや、だから良く食う嬢ちゃんはやめてよね!」
「でも間違ってないやろ?」
「え、エルシャスまで!」
別にエルシャスに限らずピーチの食いしん坊ぶりは既に皆に知られている。
「え、エルミール! お主なんでそんなドワーフと一緒にいるのじゃ……」
「あ! マールちゃん! また会えましたね~あれ? もしかして皆のお手伝いしていたのかな? 偉いね~」
ぷんすかと怒りながらエルミールに近づいていく母であったが、それに気がついたエルミールが駆け寄り屈んで優しく頭を撫でた。
これでは正直どちらが親かも判らないだろう。尤もこれがあるからナガレはエルミールとスチールが一緒にいても心配はしていない。
さっきまで不機嫌だったエルマールも娘にナデナデされ顔を赤面させすっかりおとなしくなってしまったからだ。
そして相変わらずソレを見ているエルシャスが一人興奮している。
「それにしても凄いな。これだけの畑をこんな短期間で完成させちまうなんて」
スチールが周囲の水田や蕎麦畑を見ながら感嘆の声を上げる。
「全くだな。それに灌漑もしっかり出来てるじゃねえか。森から引っ張るだけでも普通ならかなりの時間いるだろうに、これもナガレがやったのかい?」
畑の近くに引っ張られてきた用水を繁々と眺めながらベアールもその目を丸くさせた。
ふたりともこの場所はつい最近まで畑もなく灌漑もされていなかったことを知っている。
だからこそ驚いており、当然そんなことが出来るのはナガレぐらいしかいないと思っていたのだろう。
「いえ、私は手順や方法だけは助言しましたが、実際の作業はエルフとオークの手だけで行いました。エルフ族は精霊の力を借りる事が可能ですからね。それを上手く活用すればこの短期間でもこれだけのことが出来ますしオークは力仕事が得意ですからね」
ナガレがそう説明すると、エルフとオークだけでこれだけの作業を短期間で終わらせたことに再度ふたりは関心したように唸った。
「ふむ、エルフってのは凄いもんだな~勿論オークの力もな」
「……たしかにな。でもよく考えたらナガレが手を出してたら多分俺らが瞬きしてる間にこれぐらい出来ちまうんだろうしな」
一体自分はどんな風に思われているのか? と苦笑するナガレである。
「でもなあ、街の中にはあの事件のせいでオークにあまりいい感情を持ってないのも多いみたいだけどよ。見ろよあのオーク達いい顔してるじゃね~か。こんな真面目によお、畑仕事するオークに悪いやつがいるわけないじゃないかよってなあ? よっしゃ! こうなったら俺もしっかりオークの誤解が解けるよう知り合いも含めて話してみせるぜ!」
それは心強いです、とナガレ。ベアールが来てくれたのは僥倖だったかも知れないと考える。
誤解は些細なことで生まれるものだ。だが誤解であればそれは何れは解けるものだ。
「ああ、そうだそうだ。実はうちのがな弁当作ってくれたんだよ。皆に持って行ってあげてってな。折角だから食べてくれよ」
ベアールが弁当の入ったバスケットを掲げながら言うと、お弁当!? と即座にピーチが反応した。やはりピーチは食いしん坊である。
「そうですね、ちょうどお昼時ですしここで一休みといたしますか」
「賛成です先生! 俺もうお腹ペコペコですよ!」
「お、おいらも結構、つ、疲れたかも……」
「カイルは結構だらしないですね」
バテバテのカイルに呆れ顔でローザが言った。フレムはまだまだ元気そうだが、食べ物にありつけるのは嬉しそうだ。
「あ! それなら実は私もお弁当作ってきたんです。これも良かったら――」
だが、エルミールがそう言ってお弁当を見せた瞬間、顔を引き攣らせるピーチの姿があった。
そして何故かスチールの顔も青くなっていたという――