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第一三三話 ナガレとタキシード

 マリーンから話を聞いた翌々日、ナガレ一行は丘の上にある領主の屋敷にやってきていた。

 

「……な、ナガレ?」

「はい、そうですが、どうかしましたかピーチ?」

「あ、うん。ナガレのそんな姿初めて見るから――」


 着替え終わり会場に赴いたナガレをピーチはぽ~っとした顔で見ていた。それもその筈、何せ今のナガレは普段の袴姿からは一変し、この日のために誂えてもらったタキシードに身を包まれている。

 袴の道着姿しか見たことのないピーチ達には新鮮に映った事だろう。


「もしかして似合いませんでしたか?」

「そ、そんなことないわよ! 似合いすぎて逆になんて言っていいかわからないぐらいよ!」


 必死に伝えてくるピーチを微笑ましく思うナガレである。そしてピーチの言うようにナガレは当然タキシード姿もよく似合う。かつて地球にいた時もナガレは空気も読めてTPOもわきまえる男であった。

 故に必要に応じてこういった礼服にも袖を通す。今回は領主の屋敷に招かれたとあって、当然それなりの格好をしたほうが良いとナガレは判断したわけだ。


「ありがとうピーチ。それにピーチもそのドレスよく似あってますよ」

「え? そ、そう? 嬉しいな、えへへ――」


 ピーチが両頬に手を添えて嬉しがる。妙にくねくねした動きで左右の髪も兎のようにぴょんぴょん跳ねまわっていた。

 

 ナガレが礼装を誂えることを決めた時、ピーチも同じようにドレスを新調した。髪の色より少し薄めのピンクなドレスである。

 明るいピーチの雰囲気にピッタリだが、やはり胸が大きいだけに胸元の開きは大きい。


「先生流石です! どんな服でも先生にかかれば一流の作品に早変わりですね! いや、むしろ先生が凄すぎて衣装が霞んで見えるほどです!」

「それは流石にいいすぎですよ。ですがフレムも嫌がっていたわりにはよく似合ってるではないですか」

「うぅ、でも先生。俺はやはりこういう格好は苦手です……」


 後頭部を掻き、眉を落としながら弱った顔で述べる。普段は鍛え上げたバキバキの腹筋を晒すスタイルを貫いているがナガレに言われフレムもタキシードを一つ仕立てた。

 しかし着慣れない格好であまり落ち着かない様子だ。


「あははっ、でも苦手だというわりに色は赤なんだよね~おかげでフレムっちがどこにいるか一目瞭然だけどね」

「なんだよ。いいだろ赤、なんかこう湧き上がるもんがあるんだよ」


 フレムも最初はナガレと同じ黒で揃えようと考えていたようなのだが、赤地もあると知って何故かナガレに謝りつつ赤いタキシードを仕立ててしまった。その分値段も張るようだがそこは気にしなかったようだ。何せ鉱山の件でナガレほどではないにしてもかなりの額を稼いでいる。


 ただ、それでもタキシードそのものは好みじゃないようなのでこういった機会でもなければ着ることはなかったであろう。


 そして珍しい物が見れて嬉しそうなカイルはナガレと同じ黒のタキシードだ。

 普段は軽薄なイメージが強いカイルだが、礼服で格好を整えると妙な気品も感じられる気がした。

 元々口さえ閉じていれば整った顔立ちをしているのも理由の一つとは思うが、フレムと違いどこか着慣れた感じもある。


「で、でも領主様にお呼ばれするとなるとやはり緊張しますね。私、この格好で大丈夫だったかな?」

「いやだ、全然心配することないわよ。凄く良く似合ってるし、なんか天使みたい」

「そうですね。やはりローザは白がよく似合います」


 ローザは柔らか目の生地の白ドレス姿で登場である。全体的にふわふわした感じがローザらしい。いつもはフードで隠れがちな髪も今日はしっかりと整えられている。

 首に掛かる程度まで伸ばされた淡雪のような白髪も相まって、まさにピーチの言うように愛らしい天使といった様相だ。


「ふむ、ナガレはともかくとして、フレムも似合っておるではないか。馬子にも衣装とはこのことなのじゃ」

「でもちょっと色が派手すぎちゃうか?」


 すると今度はエルマールとエルシャスもナガレ達に合流した。ふたりとも緑色のトーガを身に纏っている。これがエルフの礼服なのだろう。確かに自然とともに暮らすエルフがこれを着ると妙に神秘的に思えてしまう。


 本来このふたりは今回の件と関係がないが、エルフの森のこともあるので同行枠を使わせていただいた。

 形式的には此度の魔物の襲撃に対し尽力したものを労う為の晩餐会という形になっており、招待された者は知人も一緒に同行させて良いことになっている。


「な、なんか私まで悪い気がするわね……でもありがとうナガレ」

「いや、マリーンは一応私の同行という事になっているんだけどね」

「あ、そ、そうだったわね」


 ピーチに突っ込まれ、どことなく照れたような笑みを浮かべつつマリーンが返す。

 普段受付嬢として頑張っているマリーンにはナガレもピーチもお世話になっているので今回誘った形だ。


 そんなマリーンも今夜はドレスで綺麗に決めてきている。彼女のイメージにとてもあっている青地のドレスは、美しい背中が顕になった中々に色っぽい作り。

 

 スカートに当たる部分にもスリットが入り、自慢の脚線美が歩く度に惜しげもなく披露される。それでいて全く下品ということはないので場の調和を乱すようなこともないだろう。


「ほら、ブルー。貴方もしっかり挨拶して」


 そしてマリーンに促され、ひょっこりと一人の少年が顔を出した。

 事前にナガレ達も聞いていたが、マリーンは弟も同行させていた。こういった宴に参加するとどうしても帰りが遅くなるためだ。弟を一人にしておくのは心配だったのだろう。それに食事の支度のこともある。


 一緒に参加すればその心配もなくなるので、最初は遠慮していたマリーンに、なら弟さんも一緒にどうだろうか? と提案した形だ。


 そんな弟のブルーはやはり姉弟だけにどことなくマリーンとも似ている。髪も青々しく、背は小さいが活発そうな少年だ。


「初めましてブルーと言います。いつもお姉ちゃんがお世話になってます。でも別に一人でも僕は留守番ぐらいできたんだけどね。もうすぐ一四だし過保護が過ぎると思うんだよね」


 ブルーは自己紹介をしつつ、マリーンに対して少し不満気に口にする。マリーンがちょっと! と顔を顰めたが、確かに一四であれば今のナガレとは一歳しか違わない。尤も実年齢で言えば曾孫にあたるぐらいの差はあるが。そしてこのぐらいの年代というのは大人ぶりたい年頃でもある。


「なんだ生意気なが、いや、弟さんだな」


 フレムはガキと言おうとしたのをナガレの手前言い直したようだ。やはりフレムはこのような席でもついつい地が出そうになってしまう様子。


「あんたがそれ言う?」

「いや、昔のことはもう勘弁して下さいよ先輩」


 ジト目のピーチに返され、痛いところを突かれて弱ったなという様子を見せるフレムである。

 確かに初対面の頃のフレムはやたらと言動が刺々しかった。そう考えれば今は随分と丸くなったものである。


「あ、もしかして貴方がナガレさんですか!」


 すると、ブルーがフレムの前に立ちそんなことを言い出した。妙に瞳がキラキラ輝いている。


「へ? お、俺が先生? そ、そう見えるのか? へへ、なんだ中々見どころがあるじゃねえか」


 今さっきまで生意気だと評していたのが一転、今度は随分と嬉しそうに彼を褒め始めた。ナガレと勘違いされたのがよほど嬉しいのだろう。


「勘違いされて何浮かれてるのよ。でもブルーくんはナガレの事知ってるの?」

「うん! お姉ちゃんが家で良く話してくれるからね! あの様子だと多分お姉ちゃんナガレさんに気が――」

「わああああぁあぁああ! ちょ! ちょ! ちょ、何言ってるのよブルー! 失礼でしょ!」


 咄嗟にマリーンが背後からブルーの口を塞いだ。その先はどうしても聞かれたくなかったようだ。モゴモゴしてるブルーを引っ張っていき何かを耳打ちすると、彼の顔が青くなった。一体何を言われたのかといったところだが。


「え、え~と、とにかくナガレさんの噂はお姉ちゃんから耳にしてて! グレイトゴブリンをたった一人でやっつけたとか、犯罪者を軽々と捕まえて見せたとか、更に街の危機を救ってくれたのもナガレさんと聞いて、僕、冒険者を目指してるんで凄く憧れます!」


 ブルーがフレムの前で熱弁をみせる。いまもなお勘違いは続いているようで、流石にフレムも、お、おう、と困り顔を見せ始めた。違うと一言いえばいいだけのように思えるが、本人の口からはどうにも言いづらそうである。


「ブルー、だからそれは違うってば。ナガレは――」


 そう言ってマリーンがナガレに目を向ける。すると、え!? とブルーが驚き目をまん丸くさせた。


「うそ! こんなに小さいのに。それにそんなに強そうに見えない……」

「お、おい! 先生に失礼だぞ!」

「構いませんよフレム。私の背が低いのは事実ですしね」


 そう言ってナガレが微笑む。実際普段のナガレは戦闘力を極限まで抑えている。何せ傍から見ればレベル0である。実際上背で言えばフレムも決して高い方ではないのだが、見た目で言えば初見ではフレムの方が強そうに見えても仕方のないことだろう――



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