閑話 其の二 クラス召喚
第一章の閑話から繋がってる話ですが、すぐに読んでいただかなくても大丈夫ですし、こういったのが苦手な方は例え読まなくても大丈夫なように話は進めていきたいと思います。
「皆さんには、この国を脅かす存在から我らを守っていただきたいのです」
これが友紗学園二年A組のクラスメート二十四名、それに男性教諭一名、合計二十五名を召喚したという帝国の皇帝が彼らに頭を下げて頼んできたことであった。
恐らく殆どの生徒は、その内容が頭に入ってくるのに暫しの時間を要したことだろう。
二年A組のクラスメートは、異世界への召喚などという架空の物語のような状況に陥るまでは、修学旅行に向かうバスの中で各々楽しく過ごしていた。
しかしそんな中、突如車内が輝きを増し、周囲に幾何学模様の魔法陣が多数浮かび上がったかと思えば、サウズ大陸のマーベル帝国に転移させられてしまっていたのである。
正直こんな話、俄には信じられないことであったのだが、周囲に居並ぶのがローブを纏った、いかにもといった雰囲気の魔術師であったり白銀の鎧を身に纏った騎士であったりしたこと。
それらがどうみてもコスプレなどでは無かったこと。
そして極めつけは、ステータスと念じることで自分たちの能力が頭のなかに浮かび上がることなどが、この世界が自分たちの暮らしていた世界とは全く次元の異なる世界であることを証明していた。
このステータスにはやたらと興奮しているものも何人かいたりはしたが、殆どの者は異世界に召喚されたという事態に絶望を感じていた。
こんなのは殆ど拉致と一緒だ! と騒ぐのもいた。
だがそういった者は先生が上手くなだめてもいた。何せ皇帝の御前だ。今はまだ向こうが頼む立場というスタイルで下手に出ているようにも思えるが、掌を返されでもしたら身が危ないのは自分たちの方である。
ステータスで能力が判ったとはいえ、現状はまだその力の使い方など全く判ってないのだから。
「あの、困ります。できればすぐに元の世界に戻して欲しいんですが」
しかしそんな中、勇敢にも皇帝に己の意見を告げるものがいた。
荒牧 舞である。艶やかな背中まである黒髪にパッチリとした瞳、それでいてメリハリのきいたボディと、すれ違えば誰もが振り返りそうな美少女であった。
その様相、そしてどことなく凛とした佇まいに思わず皇帝ですら見惚れてしまう。
「私、日本で大事な仕事が待ってるんです。お願いです! 帰して下さい!」
更に詰め寄り語気を強め訴える。そこで漸くマズイと察した担任教師、西島 勇が前に出て、まぁまぁ、と彼女を抑えた。
今回の召喚に巻き込まれた一人で、眼鏡の似合う二〇代そこそこの男である。
長身痩躯の人物ではあるが、女性うけする面立ちの為か、クラスの女子からの人気は高い。
「たしか舞ちゃん、ドラマの主演に抜擢されたんだっけ?」
「そうそう、しかも大注目作」
「それだったら、確かに帰りたい気持ち強いよね……」
ひそひそとクラスの女子が囁き合う。
皇帝に喰い付くように詰問した舞は、一年の時から芸能界入りし、現役女子高生アイドルとして活動している。
CM出演などで人気を博し、バラエティ番組への出演も多くこなしているため、クラスメートからの人気も高い。
「その気持ちは判る。しかし残念ながら今すぐ送還する事は出来ない。だが約束しよう、もし我らを他国からの脅威から救って頂けたなら、皆を無事元の世界に送り返すことを約束する」
「それはどのぐらい先の話なのですか?」
「ま、舞君、もうこれぐらいでいいんじゃないかい? 帰してくれる事は約束してくれたわけだし」
しかし舞は、キッ! と西島を鋭く睨めつける。
彼女からすれば、ここで適当な返答で済ませるわけにはいかない。
仕事は待ってなどくれないからだ。
「そなた達の働きにもよるが、それでも三年は無理であるな」
皇帝の返答に、クラスの生徒たちがざわついた。
当然だろう、三年という期間は決して短いものではない。
「さ、三年ですか? それは何故?」
これには流石に教師の西島も眉を顰め尋ねる。
三年間もこのようなわけのわからない状況に置かれるのは勘弁願いたいのだろう。
「それについては私から説明いたします」
そういって、一人の妙齢の女性が前に出た。蒼い髪の美しい、整った顔立ちをした綺麗な女である。
ローブを身にまとい、杖を握りしめている事から、魔法に精通した人物であると察することが出来る。
「召喚にしろ送還にしろ、時空の扉を開く特殊な術式と詠唱が必要となります。召喚にも必要な魔力量が多く、多くの魔術師の力を結集させた陣形魔法で発動する必要があるのですが、その召喚魔法でさえ最短で一ヶ月の準備期間が必要となります。ましてや送還ともなれば皆様を召喚した時とほど近い場所、更に送還する次元と世界も解析する必要があり、その為に必要となる魔力と人員は膨大なものとなります」
「それを準備するのに必要な期間が三年という事ですか?」
クラスの誰かが声を上げる。すると魔術師然とした女は首を振り。
「正確にいえばそうではありません。それだけの魔力、残念ながら我々の力だけでは集めるのは不可能だからです。しかし、四年に一度訪れる蒼月の夜であれば話は別です。月が蒼く満ちるその日は、およそ三十分程のあいだではありますが、世界に漂う魔力量が増大します。その魔力を利用すれば送還魔法も可能――しかし蒼月の夜は既に昨年訪れており、その為三年間はお待ち頂く事となるのです」
魔術師の説明を受け、生徒たちの間に微妙な沈黙が訪れる。
理由は理解したが、それを知ったからと今の状況が解決するわけでもない。
寧ろ、最低でも三年間はこの異世界で生活を続けなければいけないという事に他ならないのだ。
「なるほど、話はわかりました」
と、ここで前に出る男子生徒が一人。そして彼が前に出た途端、女生徒の表情に希望の色が灯った。
明智 正義、クラス委員長かつ、生徒会役員副会長にして剣道部の主将も務め、スポーツ万能、成績は常に学年トップの文武両道、更に容姿端麗と非の打ち所のないエリートである。
父親が警視総監、母親が検察の検事長。上に年の離れた兄が二人、姉が一人いるが、その誰もが刑事のキャリア、検察官、弁護士といった法を守るエリート一家の生まれでもある。
「皆さん、ここはどうでしょう? 戦える力を持った者だけでも皇帝陛下の願いを聞き受け協力するというのは? 帝国の皇帝という立場にあられる御方が、こうして頭を下げてくれているのです。確かに私たちはこの世界に何の確認もなく唐突に召喚された。しかし私達が選ばれなければ、どこか他の組やまた違う学校の誰かがこの世界に呼ばれていたのです。必ず誰かがやらねばならぬことであれば、私達がその役目を担ってもいいのでは? それにこれはある意味天文学的な数値の中選ばれたわけで、運命とも言える」
クラス一の人気を誇り、皆の信頼も厚い明智の言葉とあって、その場の雰囲気は一変した。
そもそも、この二年A組の中にはこの状況を楽しんでいるものも一定数いる。
ゲームやラノベ、アニメなどが好きな連中に至っては自分のステータスに興奮しているものもいるし、その力を試したいと考えてるものも少なく無いだろう。
明智の言葉は先ずはその一部を焚き付け、更に彼の生まれ持ったカリスマによってそういった事に興味が無い生徒たちも乗り気になる。
「それに先生も、ここで我々が帝国のピンチを救えばその扱いは英雄……」
そしてさらに明智は先生にそう耳打ちする。異世界にはこの世界ならではの秘宝も多く隠されているかもしれない。
そういった物を持ち帰れば、教師なんて続けていなくても――そういった話を持ちかけることで、西島の眼の色も変わった。
「それでも、私は納得がいかないわ」
「舞君、君の気持ちもわかるよ。でも、帰る方法がない以上仕方ないのではないかな?」
「でも――」
「それに仕事の事は恐らく心配ないと思うよ」
明智がにっこりと微笑み告げると、え? と舞は目を丸くさせる。
「そのあたりは多分、そうだ、君が詳しかっただろう? 説明頼むよ」
明智が男子生徒の一人に目を向け指名した。
彼は小森 純一。
普段から他のオタク仲間とラノベやアニメ談義に花を咲かせていた男子で、ここが異世界だとしって他の仲間と興奮していた一人でもある。
「あ、うん。え~とこういう場合特に時空の絡む場合というのは、パターンとして元の世界とこの異世界で時間の流れが違うという場合が多いんだ。だからここの三年間も地球では三時間足らずって可能性も――」
「そういうことだよ。だから心配することはない。三時間ぐらいなら修学旅行内の範疇だ、事件にすらならない可能性も高いよ」
「え? でも――」
無理やり話を纏めてくる明智に、舞は眉を顰め反論しようとするが、明智は全てを聞かず、さっきの魔術師に顔を向ける。
「そうですよね? お美しい魔術師様。この世界と私達のいた異世界では時間の流れが違うのでしょう?」
明智はウィンクをしつつ、彼女に問う。
一瞬その頬が紅く染まったが、こほんと咳払いし。
「……そうですね。明智様の言う通りでございます。流石勇者の称号を持つ方は知能も我々の想像の遙か上をいかれてるようです」
明智を讃える女魔術師。ちなみに既にこの場に来る前、クラスの全員は担当の魔術師や騎士によってステータスをチェックされている。
その中で、明智 正義は完璧な勇者という極めて希少な称号を手に入れていた。
その為、明智のステータスとレベルはこのクラスでは誰よりも抜きん出ている。
故に明智は、帝国からも最も期待されている一人でもあった。
生徒たちが厚い信頼を抱くのもそういった事情も関係している事だろう。
「だってさ。これで安心だね」
そういって微笑むと、クラスの生徒達から歓声が上がった。
三時間程度ならと安堵する声も耳に届く。
「……信じていいのよね?」
「この国の魔術師様がそういっているわけだしね」
明智にそこまで言われ、舞も仕方ないか、と嘆息しその場は引き下がった。
「さて陛下、ここからはお願いなのですが、召喚された中にはステータス的に戦いには向かない者も一定数おります。そういった者の安全を保証頂きたいのですが」
「勿論それは保証しよう。魔物も少なく比較的安全な街に護衛付きで送り届ける。勿論ここに残る者の状況は逐一報告もしよう」
明智はその場で恭しく頭を下げ、それに教師の西島も倣った。
こうして二年A組と皇帝陛下との謁見は終わりをむかえ、生徒たちはその場を後にした――




