第一二四話 プロローグオブサトル 後編
前編でも書きましたが胸くそが悪くなるような内容が含まれてます。そういった話が苦手な方はご注意ください。
サトルは両親を安心させるつもりで言ったが――実際は父親の痴漢の件や母親が学校に抗議に来たことが更に虐めを加速させる要因となってしまっていた。
クラスにサトルの味方はいなかった。それどころか今まで虐めに加わっていない連中までもがサトルを甚振ることに快感を覚え始めるようになっていった。
クラスのオタク三人組であった中野、秋葉、大宮の三人ですら陸海空にサトルを傷めつけるアイディアを提供するに様になり、担任の勇もサトルに対して全く遠慮がなくなった。その彼女である百島も何かにつけてサトルをいやらしい目で見てると大声で言いふらし、それを聞いた連中がサトルを暴行するというサイクルが出来上がっていった。イサム主導の元、朝のホームルームでサトルに与える罰をどれにするかなどの投票も平気で行われた。
水責め、火炙り、針責め、虫責め、首吊り――思いつく限りの拷問の類を公開処刑と称され日替わりで受け続けた。
サトルが痛みにもがき苦しむ姿を多くの生徒が笑いながら見ていた。
肉体的にも精神的にもボロボロの毎日だった。しかし、それでもサトルは家ではなんでもない、大丈夫だと平静を装った。
「サトル、お前明日は学校に来るな。これは命令だ」
毎日が拷問の日々――しかし何故か時折イサムはサトルに学校に来るなと命令した。
だが、サトルにとってはこれが唯一心が休める時になっていた。下手すれば日曜祝日関係なくサトルは呼び出され虐められた。
断れば家族に危害が及ぶぞと脅され従うしかなかったからだ。この連中はただの脅しではなく断れば本当に実行に移すとサトルにはわかっていたからだ。
それ故に、来なくていいと命じられる日だけが唯一虐めから解放される瞬間だったのである。
何故イサムがそんなことを言うのかは判らない。だがこの時ばかりはサトルも部屋で安息の時を過ごした。両親も何も言わなかった。
「あ、お兄ちゃん学校サボってる! いけないんだ~」
その日はやはりイサムに言われサトルは学校を休んでいた。虐めを受け続け一年経った日の事だった。妹が部屋に顔を出しそんなことを言ってきたのだ。
「いや、お前こそ何でこの時間にいるんだよ?」
「私は創立記念日だからいいの。お兄ちゃんは違うでしょ?」
「だったら俺も創立記念日だ」
「え~何よそれ~」
そんな風にぶ~たれる妹を見ながらサトルはバツが悪くて仕方ない思いだった。
勿論サトルが進んで休んだわけではない。寧ろ普通なら登校拒否に陥っても仕方のないほどの壮絶な虐めを受け続けながら、サトルはそれでも家族に迷惑はかけまいと学校に通い続けていたのだから。
「……俺だってたまには学校ぐらいサボるさ。悪だからな」
しかし妹に何かを悟られるのが嫌でそう誤魔化すように返した。すると妹はクスクスと笑い、
「嫌だ、お兄ちゃんに悪なんて似合わないよ~」
と言葉を返した。更に、虫も殺せないぐらいだしね、とも付け加えてきた。
サトルは妹からそんなに頼りなく思われているのか、と残念にも思った。だが、何も出来ず虐められ続けている自分を思い起こし、それも当然かと自虐的な笑みを浮かべた。
「ま、いいか。じゃあ、はい。これ」
しかし、そんなサトルに妹は包装紙に包まれた何かを差し出してきた。ラッピングもされていて一体何のつもりだろうと小首を傾げるサトルに妹は嫌だお兄ちゃんったら、と発し、
「自分の誕生日忘れちゃったの?」
と続けてきた。
その言葉でサトルはようやく思い出した。あまりに毎日が過酷すぎてサトルは自分の誕生日さえも忘れてしまっていた。
「……虫も殺せないお兄ちゃんだけど、私そんな優しいお兄ちゃんが大好きだよ。誕生日おめでとう」
プレゼントを受け取り――そのセリフを耳にしたサトルの瞳から思わず涙が溢れていた。
妹の前で情けないとは思っていたが上手く止める事ができなかった。
「う、嘘! 嫌だお兄ちゃん、そんな泣くことないじゃない」
この時のサトルには、ただただ妹の優しさが嬉しかった。毎日繰り返される虐めに耐え続け疲弊した心が身体が、このたった一つのプレゼントで癒され、救われたような、そんな気持ちになることが出来た。
愛妹にお礼を言ってまた泣いて、変なお兄ちゃん、と言われ苦笑して、そして夕食の時間には両親もサトルの誕生日を祝ってくれて、また泣いた。
絶望しか無いと思っていた高校生活の中でこの日はサトルにとって唯一安らげる日となった。
「あのねお兄ちゃん、実は一つお願いがあるんだけど――」
そして夜も更け寝ようと思ったサトルの部屋にやってきて妹が上目遣いに聞いてくる。
「俺に出来ることなら……」
「出来るよ! 寧ろお兄ちゃんにしか出来ないこと!」
そしてサトルが返事すると妹は真剣な顔でそう口にし、
「あ、あのね。お兄ちゃんの高校に新牧 舞さんが通っているんだよね? それで、ね。サイン貰うこと出来ないかな?」
とお願いされた。それにサトルは一瞬渋い顔を見せる。
新牧 舞のことはサトルもよく知っていた。現役高校生アイドルとして売出し中で、最近ではその演技も認められCMを始めドラマや映画にも顔を出してきている。それでいてバラエティーにもよく出演していてテレビに映るたびに妹が尊敬の眼差しを向けていた。
そして、その女子高生アイドルはサトルのクラスメートでもあった。
だが、勿論サトルにとって学校に通い続けている間そんな余裕が無いというのもあるが――その新牧 舞とは一度も顔を合わせたことがないのである。
何せ芸能人としての仕事が忙しすぎてまともに学校に顔を出す暇がなく、その為特別待遇として授業が終わった後に顔を出し個別指導を受けているという話もあるぐらいだ。
だからサトルはこればかりは必ずとは約束できず、返答に窮するも――自分のためにプレゼントまで用意してくれた妹の願いを無下にも出来ず、
「……判った。確約は出来ないけど――聞いてみるよ」
と、ついついそんなことを言ってしまった。
その結果、ありがとうお兄ちゃん! と随分と妹に期待されてしまったが――それでも妹の笑顔が見れてサトルは嬉しかった。
そして、妹の優しさとその笑顔があったから、次の日から続く地獄の日々にもなんとか耐え続ける事ができた。妹からのサインの催促はちょくちょくスマホに届くようになりそのたびにごまかしてはいたが、そんなメッセージでも妹のことを思えば頑張れる気がした。
だけどごまかしつづけるわけにもいかない。しかしある日、新牧 舞が修学旅行には参加するという噂を耳にした。
サトルは相変わらず酷い虐めを受け続けていたが、それでももしかしたら一度も顔を合わせていない彼女ならなんとかなるのではないか? と淡い期待を抱くようになっていた。
この時のサトルは妹の喜ぶ顔を見ることだけが唯一の心の支えだった。過酷な虐めの日々の中でそれだけが心の拠り所でもあった。
だが――それも長くは続かなかった。それはある日の夜のことであった。サトルのスマホにサメジから連絡が来た。
一体今度は何をしてくるつもりだ? とサトルは電話に出た。サメジはただこれから送る動画を見ろと言った。そしてその場所まで来なければ――
動画を見るなりサトルは飛び出した。送られてきた動画には妹が映っていた。そしてそれを甚振る三人の姿も――
『お兄ちゃん助けてェ、どうして、嫌だよう、こんなの嫌だよう、お兄ちゃん――痛いよう、痛いよう』
『よう、どうだいお兄ちゃん? 全くテメェみたいな屑にもこんな妹がいたんだな~』
『俺も驚いたぜ! それにしてもこんなに可愛い妹となら、お兄ちゃんってば毎日猿みたいに宜しくやってるかと思えば、まだ処女だったじゃねぇか!』
『まあ、それも俺たちが奪ったけどな。で、それも飽きてきたからお前に代わって妹ちゃんに拷問してたってわけ』
『そういうことだ。陸も空もやりすぎるところがあるからな。既に指も何本か逝っちまってるし早く助けにこないとどうなるか判らないぞ? ああ勿論来るならお前一人で来いよ? そうでないと――』
『お、兄ちゃん、ママぁ、パパぁ、こんな、の、いやだ、よぉ……』
『あ~あ~可哀想に。頼りないお兄ちゃんのせいで可愛らしかった顔がこんなに酷く~』
『けへ! まあゴミ屑の妹にはピッタリってか~?』
『ま、そういうわけだ。後は言わなくても判るな?』
動画の風景で妹ともよく行った公園であることが判った。サトルは我を忘れて家を飛び出し、足がもげそうなぐらいに力を振り絞り、少しでも速く、速く! と公園に急いだ。
だが――公園についたサトルが目にしたものは、元の姿がどうだったかも思い出せなくなるほどに変わり果てた妹の姿であった。
最初は信じられなかった。違うと人違いだと、きっと別な何かだと、そう思いたかった。
だが、落ちていたスマホもそれについているストラップも、妹が持っていたものと同じだった。見るも無残な姿に成り果ててしまった中、妹だと唯一証明するものがそれだった。
サトルはその場で崩れ落ち、慟哭した。だが、悲劇はこれでは終わらなかった。その直後、サイレンの音が鳴り響きぞくぞくと公園の周りをパトカーが取り囲んでいき――そしてサトルは駆けつけた警察官の手で取り押さえられてしまった。
意味が判らなかった。ただでさえ妹のことで頭がぐちゃぐちゃになりそうなときに、何故か警察はサトルに手錠を掛け、無理やりパトカーに押し込み警察署へと連行した。
わけのわからないまま取り調べを受けた。しかしその内容は酷いものだった。矢継ぎ早に刑事が続けていく詰問は全てサトルを犯人と決めて掛かったものであった。
少しずつ落ち着いてきたサトルは妹の死を理解し嘆き、そして自分の無実を訴え、陸海空が犯人であることを訴えた。
そのための証拠もあると。スマホに入ったデーターを確認してくれと。
だが――無駄だった。サトルが預けたスマホの中には何もないと言い捨てられた。中身を自身でも確認させられた時には既に動画の内容は消された後だった。
その上次から次へとサトルが犯人と決定づける証拠が提示されていった。それらは当然サトルには身に覚えのないものだった。
サトルの指紋付きのナイフ、監視カメラの映像。更にサトルと妹が恋仲だったというでたらめな記録。
殺害動機も滑稽だった。妹に頼まれた新牧 舞のサインが用意できず、口論となり逆上して強姦し殺害に及んだと、サトルはとんでもないキチガイだと刑事から罵られた。
しかもそんな突拍子もない動機ですらマスコミはこぞって取り上げ、サトルを異常者とし自らの妹に対し凶行に及んだ殺人鬼と囃し立て世間の感情を煽った。
サトルは朝から晩まで取り調べを受けさせられた。暴行も容赦なく行われた。それでも無実を訴え続けるサトルには接触禁止が言い渡され両親との面会も一切許されることはなかった。
弁護士もサトルを弁護する気など一切ない名ばかりの国選弁護人がつけられた。サトルの言い分など聞く耳を持たず、さっさと罪を認めて楽になれとしか言ってこない。
それでもサトルは抗い続けた。決して罪を認めなかった。だが刑事の作る供述調書はサトルが殺人犯だと決めつける内容で綴られていった。
サインを求められ断れば殴る蹴るの暴行を受け、意識が朦朧としてきたところで無理やり手を掴み書かされたりもした。
一度それがあってからはなんとか耐えてサインは一切しないようにした。そうやって抗い続けたサトルであったが――
「お前の両親が自殺したぞ。お前のせいでな。遺書を残しての自殺だ。お前を産んで後悔してるってよ。それにしてもこんなろくでもない屑を残して自殺とは息子も屑なら親も屑だな。まあ色々問題のあった親みたいだから納得だがな。だがそんな屑でもお前の両親なんだろ? 少しでも悪いと思ったならさっさと認めてサインしろ」
その瞬間サトルの中で繋ぎ止められていた何かがぷつりと音を立てて切れた――それからはサトルは何があったかよく覚えていない。
ただ気がついたら法廷に立たされ死刑宣告を受けていた。サトルには後悔しかなかった。なぜこんな理不尽な目にあわなければならないのか? 何故妹が死に両親が自殺にまで追い込まれる必要があったのか?
――そして気がつく、全ては奴らのせいだと。
心が煮えたぎる、怨嗟の炎が胸の中で燃え上がる。しかしどうしようもなかった。この世界ではサトルの力など虫けらみたいなものだった。
だが――奇跡は起こった。死刑判決をくだされた後、気がつけばサトルは異世界にいて、そこで悪魔の書と契約した。
死後永遠の苦しみを味わうとさえ言われたが関係無かった。
奴らにさえ復讐できればそれで満足だった。
「――ようやくここまで来た……」
暗い森の中でサトルは目を覚ました。胸糞の悪くなる夢だった。だがおかげでこれまでの出来事が想起された。
西島 勇、百島 穂乃果、秋葉 夢志男、中野 形人、大宮 太、土鈴 勝人、姫岸 菜乃花、犬好 杉瑠、花愛 瑠乃――これまでに九人殺した。
だが当然こんなことで満足してない。何より愛妹を惨たらしく殺した陸海空の三人がまだ残っている。そして全ての罪をサトルに被せ犯罪者に仕立てあげた明智 正義――そして他の一二名だってサトルにとっては全て復讐すべき忌むべき相手に間違いはない。
「いよいよだな……」
『ほう? 随分と気持ちが篭もっているではないか』
「……当然だ。これまでの復讐なんて俺にとっては終わりの始まりでしかない。レベルも上がった。悪魔もほぼ使いこなせるようになった。残りの奴らの居場所も突き止めた。そう、だから――」
これからが――本番だ。静かで、そしてとても冷たい声で、決意の滲む表情で、サトルは独り言ち、そして再び歩み出す。
全ての罪人を断罪するために、復讐のために、愛していた家族の仇を取るために――




