閑話其の二〇 W姫騎士対サトル
見る方によっては気分の悪くなるような描写があります。
「ふむ、やはりハーピー程度じゃこんなものか」
サトルはハーピーをあっさり返り討ちにする三人の姿を認め呟く。
ハーピーを操ったのはレオナードによる洗脳魔法による効果であった。
正確に言えば魔導門の幻術式で、その名の通り相手を惑わす効果を持つ魔法が多い術式である。
サトルはサイゴンもこの魔法を利用して山賊たちにけしかけていた。
「……とはいえ、おかげで能力は完全に掴めた。あいつは屑教師だったが、最後に残した情報はわりと正確だったな」
『ふむ、しかしそれで満足することなく、しっかりと自分の目でも確かめるとは流石であるな』
当然、とサトルが返す。それにあの西島を殺してからそれなりに日も経っている。
当然ステータスにも何かしらの変化があるはずだ。
場合によっては山賊に伝えていた作戦も若干変更する必要はあるかもなとも考えていたぐらいである。
ただ、やはり称号面でいえば大きな変化はなかった。
これであれば当初の予定通りで問題ないであろう。
(それにしても――)
久しぶりにあの三人の姿を認めたサトルに、かつての記憶が蘇る。
『おおスギル、まじで犬連れて来たのかよ』
『うん、西島先生が許可してくれたしね。ガルルとグルルだよ~』
『かかっ、いい名だな。しかもドーベルマンたあ強そうだ。おらサトル! この二匹と戦え! おら噛め噛め食いちぎれ!』
『え~違うよ~ガルルとグルルを匹なんて言わないで! サトルの方でしょ匹は!』
『ははっ、違いねぇこいつは畜生だ!』
『おわ~めちゃめちゃ噛まれてるじゃん。ははっおもしれ~』
『お、おいこっちの犬腰振ってやがるぜ。サトル相手に盛ってやがる!』
『面白いからこのまま本当にサトルと交尾させてみるか?』
『ちょ! やめてよ腐ったらどうするのよ! もうこの屑最低! その汚いの噛み千切っちゃえ!』
『ぎゃはははは! まじで噛まれてやがる! うわっすげえ、こいつ不能になっちまうんじゃねぇの?』
『こんな奴不能でいいじゃん。本当将来こんなのに赤ちゃん出来たら可哀想だもの』
『全くだこんな汚らしい屑が産んだ子供なんて犬の餌にもならないぜ!』
(……犬好 杉瑠)
『ちょっとサトル! あんたうちの園芸部の花壇みてたでしょ!』
『はぁ? サトルてめぇ何考えてやがんだ! お前なんかが花をみたら花が腐るだろうが!』
『全くよ大体あんた雑草の癖に何生意気に私の育てた花みてるのよ!』
『そんな雑草にはお仕置きが必要だな』
『おいおい、ルノの奴、除草剤頭からぶっかけてやがるぜ』
『雑草にはお似合いだな。ついでに肥料も頭からかけてやろうぜ』
『うっわ、くっさ! テメェ臭えんだよこら! 俺の鼻が曲がったらどうするんだ!』
『嫌だサトルの方が鼻曲がってるじゃん。かわいそー、ごめんね私ちょっと言い過ぎたかも。これはお詫びの印、飲んでよ。ねぇ早く。何よあんた! 私が折角上げるって言ってるのに受け取れないの?』
『マジか最低だなサトル』
『折角の女子からの好意を無視するなど男の風上のもおけないござるよ』
『いいから飲めよ! おら! 口開けろゴラッ!』
『おいおい飲んだ途端苦しみだしたぜ、何入れたんだよルノ』
『え? ちょっと農薬入りのお茶飲ませただけだよ。でも薄めてるし精々胃が爛れるぐらいでしょ? 大げさなんだってばこの雑草』
『全くだ。さっさと枯れろこの屑が! 屑が! 屑がーーーー!』
(……花愛 瑠乃)
『サトル、私貴方にぴったりのお仕事見つけましたの。ゴミ箱、そうですわ、貴方にピッタリの仕事はゴミ箱ですわ。これからはクラスのゴミ箱として暮らしなさい』
『流石ナノカは面白い事考えるな。ゴミ箱かこいつはいいや』
『おいゴミ箱、ちゃんと消しゴムのカス吸い込めよ』
『ちっ、このゴミ箱すぐ口閉じちまうよ。いくら蹴り入れても開きやしねえ』
『サトル~ナノカさんに感謝しろよ。お前は今日からゴミ箱係として任命されたんだ。だから授業中に席になんて座るんじゃない。そこで口を開けてゴミを処理しなさい。ほら皆も協力して』
『おらっ! 西島先生がこう言ってるんだ! さっさとゴミ箱やれよグズ!』
『教室はしっかり綺麗にしないとな。ほらゴミ箱口開けろ! 集めたゴミ入れてやる。あ、何吐き出してるんだあコラ! 飲み込め! 飲み込め!』
『サトル、貴方本当に臭いですわ。臭い臭い臭い、本当汚物ですわね。醜いし汚らわしいし臭いしでろくでもありませんわ』
『おい! ふざけんなよサトルてめぇ! ナノカ様に匂いが移ったらどうすんだよ! ゴミ箱の癖に!』
『ああもうこのゴミ箱駄目だな廃棄しちまおうぜ』
『あらあらそれは流石に可哀想だと思いますわ。あ、判りましたわ。きっとゴミ箱が動きまわってるのがいけないのですわ。離れたところで黙っていてくれれば、近づかなければ不快ではありませんし』
『ナノカの言うとおりだぜ。そもそもゴミ箱の癖に動くなんて生意気なんだよ!』
『あらあら、右腕が折れたようですわね。でもそれなら左腕も折らないとバランスが悪いですわ』
『ナノカ様これでどうですか?』
『う~ん、でも腕だけだとまだ動けますわね。そうそう、次は脚を。嫌ですわ、片足だけだとまだ動けるかもしれませんし、もう一本の脚も――うふふ、いい感じですわ。後は顎の骨も砕いてしまえば共同ゴミ箱としても丁度いいですわ』
(……姫岸 菜乃花)
狂った日常を思い出し、強く強く唇を噛みしめる。この三人は女子の中では特にサトルを甚振り続けた連中だ。
スギルの飼い犬に噛まれた傷は未だにズキズキ疼く。
ルノに農薬入りのお茶を飲まされた時は生死の境を彷徨った。
ナノカのせいで両手両足が折られることになり、顎も砕かれ、その状態のままわけのわからないものを口に詰め込まれるはめになった。
奴らにやられたことを思い出すだけで全身が疼く。体中に言いようのない傷みが駆け巡る。
だから、サトルは改めてここに誓う。奴らに後悔を、復讐を、希望なんて微塵も感じることの出来ない絶望を――与える。
「いでよ悪魔の書十三位ヘラドンナ――」
サトルが念じると現出した悪魔の書がペラペラと捲られ、そして書物の中から緑色の蔦が伸び、サトルの目の前でぐるぐる巻きになっていき、それは次第に人型へと変貌していく。
「私をお呼びいただきありがとうございますご主人様。なんなりとお申しつけを」
現れたのは緑色の肌を有す女性型の悪魔であった。
葉っぱで恥部を隠すような衣装に、緑瞳で見た目には中々エロチックな悪魔でもある。
長い髪もやはり緑系だが、よく見るとその髪が植物であることが理解できる。
この悪魔は植物を自在に操ることが出来る悪魔だ。
そして悪魔特有の特殊な種も瞬時に芽吹かせる事も可能である。
「う~ん、既に何度かみてはいるが、それにしてもやはりある程度高位の悪魔になると流暢に喋るものだな」
「お褒めに頂きありがとうございますご主人様。精一杯ご主人様の為に尽くさせて頂きます」
何故か中々のボリュームがある胸を寄せるようにしながら跪くヘラドンナに、頬を赤らめるサトルである。
『ふむ、サトルもやはり男であったか』
「だ、黙れ! とにかくだ、ヘラドンナ。この位置に――」
サトルはヘラドンナに作戦の説明と何をしてもらいたいかを伝える。
ヘラドンナはその説明を一回でしっかり理解し行動を開始した。
その姿を見ながら、やはり頭がいいにこしたことはないなと思いつつ、襲撃のために控えている山賊たちの下へ向かった。
勿論その時は全身鎧の姿である。
「しかし、本当に大丈夫だろうか?」
「問題ない。言っただろ? 直前で全員に身体強化の魔法をかける。それに既にトラップは仕掛けてある」
そう答えつつサトルは頭の持っている武器にふと注目した。
(刀か……異世界人で持ってるのを見たのは初めてだな)
それが少し気になりはしたが、この世界では何度か地球からの召喚を試みている。
その際に現れた地球人が製法を伝えたのかも知れない。
「来たぞ!」
斥候として頭が張らせていた部下が戻ってきて、静かにしかしはっきりとした声で言った。
全員の顔に緊張が走る。少々硬すぎだなとサトルは思った。
サトルに関しては落ち着いたものである。そもそもガーゴイルによる上からの監視は続けさせておいたので、山賊より早くターゲットが来ることは察していた。
ただ、それでも山賊の知恵に助けられた部分もある。
この場所が襲撃に最適だと提案したのはあの頭だ。
そこはやはりこの辺りにアジトを置くだけに、この山の事はサトルより詳しい。
ターゲットの移動速度を考慮すれば、この辺りで野宿するのに最適な場所はここしかないと判断したのだ。
そしてその情報があったからこそサトルは事前にトラップを仕掛ける事が出来た。
「しかし、先生俺達の事は本当にバレませんかね?」
この辺りは段々になってるような岩場に囲まれている。
その為身を隠すには最適だ。ただ岩場の後方は絶壁な為、いくら岩場が身を隠すのに最適とは普通はそもそもここまで辿り着くのも困難だ。
だが、その辺りは流石山賊だけに、全員が急な絶壁を上り、身を潜めることに成功した。
これだけでも相手が並の商人であれば問題なく事は運ぶだろう。
だが、相手が手練れの騎士を護衛につける皇女様とあって、やはり不安が残るのだろう。
「大丈夫だ。あの中で索敵能力に長けるのは、あの狼を連れた女だけだ」
岩の隙間から覗きつつサトルが言う。陣を張っている岩場はターゲットより若干高い位置にある為、見下ろすような形だ。
今は夜営の準備にとりかかってるところでもある。
「その狼にバレる心配はないんですかい?」
「問題ないさ。まあ見てろ」
それから暫く山賊とサトルは様子見を続けた。
襲撃するタイミングを見計らっている。
今はまだ少し早い。やるなら夜陰に紛れた方がいいと事前にサトルは伝えている。
しかしサトル自身は気持ちを抑えるのが大変だった。
視線の先であの三人が談笑しているのだ。自分にあれだけのことをしておいて、笑顔で話す連中が憎たらしかった。
その内に皇女である姫騎士とも会話し――その内にスギルが付き従わせている狼の変化に気がついた。
「みろ、あの狼調子が悪そうだろ?」
「た、確かにそうだな」
流石はヘラドンナだな、と密かに心のなかで称賛する。
事前にヘラドンナに頼んだのは夜営してる周辺に特殊な花を咲かせておき、匂いを充満させる事だ。
尤もこれは人間には気づくことの出来ないもの。動物のみがつよく影響を受け嗅覚をやられ、更に他の五感も低下する。
そして――今度はルノが植物を操る魔法で薬草を作ろうと試みたようだが、それも失敗。
当然である。匂いを充満させた後は、ヘラドンナの力であの辺りの土壌の栄養は抜けきっている。
ルノの魔法は少しでも植物が育つ環境であれば、後は込める魔力を調整することで魔法が行使できるが、全く育たないとなると話は別だ。
その状況では彼女が植物を操ることは不可能である。
ルノは確かに召喚された影響で強い力を持っているが、こと植物を操るという点ではヘラドンナの足元にも及ばない。
「よし! 魔法も使えないのが確認できたな――行動に出るぞ!」
サトルが声を掛けるとほぼ同時に全員に身体強化の術式が展開される。
気配も抑えさせた。更に少し離れた位置に控えさせておいたレオナードが風の魔法を行使。
突風により焚き火の炎が消え、弓を構えた連中が次々と御者台に備わっていた魔灯を破壊していった。
「よっし! 流石先生だ! お前らいくぞ!」
サトルは先生と呼ばれるのを快くは思ってなかったが、ここでそれに文句を言っても仕方ない。
頭の合図で全員が外套のフードを被った。闇に紛れる為の所為だ。
そして夜営しているところに次々切り込んでいく。
これだけ暗い状況でも夜戦なれしてる山賊はものともしない。
アビリティとしても夜目を持っているような連中だ。
しかも魔法で能力も底上げしている。
「キャーー!」
「な、なによこいつら!」
「ヒャッハー! 女が一杯だぜ!」
ただ、やはり馬鹿も混じってるなとサトルはため息をつく。
わざわざ夜襲向けの外套まで用意しているというのに、声を出しては意味が無い。
とは言え、やはり能力や身体強化の恩恵はかなりのものだ。
女冒険者はあっさりと山賊の手で打ち倒されていく。
そして――山賊の狙いはあの三人にも及び。
「いや、ちょっとガルちゃん! どうして? どうしてよ!」
しかしその頼りのガルちゃんはとっくに山賊の手で首を刎ねられた後であった。
頼れる動物がいなければ獣使いなど恐るるに足らず。
山賊に囲まれたスギルはあっさりと組み伏せられた。
「スギル! クソ! お前ら私が誰か判ってるのか? お前らなんて私の魔法で――」
「だったらやってみろよ」
「そうそう。お得意の植物を操る魔法ってのでな」
くっ! と悔しそうに歯噛みし、それでもルノは魔法を試そうとするが全く発動せず。
目に涙を溜めているところで男たちに押さえつけられ、あっさりと縄で縛り上げられた。
(さて、ここまでは予定通りだが――)
「ぐふぁ!」
「お、おい仲間がやられたぞ! この女つよーーーー!」
「ナノカ様ばかりに気を取られていたら足元を救われますよ」
「がっ! ぐ、ぐぞ、姫騎士、つ、つえぇえぇえ」
偽物と本物の姫騎士が背中合わせになり、迫る山賊達を迎え撃つ。
護衛の騎士とは頭とその側近が意外と頑張りをみせ奮闘しているが、姫騎士ふたりにまでは手が回らなさそうだ。
『どうするのだサトル?』
悪魔の書の問いかけに、決まっている! と声を上げ、サトルが大きく飛び上がり、そしてふたりの下へ着地した。
「せ、先生!」
「待ってましたぜ先生!」
「ささっ! 先生のお力でこの小生意気な女をやっちまってくだせい!」
「…………」
サトルが姿を見せた瞬間、ふたりと相対していた山賊達はサトルが前面に出るように退いた。
それはそれでいいのだが、彼らの口ぶりに何とも言えない気持ちになる。
「なにかしら、この醜い格好をしたのは?」
「先生と呼ばれていたわね。ふふっ、随分と自信がありそうだけど」
「用心棒という輩ね。でも大丈夫ですわカチュア様。こういう風に先生と持ち上げられるようなタイプは大抵やられ役ですのよ」
『酷い言われようであるな』
全くだ、と仮面の中の眉を顰めるサトルである。
ただ、確かにこういった場合先生と呼ばれたほうが敗北するのがお約束というものだが――
(そんな事は俺には関係ない。こいつにだけは負けるなんてあり得ないしな)
「随分と自信あり気だな。だが、調子に乗っていられるのも今のうちだ」
サトルはバレないように声色を変え、そう告げる。
「そのセリフ、三下っぽいですわよ!」
すると声を上げ、先ずナノカが鋭い突きを放ってくる。
サトルはそれを既のところで躱し、アゾットソードを振った。
しかしそれはあっさりと躱され、かと思えば背中に何かのあたる感触。
「結構頑丈な鎧のようですわね」
「でもこいつ剣筋が全くなっていませんわ!」
「……」
後ろをとったのは本物の姫騎士であった。
そして前からは憎々しい顔でナノカが罵声を浴びせてくる。
どうやらふたりの姫騎士で挟み撃ちにしようと、そういうつもりのようだが。
「あっさりとくたばるがいいですわ! フラッシュピアッシング!」
「コレで終わりよ、ライトニングスティンガー!」
ふたりの姫騎士の突きが交差した。一方は閃光の如き突きの連射、一方は雷槌の如き速さと威力を兼ね添えた一閃。
その攻撃は――見事に全てサトルに命中。
だがしかし――
「そんなものは、痛くも痒くも――ない!」
気炎を上げ、サトルは刃を地面に突き立てた。
その瞬間――地面が激しく爆散し、周囲に広がった衝撃波によってふたりの姫騎士の鎧は粉々に砕け、そしてその身も軽々と吹き飛んでいった。
『ふむ、相変わらずの力業であるな。それに、全く剣術が上達しとらん』
「……細かいことはいいんだよ。勝てばな」
悪魔の書の突っ込みに少々胸が痛いサトルであるが、目を向けた先ではふたりの姫騎士が見事に気を失い、山賊たちに捕らわれていく。
そして頭と側近も護衛騎士を倒すことが出来たようだ。
こうして山賊を利用しての襲撃は見事に成功。こちら側の山賊と向こう側の冒険者に何人かの犠牲者が出たようだが、サトルからしてみればあの三人さえ生きてるなら後はどうでもいい話である――そう、復讐すべき相手さえ無事なら……。




