第一〇九話 インキとの決着
ナガレの合気によってドゥンケルゴブリンが倒された。
今はインキのすぐ近くでピクピクと痙攣している。
ほぼ虫の息という状態ではあるのだが――
「くそっ! お前もか! この雑魚が!」
忌々しげに口にし、インキは己の下僕たるそのゴブリンを蹴り飛ばした。
グルぅ、とどこか悲しげにドゥンケルゴブリンが鳴く。
「……貴方にとってそのゴブリンは特別な存在だったのではないのですか?」
眉間に僅かに皺を刻みつつ、ナガレがインキに問う。
すると、はっ! と馬鹿にしたようにインキが鼻で笑った。
「確かに僕が最初に下僕にしたゴブリンだし、中々使えるから重宝してたけど、お前なんかに負けるようじゃただの雑魚だ! 全く期待はずれもいいところだ。結局所詮はただのゴブリンだったという事だ!」
頭に足を乗せ、グリグリと踏みつける。
魔物とはいえ、これまで共に歩んできた仲間の筈なのだが、敬意も感謝も、微塵も感じられない。
今のインキにとって、下僕となった魔物など道具と一緒なのだろう。
「――それが貴方の考えですか。……どちらにしても貴方のやったことは許される事ではない。ならばせめて、最後に私が貴方の過ちを正しましょう」
くっ! と歯噛みするインキだが、その瞬間にはナガレの身が彼の目の前に迫っていた。
だが、それを認めたその時、ニヤリとインキが口角を吊り上げ、そして――全身から電流を迸らせた。
「馬鹿め! お前、魔物がいなきゃ僕が戦えないとでも思っていたのだろう? 甘いんだよ! 僕は下僕にした魔物の力をステータスに加算できる! 魔物のスキルも使いこなすことが出来る! いいか? 最強の魔物使いは、従える魔物より強くなければ、ぶへぇえぇえ!」
悦に浸って話している途中で、ナガレの平手打ち、つまりビンタが飛び、インキの頬を殴打した。
横に吹っ飛び、地面にぶつかりそのまま高速回転しながら三十数回バウンドし、ゴロゴロと転がってようやく止まった。
「あ、ぎ、な、なんで、電流、が――」
「私にそんなものは効きません」
ナガレはしれっと言い放った。
実際ナガレには全く電流のダメージはない。
合気を極めたナガレは当然電流だって受け流し地面に流してしまう。
ナガレ自身がアースのようなものなのである。
ちなみにそんなナガレは、やろうと思えば受けた電撃を受け流し続け、より強力な電気を作り出すことも可能である。
「う、嘘だ、そうだ、僕は、僕は最強の魔物使いだ!」
インキは立ち上がる。そして両手から炎の弾丸をナガレに向けて撃ちまくってきた。
一〇〇を優に超える連弾である。普通ならまともに喰らえば只ではすまないが――当然だがナガレはそれを全て受け流し軌道を変えた炎の弾丸は空中でぶつかり合い、派手に爆発しちょっとした花火のような様相を見せる。
それに唖然とするインキであったが、再びナガレが肉薄――すると驚嘆しビクリと反応したその動きを受け流し、そして何千倍にも膨れ上がった衝撃を右手に集中させて再度ビンタをお見舞いした。
再びインキは地面をバウンドし転がり、そして動きを止める。
それでもなんとか立ち上がるが、息が荒くなり、かなり苦しそうだ。
「くっ、なんで、こんな、第一、何故ビンタばかりで! そんな攻撃で、僕が、この僕が!」
「貴方にはビンタで十分だからです」
ナガレが返すと、何? と怪訝そうにインキが口にするが。
「貴方は弱い。それは貴方の精神が幼い子供と変わらないからです。貴方が弱いのは、所詮子供が手に余る玩具を見つけて楽しんでるに過ぎないからです。貴方が弱いのは、言葉の一つ一つが一々軽いからです。貴方の最強は、子供が背伸びして口にしている言葉となんらかわらない。だから私が教えてあげてるのです。私のビンタにも勝てない貴方では、最強なんかとても名乗れない。非常に弱い。脆弱です。魔物の力を借りて強がっているようですが、貴方なんかよりゲイの方がずっと強かった――」
凛とした声で、絶対の自信を漲らせた態度で、威風堂々と、ナガレは言い放つ。
その様子に、インキは血が滲むほどに唇を噛み締め。
「ちくしょおおおおぉおおぉおおお! ふっざけるなーーーー! お前なんかに、お前なんかに! 合気道なんてそんな女のままごとみたいなふざけたものに! 僕が、僕が! この僕が負けるわけがないんだ! 死ね死ね死ね死ね! くそ生意気なお前は僕にやられて、ここで、ここでくたばるべきなんだよ!」
ナガレを指さし、怒声を振り上げ、そして、はあ、はあ、と荒ぶる息を少しずつ落ち着かせながら――
「判ったよ――」
そう一つ呟き、更に言葉を紡ぐ。
「こんなところで切り札を使うことになるなんてな。本当はこれやると、色々とリスクがあるからしたくなかったんだけど、こうなったら――仕方がない!」
フードに隠された、殺意の篭った眼をナガレに向け、そして両手を広げインキは叫びあげた。
「――魔核! 吸収ーーーー!」
その瞬間、インキが待機させていた魔物や、地面に倒れたままのドゥンケルゴブリンから、魔核が浮かび上がり、そしてインキの体内へと吸収されていった。
かと思えば、インキの肉体が急激に変化し、小柄だった身体がまるで山のように巨大化し、口からは牙が生え耳は尖り、目に関して言えば獣の如き鋭さを持つそれが四つに増え、更にニョキニョキと頭が五つ生え、胴体には彼が吸収した魔物の顔が浮かび上がり、肌は鋼を超える堅い鱗に包まれていった。
「がはははっははっ! どうだ! ビビったか! これが僕の真の力! こうなったらもう止められないぞ! お前を殺して、街を徹底的に破壊して! 王国もろともこの僕が! 全てを蹂躙してやる!」
身体が巨大化したことで、そのボイスも非常に喧しいものに変化していた。
得意がって吠えるように口にされた言葉は、恐らくハンマの街にも届いているだろう。
その様子を見ていた衛兵達も、震え上がっている程なのだが――
「やれやれ、今度は怪獣遊びですか」
だが、ナガレは頭を振り、心底呆れたように言い放つ。
当然その姿を見ても、恐れなど一切感じておらず。
「……強がりだ! 強がりを言いやがって! 本当は怖いんだろ! 恐ろしいのだろう? だがもう遅い! お前はこの僕が、ズタズタに引き裂――」
「いいでしょう……そろそろ終わりにしましょう。貴方の、勘違いを、未熟な精神を、貴方の言うところのままごとで叩きなおすために――神薙流秘伝……」
「何が秘伝だ! かっこつけやがって! 死ねぇえええええぇえぇええ!」
「――千極手観音阿弥陀罰掌」
インキの拳がナガレに向けて振り下ろされる。
すると、静かにナガレはそう呟き、そして腕を回し相手の拳を受け流し、その力を増幅させ、飛び上がり、合気を込めてそのすっかり化物とかしたインキの顔を掌打で打ちぬいた。
「ホゲぇ!」
第一の掌により、勢い良く顔が横に流され、そして身体が崩れ掛かる。
だが、それをナガレは許さない。
相手に攻撃を当てた時、当然だが自分の身体にも衝撃は伝わる。
ナガレはそれさえも合気で受け流し、更に勢いを増した弐の掌を決めた。
「ギャヒゥ!」
ナガレの合気は止まらない。参の掌、四の掌と繰り返すごとに、掌打の威力が増し、勢いも増し、そして遂にあまりの速さにその腕が千極本、ナガレの背後に浮かび上がった。
その様相は、あまりに神がかっており――
「あ、あ"、ぞ、ぞんな――」
「さあ、ここからが本番ですよ」
そう口にした瞬間、千極本の掌打が次々とインキに襲いかかる。
ナガレのこの技は、受けた相手が右の頬を打つと左の頬を差し出すが如く、合気によって自然と身体が迫る掌に吸い寄せられる。
全身を打つ掌、掌、掌、千発目でインキの意識は飛んだが、千の一発目でその意識を叩き起こし、一万発目で涙を流し許しを乞うも収まらず、一京発目で、一体いつまで続くのかと絶望した彼に告げられたのは。
「まだ壱パーセントにも達しておりませんよ」
きっと周りには神々しく見えるナガレのその姿も、インキには鬼、いや地獄の閻魔大王といったところか。
そしてナガレの掌打は続く。何せ千極発、壱極であっても一〇の四十八乗、一京発程度で絶望していては先が思いやられるというものであり――
そして穣を越え載を越え、いよいよ極に達した時――既に彼に抵抗する意志はなくなっていた。
最強などと馬鹿な事を考える気すらも失せていた事だろう。
こうして、いよいよナガレの千極発目の掌打が彼の身をとらえたその瞬間、ようやくインキは自らの過ちに気が付いたのか、後悔の念を込めて呟いた。
「――ごめん、な、さい」
「……そうですか。ですが、貴方は気がつくのが遅すぎました。機会ならいくらでもあったでしょうに――残念、です!」
ナガレによる最後の一撃がインキを捉え、衝撃が大地を伝わり、一瞬だけ大きく世界が揺れた。
そしてインキの身は地面に埋もれ、そして化物に成り果てていたその姿は元のサイズに戻っていた、が、外套は消し飛び、全身の骨も砕け、顔もボコボコになり、ある意味で別の化物に成り果ててしまっていた――ただ、当然だがこれでもナガレは加減した方である。
無量大数分の壱状態とはいえ、少しでも本気を出していたなら、最初の一発目でその身は塵も残さず消し飛んでいるからだ。
そして、ナガレは改めてインキの顔を見下ろしながら口を開く。
「……そういえば結局貴方の本当の顔は見れずじまいでしたね――」
インキとの戦いもこれにて決着!




