第一〇五話 インキ・クズレス②
インキ・クズレス①からの続きです。
「お前ら未来の最強の魔物使いに向かって生意気なんだよ! 大した魔物も下僕に出来てないくせに!」
アロガの話を聞いてからのインキは、益々傲慢になり、誰の話にも耳を貸さなくなっていた。
大人たちの多く、両親すらも彼に才能がないのだという事を示唆したりもしたが、インキはアロガの言葉を信じて疑わなかった。
その結果、他の魔物使い達を馬鹿にするような言葉を吐き出すまでに助長してしまった。
彼らは皆インキと年が一緒であり、そして馬鹿にしておきながらも未だゴブリン一体しかティム出来ていないその言動にいよいよ我慢の限界だと怒りを露わにした。
「いい加減にしろよインキ! こっちが気を遣ってやってれば調子に乗りやがって!」
「そうだ! 大体お前はゴブリンしか下僕に出来てないくせに、どの口が最強だなんていいやがるんだよ!」
「いいか? はっきり言って皆とっくにお前には魔物使いの才能がないなんて気がついてるんだよ! 今度やる魔闘祭もお前が諦めるようそれとなく伝えていたというのに気づきもしねぇし」
「そんなゴブリン一体じゃボロ負けで惨めな思いするに決まってるからな。だから皆気を遣ってんだ! それなのにまだ最強だ英雄の血だ、いい加減うんざりなんだよ!」
魔闘祭とは、村の魔物使いで満一五歳になるもの同士が、互いの育てた魔物を競わせ優劣を競う祭りである。
これは魔物使いにとっては大人として認められる為の儀式みたいなものであり、勝ち負けに拘る必要がないというスタンスではあるのだが、それでもインキの性格を考えれば、負けてショックを受けやる気を無くすよりは辞退を促したほうが本人の為と、村の皆はそう考えていたようであり。
「クッ! ふざけるな! どいつもこいつも僕よりずっと劣ってる癖に! 僕はな! もうすぐ力が覚醒するんだ! そうすれば魔闘祭だって余裕で勝つことが出来る」
「まだそんなこと言ってるのかよ。いい加減そんな力なんてないって認めろよ」
「はっ! お前らこそ後で吠え面書くなよ。こっちにはちゃんと証人だっているんだ」
「証人? は? 誰だよ一体? そんなのどこにいるってんだ」
思わぬ反問を受け、それは、と喉を詰まらせるインキだが。
「ちっ、またいい加減な事ばかり。本当お前はどうしようもないな」
「……糞が。どうしようもないのはテメェらだろうが! 実力の差もわからないような奴がピーピー、ピーピー! これだから雑魚キャラはよう!」
「な、雑魚だと? お前いい」
「いい加減にして!」
インキを睨みつけながら拳を握りしめる少年だったが、突如間に挟まれた叫びに目を丸くさせる。
そしてそれはインキも同じであり――彼が目を向けた位置には、幼なじみの少女の姿があった。
「……来て」
「え?」
「いいから来て!」
そして、少女はインキの腕を取り、ポカーンとする他の皆を他所に、村の外れで村人共有の物置と化している小屋の中まで引っ張っていった。
「お、おいなんだよ一体」
「話があるの」
そう言われインキの中でピンっとくるものがあった。
あの連中の事に関しては腹の虫が収まらないが、彼女に誘われたのは嬉しかった、というかやっとかという思いでもある。
彼女は幼少の頃から可愛らしかったが、成長するにつれ大人っぽさもにじみ出るようになり、間違いなく村一番の美少女へと変貌を遂げていた。
つまり、インキからしてみれば、ヒロイン候補の一人に加えてやってもいいかなと思えるレベルであり。
そして、きっとここまで連れてきたのも愛の告白に違いないと勝手に妄想を膨らませていた。
だが――
「インキもうやめて」
「え?」
開口一番飛び出た幼なじみの言葉に、意味がすぐには理解できずポカンとなる。
「あんな言い方……あれはどう考えてもインキが悪いよ。それに、いつまで経っても最強だ英雄の血だ、いずれ覚醒するんだって……もう、いい加減現実を見ようよ――本当は私もこんな事いいたくなかったけど、インキには、魔物使いの才能がないんだよ。それを認めないと、インキどんどん駄目になって――」
「んだよそれ!」
彼女の言葉を最後まで聞かず、インキは力の限り叫びあげる。
すると幼馴染の肩がビクリと震え、そして、喉を詰まらせた。
「ざけやがって! ざけやがって! ざけやがって! そんなことを言うためにわざわざこの英雄の血を引く僕を、こんなボロボロの小屋に連れてきたのかテメェは!」
その豹変ぶりに、ふるふると唇も震える少女であったが、それでも振り絞るように口を開く。
「英雄、て、まだそんな、事を。ねぇインキ、もう、目を覚まそうよぅ」
そのか細い少女の声に、インキは荒ぶる気持ちを――抑えこんだ。
そして、ふぅ、と息を吐きだし。
「ああ、なんだそういう事か」
と言ってニコリと微笑んだ。
「え? インキ?」
「判ったよ。うん、ごめんね僕もそうとは気が付かなかったよ」
え? え? と狼狽した顔で発する少女。
すると、インキはスタスタと彼女に近寄り、かと思えば彼女の着ていたドレスを脱がそうとし始める。
「え? い、いや! 何!? 何するのインキ!」
「何するのじゃ無いじゃん。だからこういう事だろ? ツンデレって奴? 僕に厳しいことをいいながら、こうされるのを待ってたんだろ?」
「え、いや、違う、こんなの、こんなの嫌だーーーー!」
「ん? ああそうか。まだ照れてるのか。でもちょっとうるさいな。おい、お前こいつの口押さえとけよ」
唯一の下僕であるゴブリンにそう命じるインキ。
するとゴブリンは言われたとおり、少女の口を塞ぎにかかる。
そして、ん~ん~!? と涙する彼女に構うことなく、インキはドレスを剥き、下着を剥ごうとするが――その瞬間、何者かの蹴りを受け、ゴロゴロと転がり小屋の壁に背中が叩きつけられた。
「おい大丈夫か? てめぇインキ! お前こんなところで一体何してやがる!」
村の人間に現場を見られ、当然この事は村中に知れ渡り大問題となった。
集会まで開かれ、インキを今後どうするかについて話し合いがなされ、そしてインキは家に戻るなり、父親にしこたま殴られ、母親にも散々泣かれた。
だが、インキにはなぜ自分が悪者にされているのか理解が出来なかった。
主役がヒロインと結ばれるのは当然じゃないかとも思っていたし、そもそも選ばれた力の持ち主である自分が、なぜこんな目に合うのか理解が出来なかった。
そして――結局集会での話し合いの末、下された判断は、インキの村からの追放であった。
「どうした? 随分と辛気臭い顔してるじゃない?」
両親からも見捨てられ、行く宛もないインキは、ゴブリンを引き連れ西の森に無意識に脚が向かっていた。
そこに彼、アロガがいた。そしてその顔を見た瞬間、インキの心の深淵で渦巻いていた感情が爆発した。
「お前! どういう事だよこれは! お前は言ったよな? 僕には力があると! それが近々目覚めると! なのにあれから全く変化がない! 覚醒する様子が微塵も感じられない! おかげで僕は、村を追い出された! あいつら僕より劣っているくせに! 僕より力もないくせに! だけど肝心の力が目覚めないから! あんな連中にもコケにされ馬鹿にされ、しまいには何も悪く無い俺に責任なすりつけて! 糞が! 糞が! 糞が!」
「……荒れてるな。だがそれを俺のせいにされても困るぞ。第一、確かにインキにはかなりの力が眠っているが、目覚めようとしているとは言ったがいつまでかは言ってない。お前のは少々お寝坊さんみたいでな。まあそれでも一年先か二年先か、それぐらいには目覚めるだろうが」
アロガの言葉に、一年――と呟き、絶望の色をその顔に滲ませた。
「そんなに、待っていられるかよ――僕はこれから独りで生きていかなければならない。それに! あいつらに! すぐにでもあいつらに! 目にもの見せてやりたいのに! 俺の力に平伏し! 後悔する様を!」
拳を握り、インキは身勝手は怒りを言葉にのせる。
結局インキは何も変わらない。ある意味でブレない。
先祖の記憶が蘇ってから、その自信は助長し、アロガと出会ったことで自らに眠る力は絶対だとより強く思うようになり――
だが、そんなインキの姿に、アロガはほくそ笑む。
そして――
「そこまで言うなら。お前の力を今すぐ目覚めさせる手が、ないでもないぞ?」
アロガが言う。インキが弾かれたように顔を上げ、本当か!? と興奮した様子で訊く。
「ああ――これだ」
そしてアロガは、どこからともなく小瓶を取り出し、彼に見せた。
親指と人差指で挟んで持てるぐらいの小さなもの。透明な硝子製と思われるその中には透明感のある紫色の液体が詰まっていた。
「これを一気に飲み干せば、その力はすぐにでも解放される。ただしインキ、お前が本当に自分の血を信じ、一切の疑いも持たず、傲慢なまでに自らの力に自信を持ち続けられている事が条件だ。そうでなければ解放どころか、お前の中の魔物使いの力は消え失せることだろう。今でもゴブリンは下僕に出来ている。それに時間さえ掛ければ何れお前は覚醒する可能性が高い。それでも、お前は今この力を望むか? それだけの自信があるか?」
アロガはインキに問う。選択肢は飲むか飲まないか、それだけだ。
だが、インキの力がもしまがい物ならば、今従えてるゴブリンすら維持できることが出来なくなるだろう。
とは言え――
「勿論、飲むに決まってるだろう!」
インキの決断は早かった。アロガの瓶を引ったくるように奪い、そして蓋を開け一気に飲み干す。
その瞬間、あの時の、そう先祖の記憶が大量に注ぎ込まれたあの時のような、いや、それ以上の強い衝撃。
地面をのたうち回り、苦しそうに呻き声を上げ、悲鳴を上げ――そして……
インキの話は残り1話になると思います。
次の更新は0時頃の予定です。




