第九十九話 メルルの予感
「――開け魔導第一門の扉、発動せよ炎術式【マグマオーシャン】」
再び外壁の上よりメルルの魔法が行使された。
その瞬間、堀より少し離れた位置、その広範囲にわたって地面が赤熱し、そして一気に溶解し灼熱の溶岩が広がった。
まさにそれはマグマの海。グツグツと煮えたぎる朱色のソレに、飲み込まれたものは一溜まりもないだろう。
そしてそれは、変異種とて同じ、今まさにハンマの街を捉え突撃を試みた凶悪な魔物達も、メルルの生み出した溶岩によって、全身を焦がし、そしてズブズブと溶岩の一部にされていく。
その有り様に、同じく壁の上に立ち、様子を見ていた衛兵から感嘆の声が上がった。
「す、凄い! 最初の水魔法にも驚いたけど――」
「第一門だなんて俺初めてみたぜ!」
だが、衛兵の喜びようとは裏腹に、メルルの表情は険しかった。
あの男は取り逃がしたものの、その後ハンマ市街での問題は協力してくれた人々の力もあって沈静化していった。
その後、何か嫌な予感がし、メルルは再び西門前に向かったわけだが、そこで衛兵から変異種が街に押し寄せようとしているという話を受け、急いで壁の上に移動し、魔法を行使したわけだ。
そのおかげもあって、なんとか最悪の事態は免れたと言えるが。
しかし、だからといって手放しで喜んでもいられない。
マグマオーシャンで生み出された溶岩は、暫くは残り続けるため、魔物を近づけさせないための足止めにはなるが、これはつまり西門を担当していた冒険者達が前線を突破されたという事でもある。
勿論あまりに魔物の数と出撃した冒険者の数に差がある為、最悪の場合はそういう事もあるかもしれないと衛兵達も身構えていたであろうが。
しかしこの状況はその想定を遥かに凌駕するものだ。
何せ今は、可能性ではなく確実にそうなる可能性が高い。
メルルの魔法でとりあえずは安堵している兵達も、すぐに思い直すことだろう。
危機的状況であることに変わりはないという事に。
倒した魔物が変異種になる――このような事態、冒険者も兵もおそらくはギルド長や騎士団も想定などしていなかった筈だからだ。
しかし、実際にそれが今目の前で起きている。
その為、冒険者の中には魔物を倒すことに躊躇いの見えるものもいるほどだ。
何せ倒した直後には変異種になり蘇るのである。
しかも再生までの時間は確実に短くなっていっている。
その事を恐れ、思い切った行動に出れないでいる。
「糞が! テメェらもっと気合入れろ! 【バッファローアクス】!」
そんな中、ジェロニモだけは奮闘していた。
巨大な斧を構えたまま、雄牛の気を全身に纏いグレイトゴブリンに切りかかる。
その強力な一撃に、強制的に退くグレイトゴブリンだが、まだやられてはいない。
そこへ、シュート! と掛け声を発し纏った牛の気を飛ばし、変異種にとどめをさした。
恐らく、ビッチェとロウを除けば、あの中でまともに変異種と渡り合えるのは彼ぐらいなものだろう。
しかし、それでもひとりでは限度がある。
だが、他の冒険者の中には明らかに戦意を喪失してしまっているのもいる。
「……このままはまずい――仕方無い。開け魔導第三門発動せよ支援術式【スペルリピート】――『第四門発動せよ幻術式【バーサク】』」
しかし、その光景を目にしたメルルは一言そう呟き、詠唱を重ねて冒険者達に魔法を掛けた。
メルルは二重詠唱のスキルを持っている。
これにより二種類の魔法を同時に行使することも可能だ。
そこへ、スペルリピートとバーサクを組み合わせる。
スペルリピートは、対象者に唱えた魔法をそのまま繰り返す効果を与える魔法だ。
どの程度繰り返すは術者の力量によるが、メルルの場合はこの魔法により、効果中に行使した魔法を最大四回繰り返してくれる(任意で回数の指定や繰り返さない事も可能)ようになる。
一方でバーサクは、対象者を一定時間興奮させ狂人化させることにより、暴力的な性格に変えてしまう魔法である。
これにより攻撃力が劇的に向上するが、防御はおろそかになる欠点もある。
ただ、バーサクによって狂人化している間は、生命力自動回復の効果がつくようになるので、それで何とかしのいで欲しいという気持ちもあるのだろう。
スペルリピートを組み合わせたのは、バーサクは個人を指定して掛ける必要のある魔法であった為、一度に掛けられる人数を増やしたかったという狙いもある。
そしてそこから更に魔法職の冒険者にはスペルリピートを掛けて、火力を上げる。
しかし二重詠唱や、スペルリピートといった魔法が使用できるなら、そんなまどろっこしい事をしなくてもメルル自身が強力な攻撃魔法で一掃してはどうかと――衛兵にはそう感じたものもいたようだが。
だが事はそう簡単ではない。そもそも魔法は強力になればなるほど効果範囲が広がる傾向にあり、その分そうおいそれとは使用ができなくなっていく。
特に現在のような敵味方入り混じっての戦いであればなおさらだ。
下手な魔法を使用しては仲間だって巻き添えを喰らう。
それにマグマオーシャンのような最高位に位置する魔法は、地形そのものを変化させてしまう場合も少なくはない。
今もグツグツ煮えたぎり、魔物の侵攻を妨げてくれている溶岩だが、これは後に冷却され火成岩に変化する。
そしてそのままの形で残ってしまうのである。
それを元の平原に戻そうとしても、そう簡単な事ではない。
故にそうそう連発も出来ないのである。
勿論消費魔力が大きいというのもある。
だが、かといってなにもしない訳にも行かない。
バーサクの効果で冒険者達も必死に変異種に喰らいつこうとしているが、それでもやはりあまりに多い変異種を相手するのは限界がある。
「――サンダーストーム」
メルルはマグマを前にして動きを止めている魔物目掛けて、雷の魔法を行使する。
同時に何十もの豪雷が頭上から降り注ぎ、変異種を射抜いた。
更に落雷後放射状に電撃が走り、連鎖するように魔物たちを蹂躙した。
メルルはこの後も頭をフル回転させながら状況に最適な物を選び、数多の魔法を繰り返す。
これにより、マグマの外側にいた変異種の群れはかなり片付き――いや、違う。
明らかに魔物たちの動きが変わったのだ。
そう、この時点で変異種と化した魔物の群れは、不用意に街に近づこうとすることをやめ、今まさに激戦を繰り広げている冒険者達の近くで待機する。
しかも、そこからの魔物の動きは、ただの魔物とは思えないほど正確なものであった。
いつの間にか前衛に出ていた変異種のリノケロファルマンが横一列に並び、背中の砲身をハンマの街へ向け始めたのである。
「……いけない、兵は全員下がって――」
警戒を呼びかける声。いつものメルルより声音大きく、明らかな緊迫した空気を滲ませたメルルをみやり、矢を番え控えていた衛兵たちが一斉に退いた。
それを認めながらすぐさま詠唱を行い同時に術式を展開。
「……開け魔導第四門の扉、発動せよ錬金術式【アルケミスアダマン】」
壁に上から両手を叩きつけるようにして魔法を行使。
すると、石造りの外壁が銀灰色の金属の壁に変化。
それとほぼ同時に、リノケロファルマンが一斉に放ちしパンツァーブレイズが着弾。
金属化した壁に炎の跡を刻んでいく、が、メルルの咄嗟の判断によって壁は壊れずにすんだ。
おそらくはメルルに言われ引っ込んだ兵達も安堵している事だろう。
しかし、壁に打ち付けられる轟音と衝撃は鳴り止むことがない。
メルルは念のため、支援魔法で自らに魔法の障壁を施した後、改めて変異種と化した魔物の群れをみやる。
今回の件には色々とおかしな点が多い。魔物の遺骸が変異種になって蘇る事が先ず一点。
そして、魔物の行動もかなり統率されている。
ゴブリンなど人型の魔物の中にはある程度の知性を働かせるものもいるのも事実だが、とは言ってもそこまで頭のいいものではない。
そしてリノケロファルマンに関しては、本来仲間同士で連携して行動するような魔物でもない。
だが、にも関わらずこの動き――そこにメルルは第三者の存在を感じ取った。
一瞬、市街で見つけたアレスの顔が浮かんだが――だが、違うと漠然とだが思うメルルであった。
そして視線を更に遠くへ、そう、ジェロニモたちよりも更に先で戦いを繰り広げている従姉妹のビッチェに向ける。
ここからではとても魔法の支援が届きそうにないが――とにかく嫌な予感がしてならないメルルであった。




