第九十四話 裏で暗躍するもの
「ヒック、ヒック――」
スチールの手によって無事救出されたエルミールだったが、よっぽど怖かったのか助けだされた安堵感からか――
どちらにせよ堰を切ったように泣き出してしまった。
その様子にスチールもわたわたしてしまう。
スチールはドワーフで見た目は中年のおっさん。
エルミールに関しては実年齢はともかく見た目には幼さの残る少女なので――人に見られると妙な誤解が生まれかねない状況だ。
「ヒック、ごめんなさい――私、私」
「い、いいんだって! こ、怖かったろうしな。でもあんたが無事で良かった」
「……はい、スチールさんのおかげです。本当にありがとうございます」
少しは落ち着いてきたのか、涙を拭いながら深々とお辞儀した。
お礼を言われて今度はどこか照れくさそうなスチールだが、改めて彼女をみやり。
「でもな。俺がたまたま、ぐ、偶然通りがかったから良かったようなものだが、もしこういう状況になったら気をつけるようナガレも言っていただろう? なのに出歩いたりして、本当にもしこれであんたに何かあったら俺は、い、いや、街の人間も悲しむ。少しは自分の身も大事にしろよ」
本来彼女にあまりキツイことは言いたくないであろうスチールだが、今回はあえて苦言を呈するように口にする。
するとエルミールは耳と顔をしゅんとさせ俯いてしまった。
その姿に、いいすぎてしまったか! とスチールは、いや! その――と弱ったように口にするが。
「ごめんなさい……結局スチールさんにも迷惑を掛けてしまって――」
「ば、馬鹿言うなよ! 俺が迷惑なんて思うわけ無いだろ! ただあんたに何かあったらと思うと俺は気が気でねぇんだよ!」
思わず声を張り上げる。するとエルミールが、え? と視線を合わせてくるが、その大きな瞳に見つめられるのが恥ずかしいのか、そっぽを向いて顎を掻いた。
「……と、とにかく。薬を持ち歩いているところを見ると、街の住人の心配をしての事だと思うが、あんたはもう少し自分の事を考えた方がいいぜ。とにかく店までは――」
「それじゃあ……」
目を逸らしたまま、言葉を続けるスチールであったが、その途中でエルミールが言を挟み込み。
「少しわがままを言ってもいいですか?」
とじっと彼の顔を見据えながら続ける。
スチールは若干頬を紅色にさせながらも、エルミールに視線を合わせ、俺にできる事なら、と返す。
「……暫くスチールさんの傍にいてもいいですか? スチールさんと一緒なら――私も安心なので」
え!? と目を見張るスチール。
(お、俺の傍にいたいってそれってお前――)
出来るだけ表情には出ないよう徹するスチールだが、心臓はバクンバクンである。
するとエルミールが縋るように彼の腕を取り、駄目ですか? と潤んだ瞳で聞いてきた。
スチールはもはやダウン寸前であるが、なんとか踏ん張り、か、構わねぇよ、とだけ告げる。
よかった~、と胸を撫で下ろすエルミール。
そして――
「私、やっぱり街の皆さんの事が心配なんです。スチールさんが一緒にいてくれるなら――安心して怪我人の方がいないかも見て回れるので……」
「……あ、そ、そうか。そうだな」
この話を聞いて、そういうことか、と少しガッカリとした表情を見せるスチールである。
だけども、それもエルミールらしいか、と薄く微笑んだ。
「それじゃあ、危険がないよう俺から離れないようしっかりくっついていろよ」
「は、はい! こうですか?」
「ふぁ!?」
スチールからすれば隣を歩いてくれぐらいの気持ちで伝えた言葉だったのだが、エルミールは素直なのか天然なのか、スチールに身を寄せその細い腕を回して来た。
スチールの頭は沸騰寸前である。
「あの、もしかしてこれだと歩きにくいですか?」
「いや! そんなこたぁねぇ! そ、そのままでいい!」
「え? あ、はい」
こうしてエルミールを連れて歩くことになったスチールであったが、この役得ぶりに適当に縛り上げて転がした黒装束へ、少しだけ感謝したくなるのだった。
◇◆◇
「……ふ~ん、驚いたな。もう少しパニックになってくれると思ったのに、まるで最初から動きが読まれてるような対応ぶりだね」
石造りな集合住宅の屋根の上に彼が佇み、そんな事を独りごちた。
だが彼にはあまり応えた様子は感じられない。
金髪碧眼の整った顔立ちの彼は、どこか楽しそうですらあった。
するとそこへ――天から雷が降り注ぎ、彼の身を直撃した。
それは中々容赦のない一撃であったが。
「酷いなぁ。いくらなんでもいきなりすぎない? 僕じゃなかったら死んでたかもよ」
「……お前、何者?」
「ははっ、なんか順番おかしくない? 普通先に誰か尋ねるでしょ。まあどっちにしても雷撃つのはおかしな話だと僕は思うけどね」
そう言って彼は空中に浮かぶ彼女、メルルを見上げた。
フライトの魔法で彼女は彼の更に頭上で風に乗り浮かび続けている。
「でも中々美味しい魔法だったよ。ご馳走様。でも、どうして僕にこんな事を?」
「……こんなところでほくそ笑んでた。怪しい」
ははっ、と軽く身じろぎながら笑みをこぼす。
そして改めて彼女に訴えるように両手を広げ告げた。
「そんな事で? 酷いなあ。それにとんだ冤罪だよ。第一ほら、僕はこう見えてSランクの冒険者なんだよ?」
首にかけていたタグをメルルに見せ、彼は自分はこの事には関係がないとアピールする。
だが、そこまで真剣味の感じられる態度ではない。
「……アレス、Sランク――」
「そうそう。だからさ、僕は君の思ってるような人間じゃないのさ。それよりさ、良かったら今度デートしない? ぶっちゃけ結構タイプなんだよね。エロいし」
「――開け魔道第四門の扉、発動せよ炎術式【ヒートイラプション】」
しかし、やはりメルルは彼の言葉に耳を貸す事なく、魔法を行使。
すると彼の足元が赤く染まり、かと思えば巨大な焔の柱がアレスを飲み込み天に突き抜けた。
本来下手に使用すると周囲への影響が怖い炎の魔法であるが、これであれば二次災害を起こす危険性もない上威力も申し分ない。
「……Sランクなら、外の戦いに参加してなきゃおかしい――」
そしてそんな事を言いながら、灼熱に包まれた彼を見下ろした。
勿論それはあくまでメルルの考えであり、決定的な証拠とはならないが――それでも彼女は自分の直感を信じたのである。
そして、魔法が収まり、彼の居た地点に目を向けるメルル。そこには既に何もなかった。
普通に考えれば、メルルの魔法で全身が焼きつくされたとでも考えるところだが――
「……あいつ、消えた――」
メルルはそう呟き、周囲を見回す。
彼女には見えていたのだ。焔がアレスを包み込む直前、その場から彼が完全に消え失せてしまっていたことを――
◇◆◇
「全く、エロい体してるのに過激な子だね。いや、だからこそなのかな――」
ハンマの街から随分と離れた森に身を移したアレスは、やれやれと頭を掻きつつ呟いた。
一人ニヤニヤとして、妙な気持ちの悪さも感じられる。
「……なんだ。もう終わったのか?」
すると、梢から何者かの声が彼に落とされる。
するとアレスは、枝の上の存在を認めつつ肩を竦め応えた。
「いやいや、こっちは失敗だよ。どうも僕の作戦は筒抜けだったみたいでね」
「――失敗したのに随分と軽いなお前は」
「う~ん、だって今回僕はオマケみたいなものでしょ? メインは貴方の飼い犬、インキなんだし。それにかなり調子良さそうだし、きっとあいつだけであの街はなんとかなるよ」
アレスがやはりどこか軽い調子でそう告げると、だといいがな、とその存在が口にする。
「それで、お前の飼い主は?」
「アペティア様は相変わらずだよ。僕がたまに食事を届けると嬉しそうにしてるけどね」
「本当に相変わらずだな、あのデブ」
ははっ、と微苦笑を浮かべたアレスだったが、その後は、それじゃあ僕は適当に移動するよ、と言ってその場を離れた。
「ふん、こっちも後はインキにまかせておけば大丈夫そうだな。あれだけの変異種に囲まれて無事で済むはずもない」
すると、その存在もまた一人納得すると霧散するように消え去った。
そして、その言葉の通り――ハンマの街の防衛線は確実に突破されつつある。
市街の問題こそ解決したが、未だに外側の危機は去っていないばかりか、事態は刻一刻と悪化の一途を辿っている。
そして――その頃ナガレは……。




