第八話 疑いと提案
「おいおいマリーンちゃん、そんな連中の与太話をまさか信じてるわけじゃないよな? ありえねぇだろレベル0ってよぉ」
三人が揃ってニヤニヤと下品な笑いを浮かべながら、ナガレとピーチが嘘を言っていると決めつけた。
「何よ! まるで私達が嘘を言ってるみたいに! マリーンも言ってあげなよ! 私たちはしっかりと討伐部位を持ってきてるんだからね!」
え!? とギルド内に一斉に響く声。
どうやら殆どの冒険者もナガレとピーチが嘘を言っているものと決めつけていたようで、討伐部位を持っていることに驚いているようだ。
「ピーチの言うとおりよ。今も査定が終わったけど、討伐部位に問題はなかったわ。間違いなく彼女とナガレはグレイトゴブリンもゴブリン三〇〇体も倒してるわよ」
マリーンが凛とした佇まいで言い放つ。
しかしゴッフォを担当していた受付けは戸惑いの表情を見せ。
「おいおい、そんな事を言うなら俺達だって一緒だぜ。なぁ?」
ゴッフォが受付けの男に問いかける。
すると、どこかおどおどしながらも男が彼女に言った。
「マリーン、彼の言う通り、確かにゴッフォも討伐部位を持参してるんだよ」
えぇ? とマリーンが眉を顰めた。
するとゴッフォが唇を歪め。
「そういうことさマリーンちゃん。まぁこいつらが持ってきた部位は、どうせ何か卑怯な手でも使って集めたのだろう」
「きっとどっかで部位だけを手に入れたりしたんだろうよ」
「いるんだよな、こういう姑息な奴」
ゴッフォを代表とする三人の冒険者の発言に、ぐぎぎ、とピーチが悔しそうに歯噛みする。
可愛らしい顔が台無しになる残念な表情を一瞥しながら、ナガレが遂に一歩踏み出し言った。
「あの、ちょっと宜しいでしょうか?」
「あん、なんだテメェは?」
「こいつがあのレベル0ですよ」
「あぁ、新人のズル野郎か」
嘲るように口にし、馬鹿にしたような目を向ける三人。
しかし構わずナガレは続ける。
「ピーチの言う通り、私達がグレイトゴブリンとゴブリンの集団を倒した事は間違いのないことです。私達も討伐部位は持ってきてますしね」
「いや、だからそれはテメェらがズルをして――」
「ですが、ギルドのこの仕組みには問題がありますね」
ナガレはゴッフォの言葉は無視し、マリーンに身体を向け変え告げた。
まさかこの状況で、自分たちに批判の言葉が投げかけられるとは思わなかったのか、マリーンの顔が不機嫌そうに歪む。
「ちょ、ちょっとナガレ! この状況でギルドを敵にしてどうするのよ!」
ピーチがナガレの言葉を阻止しようと声を張り上げる。
その様子を三人組はニヤニヤとした様子で眺めていた。
言いたいことが言えなかったゴッフォも、わざわざ受付嬢に喧嘩を売ってくれるならありがたいと、静観を決め込んでいるようだ。
「ちょっと聞き捨てならないわね。一応私は貴方達を支持してるつもりだったんだけど」
「ですが、事実ですからね」
「随分な言い草ね。だったら私達のやり方の何が問題あるのか教えて頂けるかしら?」
そこまで言われてマリーンも黙っていられないと、瞳を尖らせてナガレに詰問する。
「はい、そうですね。例えばこの討伐部位ですが、何故片耳なのでしょうか?」
「何故って、それが一番無難だからよ。それに耳は特に特殊な処理をしなくても切り取ってしまえば持ち運びやすいし、他にも耳がない魔物でもそういったギルドに持ち帰るのに便利な部分が討伐部位に選ばれることが殆どよ」
ナガレは改めてこの事について考える。
今回ナガレとピーチが受付に持参してきたのは魔物の魔核と討伐部位だ。
そもそも魔物に関して、この世界において、魔物というものがいつ現れ始めたか、はっきりした記憶は残っていない。
ただ、伝承によるとかつてこの世界を恐怖に陥れた邪悪な存在が生み出したものとされているようだ。
この邪悪な存在というのは、記された媒体によって、邪神であったり暗黒神であったり、災厄の魔女だったりと様々だ。
ただ、共通しているのはその何かが魔物を生み出したという事である。
そして、魔物は人でいう心臓の代わりに魔核を有する。
その魔核がある限り、魔物は例え倒されとしても復活を遂げる。
だが、その魔核さえ取り外してしまえば魔物は復活することなく、時間が経つとその殆どは消滅する。
魔核が採取されているのは、そういった事情によるところも大きい。
だが、同時に魔核には魔物特有の魔力が宿っていることが多く、魔道具の素材として役立つ。
なので、魔核は素材としてもギルドで買い取りしてるわけである。
ただ、魔核を素材に適した状態に浄化するには特殊な処理が必要で、その技術は冒険者ギルドのみが保有している。
その為、魔核を買い取るのはギルドの専売特許なのである
そして、その為、ギルドでは買取可能な魔核以外に討伐した事を証明する部位という物を決めているわけだ。
この討伐部位に関しては、殆どの場合耳である事が多い。というのも基本的に魔物は核がなければいずれ消滅してしまうのだが、核が近くにある分には消滅しない。その為核と一緒に持ち運べるのに手頃な耳である事が多い――と、いうところまでは既にナガレでも理解しているし、マリーンの説明にも簡単にではあったが言及されていた。
だが、それでも得心のいかないことがあった。
「その話はわかります。私が訊きたいのは何故片耳なのか? ということです。両耳では駄目なのですか?」
「けっ! これだからトーシローは。いいか! 俺達は常に命がけで魔物とやりあってるんだ! 本来は耳だけ残せる保証だってねぇ! 片耳でもそうなんだ、もし両耳なんて事になったとしても、魔物の両耳だけきっちり残して持ってくるなんて事を意識して仕事が出来るか!」
ここで偉そうにバッフォが講釈をたれた。だが、これに関してはマリーンも同意のようで一つ顎を引く。
「こればっかりはそのとおりね。流石に必ず両耳を集めろとはこちらも言いづらいわ」
「なるほど。ですが、それだと例えば両耳が無事な場合、討伐した冒険者が片耳だけ持ち帰った後、別の冒険者が残った片耳を持って帰る可能性もありますよね?」
「……あ!?」
どうやらナガレの発言は、この仕組みの雑さを露わにするに十分な効果があったようだ。
受付嬢は核心を突かれた事で完全に動揺してしまっている。
そして、その話を聞いていたゴッフォの表情にも戸惑いが見えた。
「マ、マリーンさん! これは言われてみれば……」
「ちょ! ちょっと待てよ! そんな事がそうそう上手く行くわけがないだろうが! 片耳を持ち去っても核がなきゃ魔物はその内消え去る!」
「ですがすぐではありません。魔物が消えるまでに確か個体差はありますが、一時間から二時間ほどは掛かるはずですよね。それであれば部位を回収した冒険者がその場を去った後、残った耳などを回収する時間は十分にあるでしょう。核がなくてもそれぐらい持つならごまかしようはいくらでもありますし、それに、例えば余分にゴブリンの核を一つ持っておくなどさえすれば、時間の縛りもなくなります」
「え? ちょっと待って。それだともしかして?」
ピーチが目を丸くさせ口にした後、ゴッフォ達三人に目を向ける。
それはこの場の多くの冒険者も同じであった。
「お、おいふざけんなよ! てか、こんな事をすぐに思いつくその男のほうが普通に考えれば怪しいだろう! 今までそんな事を言い出した奴が一人でもいたか?」
ゴッフォの発言に、確かに、といった様子を見せる冒険者も多くいるようだが。
「ばっかじゃないの! 第一ナガレが犯人ならわざわざ自分でそんな事を教えるわけがないじゃない!」
「うぐ! いや、だから、それは敢えてそれをいうことで自分の罪を誤魔化そうとしてんだよ!」
ゴッフォの反論は続く。だが、どこか余裕が感じられない。
「……この件はかなり問題だけど、でも今はどっちが正しいかは判別がつかないわね」
「いえ、付きますよ」
なんてことはないようにナガレが言う。
それにその場の全員が驚き、ゴッフォはこれ以上何を言う気だテメェ、という目で彼を睨んだ。
「ナガレ君、その手って一体?」
「魔核ですよ」
「え?」
ナガレが応えると、マリーンが目を見張った。
「ですから魔核です。確かに耳はふたつでしょうが、その魔物から取れる魔核は一つしかありません。ですから、例え討伐部位は横から取れても魔核までは無理でしょう。勿論ゴブリン程度であれば、一つや二つなんとかなるかもしれませんが、三〇〇の魔核とグレイトゴブリンの魔核となるとそうはいきません」
「た、確かに。そしてピーチとナガレ君はしっかり魔核も持ってきている……ねぇ! ゴッフォ達はどうなの? 魔核は持ってきた?」
「あ、いえ魔核は……」
マリーンが問うとゴッフォ担当の受付が口籠る。
すると即座にゴッフォから横槍が入った。
「ば、ばっきゃろう! 魔核なんて、し、しかもあんなに沢山すぐに持ってこれるかよ! そ、それに俺達はあの魔核は別の街のギルドに売る約束してるんだ! だからここには持ってきてねぇ!」
それはあまりに無理のある説明であった。流石に様子をみていた冒険者達の目つきも変わり、ゴッフォを訝しむものも増えている。
「な、なんだよてめぇら! 大体こいつはレベル0だぞ! どっちが正しいかなんて火を見るより明らかだろうが!」
「だったら魔核を見せなさいよ!」
「だから持ってきてねぇといってんだろうが! 第一討伐証明は耳だけ! 魔核を提供する義務なんてこっちにはないんだぞ! 文句を言われる筋合いはねぇ!」
ゴッフォが叫ぶが、マリーンの目は冷たい。だが――
「……でも、確かにゴッフォの言うとおりね。一応今ギルド長に確認してもらってるけど、討伐部位だけあれば討伐したことは証明されるのは確かよ」
「ほら見ろ!」
ゴッフォが強気に言うがなんとも見苦しい。
「では、その件は結果を待ちましょう」
「むぅ、なんだか納得がいかないわね」
マリーンが眉を顰め不満を漏らす。
しかし、仕方ないですよ、とナガレは口にし。
「ただ、やはり討伐部位に関しては早急に手を打ったほうがいいと思いますけどね」
マリーンに向かって助言するように告げる。
すると彼女も頷き。
「ねぇナガレ君、何かいい手はある?」
「お、おい! なんでそんな奴に訊くんだよ!」
「ちょっと参考までに聞いてるだけよ。うるさいわね」
ゴッフォが悔しそうに唇を噛んだ。
そしてナガレは、そうですね、と顎に指を添え。
「例えば、ゴブリンの耳でいうなら右耳か左耳のどちらかに限定するというのは如何でしょうか?」
ナガレがそう告げると、やはり、え? と微妙な空気が流れ。
「ふん、アホか! どうやって右耳か左耳か区別を付けるんだよ。所詮テメェはその程度、流石レベル0だな」
「それはそのとおりですね。それを指定しても意味がない気がします」
「そうよナガレ。それだと右耳を左耳って言って誤魔化すのもいるじゃない」
「…………」
ナガレは一瞬言葉を失うが、瞬時に理解し、そして言った。
「皆さん、ちょっと両方の耳を触ってみてください」
え? と全員が不思議そうな顔を見せるが、ナガレが自分の両耳を触る姿を目にし、こう? とそれに倣う。
「はい、そうです。それで触ってみるとわかると思いますが、右耳と左耳で向いている方向が違いますよね?」
「それはそうよね。でもそれがどうしたの?」
「えぇ、ですから右耳と左耳は形が違います」
「――ッ!?」
「あぁ!」
「お、おい、確かに」
「お前も右と左で違うよ!」
「これなら右耳と左耳の区別がつく!」
「な、なんて事なの! これは全く気がついてなかったわ! 確かにこれなら右耳か左耳に指定すれば二重払いも発生しない!」
全員が驚きに満ちた目でナガレを見た。
ナガレからしたらなんてことはない発言だったのだが……しかし灯台下暗しというか人は意外と単純な事に気が付かないものである――




