Chapter 1:Dead or Alive :Sect.陽本紗来.2-2 うん。やめとく。
カチカチ、とシャーペンの先を出した。
先生の板書を写しながら、今朝の茉那の話を考える。
やめた方がいいよ、って言おうと思ってたんだけどな。
インターネットでなんかそういうの、ちょっと怖いイメージあるし。
考えてみると。
私が毎日見てる動画も、誰かが投稿したものなんだよね。プロじゃない人たちが。
そう思うと、あの人たち、怖くないのかなあ。
それに、私ってはっきりわかっちゃうのはちょっとイヤかな。
父さまとか母さまとか、お婆ちゃまとかに見られちゃうかもしれないし。
なんか、怖い人に目をつけられることもある、とか聞いたことあるし。
やっぱり、ちょっと危ないんじゃないかな。
茉那の動画だ、って一目でわかるくらいだったし。
うん。
やめることを勧めてみよう。
その方が茉那にもいいと思う。
……でも。
それはそれとして、ちょっとおもしろそうなのも確かなのよね。
最近、『月崎愛里紗』の動画をたくさん見たせいで、アイドルダンスにも興味があるし。
アイドルダンスってジャズっぽいところが多いけど、時々ジェスチャーとかが入っててかわいい。
たぶんあれ、歌詞の意味をのっけてるんだと思う。
〽あしたこそ、たぶん、きっと~ って歌詞の「きっと」で人差し指を掲げたり。
〽刺繍のハートマーク、私の心を写すのよ ってところで、左胸の上に両手でハートマーク作ったり。
表現がダイレクトで、すっごくわかりやすい。
「……ねぇ、なにやってんの?」
小声で隣の子に話しかけられて、私は我に返った。
知らないうちに、振り付けを真似ちゃってた。
とっさに「あ、ええと、部活で……」と答えて、シャーペンを握り直したら、ポキッと芯が折れた。またカチカチと芯を出す。
うわぁ、恥ずかしい。
* *
一時間目が終わり、お手洗いに出た私が教室に戻ると、うちのクラスを覗いてる茉那がいた。
ははぁ。
私を探しに来たのね。
ふと思いついて、私は茉那にそっと近づいた。
茉那は全く気づいてない。
クラスの中をきょろきょろと見ている。
私は、無防備な脇腹をちょんとつついた。
「ひゃん!」
茉那は飛び上がって、脇を押さえた。
「ふふ。さっきのお返し」
茉那は一瞬呆然としたけど、すぐに表情を切り替えて、「あ、あのっ! ええと、さっきの話だけどっ!」と言った。
やっぱり、今朝の話をしに来たのね。
「うん。ごめんね、私、やめとく」
「えええええええぇ……」
茉那はこの世の終わりが来たみたいに、地の底まで潜っていきそうな声を上げた。
「そんな、紗来に見捨てられたら、あたしどーしたらいいの」
「見捨てるなんて、大げさだよ。
そんなんじゃないもん。むしろ、茉那のことを心配してるかな」
「どーして? なにがダメなの?」
「だって、インターネットで動画を見せるのって、なんか怖いし。
私、茉那もやめておく方がいいと思うの」
「う」
茉那もちょっとはわかっていたのか、痛いところを突かれた、と言う顔をした。
「すっごく楽しそうかな、って思うんだけどね。
でも、やめた方がいいよ。ホントに」
「じゃ、じゃあ……」
茉那は顔を伏せた。
あれ……。悲しませちゃったかしら。
私は茉那の顔を横からのぞき込む。
別に泣いてるわけじゃないみたい。
なにか、考えてるような感じ。
ん?
ふと、茉那のメガネを見て、気づいた。
茉那のメガネって度が入ってないんじゃない? これ。
レンズの向こう側がなんていうか、ゆがんでない。たぶん、だてメガネだ。
茉那の目、黒目が大きくてかわいんだから、出しておけばいいのに。
と。
茉那は突然顔を上げた。
私はおもわず、「きゃっ」と声を上げた。
「踊って動画を撮るだけならどう!?
インターネットにはアップしない!」
「えっ? 動画を撮ってどうするの?」
「あたしたちだけで見る」
「んー?」
私はぴんとこなかった。
動画を撮るけど、見る人は自分たちだけ、って。
「それって楽しいかな」
「すっごく楽しいよ! やってみないとわかんないよ、あの楽しさ!
だって、だんだん動画ができていくんだよ?
あたしが踊ったダンスの動画にロイドル重ねたりして。
できあがるまではほんっとに楽しかったんだから!」
ふーん。なるほど。
考えてみると、そうかも。何かを作るのって楽しいよね。
あと、自分のダンスを見る、って経験は、確かにあんまりしたことない。
プロは自分のダンスを撮って、チェックしたりするみたいだし、そういうのもいいかも。
「そうね。それなら、やってみようかな?」
「えっ、ほ、ホント!?」
「うん。動画を撮るだけならね」
「やっ、やったあああああっ!」
茉那は廊下の真ん中でありえない大声を上げた。
私は慌てて、茉那の口をふさぐ。
「お、大きいよ茉那」
でも茉那は、私に抱きついてきて「ありがと、紗来、大好き!」って言い続けていた。
私はなんとなく、茉那の頭をなでてあげる。
茉那ってば、必死なのね。どうしてかしら。
たのしいから? ううん。そうじゃなさげ。なんでかな?
(続く)