Chapter 1:Dead or Alive :Sect.陽本紗来.2-1 意外な申し出
「あら?」
ニコニコ動画を見ていた私は、ある動画にかすかな引っかかりを感じた。
夕食が終わって、宿題も済ませて。
寝る前に一時間だけ許された、動画を見る時間。
私はもっぱらダンス動画を見ていた。
それはダンス部に入っているからって、それだけの理由なんだけど。
「踊ってみた」とかでたまにすごいのもあって、参考にすることもある。
最近は『月崎愛里紗』タグの付いた動画を主に見ていた。
というのも、こないだ、同級生の月崎君が、ロイドルのモデルやってる人の弟だって聞いたので。
その中の一本。サムネイルの女の子が、友達に似ている気がした。
動画を再生して、画面に顔をちょっと近づける。
ショートのちょっと茶色味がかった髪、いつもかけてるメガネ、その奥にある大きい鳶色の瞳。
「……うん」
やっぱり。
たぶん、茉那だと思う。部活の友達の。
茉那は動画の中で、やたらとスパンコールの入った、いかにも「ステージ衣装」って感じの服を着て踊っていた。
隣には、『月崎愛里紗』のCGモデルが配置されていて、茉那と全く同じタイミングで踊っている。
「……ああ、そっか。そういうことね」
私の中で、こないだの月崎君の話と、この動画がつながった。
一週間ほど前、茉那がやたらと落ち込んでた日に、月崎君は茉那を探していた。
あまり詳しく理由は聞かなかったけれど、なにか茉那が喜ぶ話だ、というようなことだった気がする。
だから、見かけたら来るように伝えてくれ、と。
でも結局、私は放課後まで茉那と会わなかったし、部活が終わるまで忘れちゃってたから。
帰り道で伝えたんだけど。
たぶん、茉那の喜ぶもの、ってこの衣装だったんだな。
あのとき茉那は『月崎愛里紗』のファンだって言ってたし、隣で踊ってる月崎愛里紗の衣装が全く同じ。
たぶん、憧れの衣装を着れる、ってことだったんじゃないかな、と思う。
んー……でも。
こういうの、校則とかに引っかからないのかな。
バレたらめんどくさいことになりそう。
明日、茉那に言ってあげようかな。
翌朝。
改札を出た私は、駅の階段を降りる。
うちの学校はけっこう駅から離れていて、ゆっくり歩くと三十分。
私立だから一応スクールバスがあって、駅から無料のバスはでてる。
でも、私は通学路を歩くのが好きだった。
けっこう道が新しくて、並んでるおうちも割ときれいだし。
今日は晴れてるから、歩こうっと。
階段を降りて左に曲がった瞬間、突然誰かに脇腹をくすぐられた。
「きゃっ!?」
「おっはよー、紗来!」
後ろから声が聞こえた。茉那だ。
「もー、子どもっぽいことやめてよー」
私は振り返って、腰に手を当てた。
「おー。いつもの二番ポジション。さっすがー」
茉那はいたずらっぽく、にやりと笑う。
二番ポジション? って、ああ、そうか。
私、知らない間に足のポジション、二番にしてたのね。自然に出ちゃった。
私は足の位置をもどして、ぱっぱとスカート際を払う。
「やだ、もう。恥ずかしー」
「えー、キマってるのに。紗来ってホントに立ち姿キレイだよね。うらやましー」
「そ、そう?」
「うん!」
自分ではよくわかんないっていうか、バレエの先生には今でもたまに怒られるんだけど。
そう言われると、ちょっと嬉しいな。
「紗来は歩くの?」
「ええ。今日は晴れてるしね」
「じゃ、あたしもつきあおっかな」
那はそう言って私の隣に並んで歩き出した。
他愛もない世間話をしながら歩く。昨日の宿題の話とか、今日の部活の話とか。
あれ? でも。
なんか、茉那にしては来るのが早いような。いつも遅刻ギリギリなのに。
「そういえば、今日は早いのね。珍しい」
「う。あ、あたしだって、毎日遅刻ギリギリってわけじゃないよ」
「へえー?」
「ほ、ほんとだよっ?」
「うんうん」
私はうなずく。実際、今日は早くきてるもんね。
茉那だって、そういうこともあるか。
「んーとさ、紗来。聞いてほしい話があるんだ……けど」
「なに?」
「あー、ええとお」
なんだろう。何か、言いにくそうな感じ。いやな話なのかな。
「んとね、ニコニコ動画って知ってる? 知らないよね」
ん?
私は首を傾げた。もしかして、昨日見たあの動画の話かな。
「あのさ、ええとね。
色んな動画を投稿できるサイトなんだけど。プロが作ってる、本物の動画はもちろん、素人が作ったおもしろ動画とかもいっぱい出てるの」
私は黙って話を聞く。
「スマートテレビで契約したら、テレビで見ることもできるんだけど。そこにはダンス動画とかもいっぱいあって、すっごく楽しいの。たとえば、すごい有名なバレエの一幕とか、逆に、ストリートのおにーさんたちが踊ってる様子を撮った動画とかそんなのもいっぱい、いーっぱいあって。その中にね、踊ってみた、っていうのがあって」
「もしかして、茉那が出てたやつの話?」
「おぉぉおいっ!? なんで知ってるのっ!?」
何でもなにも。
「だって、私、寝る前に毎日見てるし」
「じゃなくて! どうしてあたしが動画投稿したの、知ってるの!?」
「昨日、たまたま見たんだけど」
「なにそれミーヨ!」
あ、それ知ってる。確か『月崎愛里紗』のグループが出てた番組だ。小さい時にやってたやつ。
「なつかしー。小さい時見てたわ、その番組」
「えっ、そーなの!? あたしも毎週見てた!」
「うん。『月崎愛里紗』確か出てたよね。
最近ずっと昔のPVとか見てたから、なんか、思い出したの。
幼稚園とかに来てなかった?」
「そー! その人がりさ姉! あたしが着て踊ってた服の持ち主!」
「憧れの人なのよね」
「うん! で、そこで相談なんだけどッ! 紗来も、あたしと一緒に踊らない!?」
「えっ?」
「あの服を着て! あたしと一緒に踊ってッ!」
茉那は一気にまくし立てると、立ち止まって私に深々と頭を下げた。
「それって、あのビデオに、私も一緒に映る、ってこと?」
茉那は顔を上げて、すがるような目で私を見た。
「だ、ダメ?」
「うーん……」
私はあごに指を当てて、考えながら歩き始めた。茉那も私について歩き始める。
まさか、昨日の今日で私が誘われるなんて思わなかったな。
昨日見た時は、茉那を止めないと、と思ったんだけど。
というか、その気持ちはまだある。
私立だから、校則違反は退学になっちゃったりすることもあるし。
茉那のことが、ちょっと心配。
「あ、あのさ、すっごく楽しいんだよ! ほんとに! 掛け値なし!」
「そうねー……」
と、最後の角を曲がると、学校の方からベルが鳴るのが聞こえた。
「あ、大変! 予鈴鳴っちゃった。茉那、いそがなきゃ!」
そんなにゆっくり歩いてたんだ、私。
駆け出しながら私は、さっきの茉那の話を考えていた。
ちら、と後ろを見たら、茉那はちょっと泣き出しそうな顔をしていた。
(続く)