Chapter 1:Dead or Alive :Sect.陽本紗来.4-2 バルス!
月崎君のおうちに着いたのは、夕方五時も過ぎた頃だった。
午後のロケハンはすっごくうまくいった。
桑田先輩にいくつか写真を見せてもらったけれど、いつもの風景もほんのちょっとアングルを変えただけで、あんなに新鮮に見えるなんて。かなり驚き。
月崎君のおうちは、ちょっと古めの日本家屋。
玄関なんか引き戸になってて、磨りガラスに縦の木枠がたくさんついてるタイプ。
私はちょっとわくわくする。こういうおうち、大好き。
「ただいまー。友達連れてきたー」
引き戸がカラカラとかわいい音を立てた。
うわぁ、玄関の三和土のところに、ちゃんとおっきな石がある!
すごーい。なんだか、サザエさんのおうちに来たみたい。うちもこんなだったらいいのに。
柱の濃い茶色と、白い壁の組み合わせがすてき。
「紗来? どーかした?」
「あ。ごめん」
茉那に声をかけられて、私はぶしつけにきょろきょろ見回しちゃってたことに気がついた。
いけないいけない。
奥から、月崎君のお母さんが出てきて、「はいはい、いらっしゃい」と挨拶してくれた。
「おばさん、こんにちはー」
「あら、茉那ちゃんも? はい、どうぞ上がってくださいな」
さすがに月崎君のお母さんは割烹着は着てなかったけど、落ち着いた感じのお母さん。
みんなそれぞれ、お邪魔します、といって玄関を上がった。
「あらー。浩司ってば、女の子三人も連れてきちゃって。やるぅー」
奥からひょい、と女の人が顔を出した。
あれ。お姉さんかな?
でも『月崎愛里紗』とはちょっと違うような。
「うるせーよ。男だっているだろ」
「あははは。照れちゃって。後でお茶持ってってあげるね」
「いらねー」
「なに言ってんの、バカ浩司! つき姉、あたしは欲しい!」
「ふふ、りょーかい!」
女の人は笑顔で敬礼して、奥の方に引っ込んだ
「あの人もお姉さんよね?」
「うん。咲月さんっていって、浩司の二番目のおねーさん。
もうね、すっっっっっごく、紅茶淹れるのが上手いの。
どうやったらあんな上手に淹れられるのかな、ってくらい」
なるほどー。
月崎君が女子にも平気で話せるの、お姉さんがふたりもいるからなのかな。
同級生の男子は、なんか妙に壁を作っててつきあいづらいけど。
月崎君は平気でしゃべれるもの。
* *
「ここ、物置みたいなものだから、ちょっと狭いんだけど」
月崎君は部屋の奥側から、座布団を人数分出してくれた。
「りさ姉の部屋を物置よばわりー?」
「んなこと言ったって。りさ姉ちゃん、この家出て行って結構経つしさ」
私はぐるり、と部屋を見回す。
畳敷きの部屋に、文机っていうのかしら、正座して使う机が置いてある。
古い本棚なんかもおいてあるけど、中に入ってる本は参考書とかが多いみたい。
でもいくつか置かれているタンスはだいたい白くて、そこはちょっと女の子っぽいかも。
所々シールっぽいものをはがした後があって、残ってる部分を見たら男の子番組のシールみたい。
あの犯人は月崎君かな。たぶん。怒られたんだろーなー。ふふっ。
「紗来、何ニコニコしてるの?」
「ん? うん。
あのタンスに貼ってるシールね、月崎君がはったのかな、って」
「あー、あれ? りさ姉にめっちゃ怒られたんだよね」
「えっ、茉那なの?」
「あたしと浩司の共犯。なんか、白いタンスってシール貼ったらかっこいいとかって盛り上がっちゃって」
そっかー。茉那、そんな小さい頃からここに来てたんだ。
いいな。羨ましい。
「それで、『月崎愛里紗』のステージ衣装って、どこにあるの?
向日葵、早く見たーい」
向日葵先輩は見てわかるくらい、そわそわしてる。
「あ、はい。押し入れのチェストの中です」
月崎君は立ち上がると、押し入れを開けた。
押し入れには作り付けのチェストがある。
月崎君が一番下の引き出しを開けると、きらきらした服が見えた。
「うっわぁー!」
向日葵先輩は膝ですばやくにじり寄って、チェストから次々と衣装を出した。
「すっごーい!」
向日葵先輩はキラキラした目であれこれと衣装を見比べている。
出すはしからどんどん、畳に衣装を並べていく。
「こっちはいまいちかなー。
あ、このスカート、いいかも。月崎くん、姿見とかある?」
「すがたみ?」
「全身が見れる大きい鏡のこと」
「ああ、ええと……たしかつき姉ちゃんが持ってた気がする。
借りてきます」
「よろしく♪」
月崎君が出て行くと、先輩は、並べた衣装をスマホの写メで撮り始めた。
私は、それを見て何となく不安に思った。
この衣装、勝手に写真に撮ってもいいものなのかな。
もし、ネットに写真が出たりしたら、すごい問題になりそうなんだけど。
「あの、先輩」
「んー?」
向日葵先輩はこっちも見ずに、写真を撮っている。
「あの、写真は、月崎君に聞いてみた方が良くないですか?」
「なんで? 必要だから撮ってるんだけどー」
そう、なんだ。
必要がある……のね。
それなら……しょうがないのかな。
「せんぱい。
あたしもそれ良くないと思う。浩司の許可とってからにしましょー」
私は驚いて茉那を見た。茉那はまっすぐに、向日葵先輩を見ている。
向日葵先輩の顔色が変わった。
「向日葵は、ちゃんと理由があって写真撮ってるの。
わかんない子は黙ってる方がいいんじゃない?」
「うん。先輩がどーいう必要で撮ってるのかはわかんないけど。
黙って撮っていいもんじゃないことはあたし、わかるよ」
「うるっさいな。なんか、あんた、いちいち突っかかってくるよね。
向日葵の何が気にくわないんだか知んないけど、邪魔はやめてよ」
「え。邪魔とかじゃないです。
浩司がいい、っていえば、問題ないと思うんですけど」
「そんなの、月崎くんが戻ってきてからでもいいじゃない。
ちゃんと理由があるんだから、どうせいいって言ってくれるし」
「そんなのわかんないじゃないですか。
理由だって、あたしたち、聞いてないです」
「いちいち説明しなきゃわかんないわけ?」
茉那ははじめてむっとした顔をして、立ち上がった。
あ。やばい、かも。
「あたしたちが素人なのは、はじめからわかってたじゃないですか!
わかんないから聞いてるのに!」
「それくらい勉強しなさいよ!
だいたい、動画撮りたいのはあんたたちでしょ!?
うるさいこと言うなら、向日葵は抜けてもかまわないんだからね!」
「そこまでいう!?
だったら抜けてください! あたしたちだって構わないです!」
私は思わず立ち上がり、茉那を抱きしめて肩を叩いた。
「茉那、やめて。落ち着いて」
「向日葵、お前も落ち着け」
桑田先輩が向日葵先輩に声をかけると、向日葵先輩も口をつぐんで、ぷいと横を向いた。
痛いほどの緊張感。
私は目をつぶったまま、茉那を抱きしめる手に力がこもる。
桑田先輩が、ゆっくりと、低い声で言った。
「向日葵が撮ってる理由は、後で資料として整理して、動画に適切な組み合わせを考えるためだと思う」
「そうなんですね」
桑田先輩が代わりに答えてくれた。
私は茉那を抱いたまま、よそを向いてる向日葵先輩に「ごめんなさい、向日葵先輩」と言った。
その瞬間、ガチャリ、とドアが開く。
「あのー。お茶、持ってきたわよ?」
咲月さんがドアから顔をのぞかせていた。
咲月さんの後ろから、ばつが悪そうに月崎君ものぞいている。
(続く)