Chapter 1:Dead or Alive :Sect.星住茉那.4-1 ロケハン? それっておいしいの?
浩司、ほんとに徹夜で絵コンテ書いてきちゃった。
私と紗来は、並んで浩司のノートを見る。
「月崎君、すごい。がんばったわね」
浩司はコンピュータ室の机に突っ伏して微動だにしない。
せっかく紗来が褒めてるのに。
まあ、よっぽどムリなことしたんだろうな。
昨日あたしが寝たのも結構遅かったけど、そのときにも月崎家の窓で一個だけ明かりがついてたし。
「でもさ。そんなムリしなくてもよかったんじゃないのー?」
「……お前……遠堂先輩のあの圧力受けても……いえるか? それ……」
浩司は机に突っ伏したまま、ぼそぼそ言っている。
「まあ、ねえ」
確かに、遠堂先輩、なんかキレキャラで怖い。
すっごいかわいいからギャップも大きいんだけど。
正直、上手くやっていけるのかな、って心配な感じ。
とか、そんなことを思ってたら、ドアが開いて先輩が入ってきた。
あたしはちょっとぎくっとする。
「こんおつ♪ 向日葵がカメラマン連れてきたよー」
あたしは「こんにちはー!」と声を出す。
ヤな気持ちは声出しで吹き飛ばすのが一番。
遠堂先輩の後ろから、背の高い男子の人が入ってきた。ほんとに高等部だ。
なんか、前髪長くて顔が隠れてるから、表情は見えないけど、なんだか無愛想な感じの人。
「ほれ、浩司。遠堂先輩たち、きたよ」
あたしが肘でつつくと、浩司はのそっと起き上がった。
「月崎くん、絵コンテ持ってきたー?」
「はい。そこに」
浩司は紗来の持ってるノートを指さした。
遠堂先輩はちらっとそのノートを見て、紗来ににっこりとほほえみかけた。
紗来は慌てて、遠堂先輩にノートを渡す。
「すっごーい♪
ほんとに作ってきたんだー。
無茶降りだったかなー、って向日葵思ってたのに」
あ。ちょっとムカつく。
無茶ぶりだってわかってててやったんだ、この人。
昨日だけじゃなく、この一週間ほど、浩司ほんとに寝不足で頑張ってたのに。
一瞬、頭に血が上ったあたしは、思わず「先輩」と声が出た。
瞬間、紗来がそっとあたしの肩に手を置いた。
あたしは紗来の顔を見る。
紗来は何も言わず、にこっと笑った。
「なにかー?」
先輩も、黒い笑顔であたしに笑いかけてきた。
「う。ええと」
何となく気勢がそがれて、あたしはとっさに「その方、紹介してください」と言った。
「あ、そうね、ごめーん♪
この人は桑田紀男さんっていって、高等部の一年生。
映研のホープなんだってー♪」
桑田先輩は軽く会釈をして、それっきり動きが途絶える。
えーと。
リアクションに困る。
浩司が立ち上がって、「月崎浩司です、よろしくお願いします」と言った。
紗来も浩司に続いて名乗りながら、頭を下げる。
「星住麻那です、よ、よろしくでーす!」
あたしも頭を下げた。けど、何の反応もなし。
もー。なんなの、この二人。
* *
「ふーん、なるほどー。魔法少女ねー」
先輩はペラペラと浩司の絵コンテをめくる。
浩司の絵コンテは、昨日言ったとおり『恋と魔法と笑顔』の歌詞に沿った劇仕立てになっていた。
主人公の少女の視点で、彼の見たことない笑顔に、魔法にかかったみたいに一目惚れしちゃった女の子が、自分も魔法を相手にかけようとする、ってストーリー。
歌詞では、少女が魔法を使う、とはそれほどはっきり言ってないんだけど、まあ、そういう解釈もありかな、って思う。
途中で魔法使いになったあたしが出てきて、紗来に魔法を授けるんだって。
「魔法少女? いや、僕はシンデレラのつもりだったんですけど」
「まあ、シンデレラでもいいんだけど。
こういうのやるなら、向日葵のイメージは魔法少女かな♪」
遠堂先輩は、桑田先輩に「どう?」と聞きながら絵コンテを渡す。
桑田先輩は一枚ずつ、ゆっくり絵コンテを見る。
「これ、どこで撮るの」
うわ。渋い。
この人の声、めっちゃ低い。ちょっとかっこいいかも。
「というか、このコンテよくわからない。
どういう絵がほしいのか見えてこない」
「す、すみません……あの……」
浩司、困っちゃってる。
そりゃそーだよね。浩司もほっとんど付け焼き刃で勉強しただけだし。
「ごめんなさい。
私たち、ついこないだ始めたばっかりの素人なんです。
良かったら、いろいろ教えてください」
おお。
紗来、さすがだ。
ぺこりと下げた頭が嫌みない。
浩司も、紗来に合わせてごめんなさい、と頭を下げた。
あたしも当然、頭を下げる。
「……まあ、いいけど」
桑田先輩、心なしか声が柔らかい気がする。
「まず、冒頭部だけど、これはどこをイメージしてるの」
「あ、商店街の中なんですけど、遠くを歩いてる彼の姿を見た女の子、のイメージです」
「夕方の商店街だと、人混みがあるから、彼の姿は見えにくい。
一般的に女の人は、男性より背が低いから、笑ったことに気づくのは相当近いか、彼の背が相当高くないとムリ」
「な、なるほど……!」
「月崎だっけ。
君の中の、場面ごとのイメージが固まってないんだと思う。
ロケハンした方がいい」
「ロケハン?」
あたしが聞くと、桑田先輩は「撮影場所をイメージしながら、探し歩くこと」と言った。
「それって、近所を歩き回ったりするの?」
桑田先輩はうなずく。
へー、そういうことするんだ。
あ、だったら。
「明日土曜日でお休みだし、みんなでそのロケハン? やってみよーよ!」
「えー、向日葵、めんどくさーい」
遠堂先輩、また。
やだな、こういうこと言っちゃう人。
紗来がぽんぽんとあたしの背中を叩いた。
あれ。顔に出ちゃったかな。
ヤバイヤバイ。
「じゃあ、遠堂先輩。明日うちにくるついでとか、どうでしょう」
「あっ、なら行く♪」
浩司、上手い!
けど、先輩、現金だなー。
まあ、いんだけど。
「桑田先輩もお願いできますか?」
浩司が問いかけると、桑田先輩は黙ってうなずいた。
「じゃあ、決まりと言うことで。
明日は学校周辺で『ロケハン』しましょう」