表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/36

Chapter 1:Dead or Alive :Intermission 1 スタークラフトホームブ

 穏やかな昼下がりだった。

 私はごきげんで社食をでて、部署に向かう。


 スタークラフト(うち)は芸能事務所とはいえ、バーチャルアイドル(ロイドル)をたくさん扱っている関係上、技術系の社員も結構働いているから、珍しく社食がある。社食はけっこう味も良く、しかもうれしいことに社長の趣味でコーヒーの種類がやたらと多い。かなりいい豆が、破格の値段で楽しめる。


 今日の午後は忙しいので、タンブラーにたっぷりサントスNo.2を淹れてもらった。多少香りは飛ぶけど、それでもないよりはずっとましだ。あるとないとでは、仕事の効率が全然違う。


 いすに座った私は、サントスNo.2を一口すすった。

「よーし、やるぞー」

 腕まくりするくらいの勢いで、キーボードをタイプし始める。

 一つ目は、週明けに特許庁に提出の、商標関係の書類だ。うちのエースプロデューサー・榛名秋子さんのプロデュースした、新作ロイドルのためのものだ。仕事は多いけど、今日は金曜日だし。さっさとやっつけて早く帰ってしまいたい。



 集中して小一時間ほどタイプしたときだろうか。突然後ろから声がかかった。

「諏訪さん、ちょっと内々の話があるんですが、きていただけませんか」

「はい?」

 私はタイプの手を止めて、いすを回した。版権管理部の和田さんだった。

「今すぐですか?」

「できれば……」

 私は軽いため息をついて、画面を見た。もう少しだったのに。

 だが、彼女の顔はかなり深刻そうで、後にして、とも言いにくい。

「わかった、じゃあ、あっちの会議室行こうか」

 私はコーヒータンブラーを持って、席を立った。


「ちょっと、気になるものを見つけたんです」

 会議室に入ってすぐ、彼女はタブレットを差し出した。

 すでにニコニコ動画視聴用のアプリケーションが立ち上がっている。受け取った私は、動画の再生ボタンをタップした。

「あー……これは……」

 いわゆる『踊ってみた』動画だ。年若い、たぶん、中学生くらいかと思われる女の子と、うちに所属しているロイドル『月崎愛里紗』が一緒に踊っている。

 おそらくずぶの素人が作ったのだろう、全体の画面に対してロイドルの色が極端に浮いて見えた。それに、女の子のダンスのレベルもそれほど高くはない。

 

 『月崎愛里紗』のロイドルは一般には出回っていないはずだから、おそらく、フリーソフトをつかって一般人が作ったものだろう。ただ、動画の出来に比べると、ロイドルの出来がちょっとレベルが高すぎる気がする。

 中学生に作れるレベルではない。おそらく、どこかのサイトかホームページでこのモデルデータが配布されているんじゃないかと思えた。


「ちょっと、モデルデータのレベル高すぎるわね。これは放っておくとまずいかなあ。配布してるサイトはわかってるの?」

「いえ、違うんです」

「?」

「これ、技術部の方で調べてもらったんですけど、どうやら、本物のロイドルウェアを使って作ったもののようなんです」

「えっ!?」


 思わず大声が出た。

 ロイドルウェアはうちの自社開発ソフトウェアで、ロイドルを扱うための統合環境ソフト、らしい。詳しいことはよくわからないけれど、そのソフトがあれば、ロイドルを動かしたり、モデルデータを改変したりということが自在にできるそうだ。もちろん一般には販売していない。

 うちのロイドルはすべてこのソフトウェアで作られている。モデルデータも含めて完全に企業秘密だ。

 それが流出した、となると大事だ。まして、モデルデータがうちの看板ロイドル『月崎愛里紗』のものとなると、損害はしゃれにならないレベルになる。


「そ、それ、確かなの?」

「はい。動きの特徴に、初期ロイドルウェア特有のバグ由来のものがあるそうで。バージョンで言うと、1.7から1.92あたりのどこか、ということのようなんですが」

「ずいぶん前のやつね。古いバージョンが流出したってこと?」

「それを版権管理部(うち)と技術部で、いま調べてるんですが……」


 私は改めてその動画を見た。

 荒すぎる編集や、実写部分の出来を考えても、本物のロイドルウェアを使ってまで作る動画とは思えないものだった。踊ってる子も中学生のようだけど、編集もおそらく中学生。


 中学生でも手に入れられるような状態になっている、とすると。すでに拡散が始まっていると考えていい。

 私は突然、宙に投げ出されたような恐怖感を感じた。


「まさか……もう拡散がはじまってるわけ?」

「え? いえ。確認されているのは、その一件のみです」

「ええ?」


 わけがわからない。

 だとすれば、中学生なのに単独でロイドルウェアをどこかから入手した、ということになる。

 昔、中学生がハッキングに成功して、国家機密にアクセスするような事件を起こしたことがあったけど……。

「うちのロイドルを使ってるコンピュータって、完全に外部とは遮断されてるよね?」

「技術部の説明だと、インターネットに接続しているコンピュータは一台もないそうです」


 とすると、ハッキングで盗んだのでもなさそうだ。


「わけわかんないね……」

「そうなんですよ。それで諏訪さんに相談しようと」

「とりあえず、私、ニコ動さんに問い合わせてみるわ。あと、この動画関係のことをつぶやいてるTwitterのアカウントとかがないかどうか調べてみて。そういうところで手がかりつかんでいくしかないと思う」

「わかりました」


 穏やかな昼下がりが、最悪の週末になってしまった。


 これ、事と次第によっては、社長のとこまで持ち上がりになる案件よね……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ