Chapter 1:Dead or Alive :Sect.月崎浩司.3-5 やーっと始動
「コンセプトを考えてきたんだけど、聞いてもらっていいかな」
俺は決意のこもった目で、茉那と陽本さん、そして昨日加わったばかりの遠堂先輩を見た。
三人に、昨夜というか今朝、印刷してきた資料を配る。
また徹夜して作ってきた資料だ。
一昨日作った絵コンテは、結局何の役にも立たなかった。
俺は昨日のことを思い出す。
先輩が入ってくれる、と言った後、俺たちは四人でミーティングをしていた。先輩に、前に作ったビデオを見せて、ダメ出しをしてもらったりしていたが、その後、先輩からどんな方向性のビデオを作るのか、と質問を受けた後のことだ。
「……『恋と魔法と笑顔』がいいな!
あたし、歌もばっちりだよ!」
「あ、そのことなんだけど。私、歌はやらない方がいいと思う」
「えっ、なんで!?」
「『恋と魔法と笑顔』は割と振りも激しいじゃない?
生歌は絶対ムリじゃないかな」
「えー。でも、りさ姉はやってたよ?」
「だって、りささんはプロじゃない。
そういう訓練をしていない私たちにはムリと思う。
一度別の曲でやってみたけど、ダンスどころじゃなかったもの」
「えー……」
「じゃあ、歌とダンスを別で録ればいいじゃないか」
「アフレコってやつ? それって、なんかずっこくない?」
「PVだったら普通だろ。
それに、俺が書いてきた絵コンテ通りにPV作るなら、口だけ動いてればいい。タイミング合わせるの、大変だとは思うけど」
「あたし、りさ姉みたいなのんがいいんだよー」
「うーん……茉那の気持ちもわかるけど……」
もめ始めたとき、それまで黙って絵コンテをペラペラめくっていた遠堂先輩が「ねー、キミたち」と言って、ノートをバサッと置いた。
思わず、俺たち三人は口をつぐんだ。
「『踊ってみた』やりたいの?
ダンス動画撮りたいの?
PV撮りたいの?
聞いててさっぱりわかんなーい♪」
「えっ。その三つって、ちがうの?」
「ぜーんぜんちがうよ?
いわゆる『踊ってみた』なら、カメラ固定でダンスを見せる。
ダンス動画はカメラ固定じゃないけど、ダンスの魅力を最大限見せるもの。
PVならダンスじゃなくて、楽曲の魅力を引き出すものじゃないかな?
とりあえず、出発点が違うもの、並べて話してたって、なーんにも決まらないと思うよ?」
俺も含めて、誰も何も答えられなかった。
まさに、ぐうの音も出ない。
「向日葵、きょーはこれで帰るね。
明日はちゃんとしたお話、期待してるね♪」
その後俺は、意気消沈した茉那と陽本さんに謝った。
遠堂先輩の言うことはもっともだ。
明日きちんとしたものを作ってくると二人に約束し、今ここにいる、というわけだ。
「やったー! 恋まほでいくの!?」
資料を一目見た茉那は、目を輝かせた。
「うん。りさ姉ちゃんの曲では一番知名度があるしね」
「ねえ、月崎君。この、『ミュージカル風PV』って何のこと?」
「『恋と魔法と笑顔』のPVオリジナルバージョン、見たことある?」
「恋まほオリジナルって、ほんとのりさ姉がやってたやつ?」
「ああ」
「もちろん、あたしはあるよ」
「私は見たことない」
「向日葵はたぶん、みたことあるかなー?」
「じゃあ、陽本さんは見たことないみたいだし、ちょっと見てもらっていいかな」
俺は持ってきたUSBメモリを学校のPCに差し込んで、再生し始めた。
「へぇ……。普通のダンスPVなのね。
あまり歌詞の内容には関係ないっていうか」
「振り付けとかをよく見てると、それっぽい部分はあるよ! ほら、『私も魔法をかけることができたら~♪』ってところ、手の動きがそんな感じしない?」
「そうね、確かに」
「で、これをどーするのー?」
焦れたかのように、遠堂先輩が声を上げた。
「ええ。これを元に、『PV』を作ろうと思うんです」
「『PV』? 曲メイン、ってこと?」
「はい。
この歌の歌詞って、女子が男子の意外な笑顔で恋に落ちる、って歌詞で、結構ドラマがありますよね」
「そーだね」
「でも、元のPVは振り付けがメインです。
だから、俺たちが作るなら、丸ごとコピーを考えるより、曲の魅力を伝える方に振った方がおもしろいと思って」
「なるほどー。
元のPVのまねするのはやめて、あたしたちのんを作る、ってこと?」
「茉那、わかってるじゃん。そのとおり」
陽本さんは、複雑な顔をして黙っている。
「陽本さん、もしかして、ダンスの方がよかった?」
陽本さんは、はっとした顔で、俺を見た。
そうだろうな、もともと、ダンスをやると言って呼んできたんだし。
「ダンスがないわけじゃないよ。
だから『ミュージカル風』なんだ。
演技も振り付けをしっかりと意識して、歌詞の内容を演じるようなPVにしたらどうかなと思ったんだ」
「……うん。わかった」
こくり、とうなずく。
表情からは読み取れないけど、納得してくれたんだろうか。
俺は軽く緊張しながら、遠堂先輩に声をかけた。
「遠堂先輩、どうですか?」
「向日葵的には、どっちでもいいよ♪
それより、向日葵がやんなきゃいけないのは何?」
「先輩は場面場面にあう衣装の選択とメイクというか、二人にどんな格好をさせればいいかを考えてもらいたいんです。りさ姉ちゃんのチェストは今度、全部お見せしますから」
「え、ほんと? やったー、うれしー♪」
「洗濯……? 先輩が洗うの?」
うん。わかってたよ。茉那はそういうやつだ。
「選択。セレクト。選ぶ方」
「あ」
ふぅ、とわざとらしくため息をつく。
「わ、わかってたよっ!?」
「茉那は思ったことを何でもすぐ口に出す癖、改めた方がいいと思うの」
「さ、紗来までっ! うう……」
軽く流して、俺は咳払いをする。
「で、配役だけど」
この歌は、主人公は恋に落ちた女の子で、知り合いの男子の意外な笑顔を見てしまって、魔法をかけられたように好きになってしまう、というストーリーだ。
必要な役は女の子、男の子の二人と、最後の方で主人公が魔法を使いたい、というから、その力を授ける役の三人。
そして、陽本さんは髪が長いし、茉那はショート。
ということは、必然的に。
「主人公の女の子が陽本さん。
で、陽本さんの片思い相手と陽本さんに魔法を授ける魔法使いを、茉那」
「えーっ! あたしが男子ぃ!?」
「と、魔法使い」
「と、おばあさん!?」
「おばあさんだなんて言ってないけど」
「じゃあ、かわいい魔法使いにしてくれる?」
「もちろん、コンセプトはそうだけど、元が元だしなあ……」
「うるさい黙れっ!」
俺と陽本さんが笑うと、遠堂先輩もくすり、と笑った。
あ、この人、初めて笑ったかもしれない。
少しは気を許してくれたんだろうか。
今なら、聞けるかも。
「あの、先輩、これはお願いなんですが」
「なに?」
「ビデオカメラ撮れる人に心当たりはないですか」
「ビデオ? 普通のカメラならいっぱい知ってるけど」
「それでかまいません。できれば、学内の人がいいんですが」
「うーん。なら、高等部に一人いるよ」
「その人、お手伝いお願いできますか?」
「わかんないけど。たぶん大丈夫。
向日葵がお願いしたら聞いてもらえると思う」
「ぜひお願いします! 明日お会いできますか?」
「たぶんね。
でも中等部に来てもらうわけにはいかないから、駅前のマックとかで会う約束でいい?」
「はい!」
俺はほっと、息をついた。
こうして、俺の怒濤の一週間がやっと終わった。けど、働いた分だけの成果はあったように思う。
明日、カメラの人に会えば、とりあえず一段落だ。
「あ、月崎くん?」
「あ、はい」
「わかってると思うけど。絵コンテ、キミが書くんだよね?
明日持ってこれるよね?」
「ええっ!? 明日ですか!?」
「無理なんて言わないよねー。人を使うんだから、当然だよね♪
ついでに明日、キミんちいくからね」
茉那と陽本さんが「ええっ!?」と声を上げた。
遠堂先輩はきょとんとした顔で二人を見ている。
「なに?」
「え、先輩。浩司の家で、なにするの?」
「さっき、チェスト見せてくれる、っていってたじゃない、彼」
「あ、そっち?」
「そっちって、どっち?」
しょうもない話で盛り上がる女子陣を横目に、俺は眠気で倒れそうになっていた。
また今日も徹夜か……。ぐふっ(吐血
(続く)