表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/36

Chapter 1:Dead or Alive :Sect.月崎浩司.3-4 厳しい交換条件

「私たちは先輩をつれてくればいいのね?」

「ああ」

 俺たちは自転車置き場の脇にある、小さな建物の裏にいた。ひとけがないから、遠堂先輩を説得するのにちょうどいい。

「後はたぶん、今日持ってきたもので何とかなると思う」

 俺は肩に提げているサブバッグをぽんと叩いた。

「それでどうにもならなければどーすんの?」

「また別の手を考えるしかないだろ」

「とりあえず、行ってくるよ!」

茉那と陽本さんは三のFの教室へ向かった。


俺は、壁にもたれて、地面に座る。


遠堂先輩、入ってくれるだろうか。

俺たちがやろうとしてることはおもしろいと思うから、興味を持ってくれさえすれば、と思うんだけど。


それにしても、いいものを作る、ってほんとに大変だ。

人を集めるだけでも、こんなに大変だなんて思わなかった。

先輩を引き込めたとしても、まだ手が足りたわけじゃない。


それに第一、絵コンテはりさ姉の曲を元にいくつか作ったものの、まだこの曲をやる、って決めたわけじゃないし。

早くはっきり決めて、また絵コンテを描かないと。


「先輩、こっちです」

「もー。向日葵(ひな)、いい返事できるかどーか、わかんないよー?」


向こうの方から陽本さんと先輩の声が聞こえた。

上手く誘い出せたらしい。


もう、すぐそこに、先輩がいる。


やべえ、どきどきしてきた。静まれ俺の心臓。


俺は目をつぶって、息を吐き、立ち上がった。


「よしっ」


俺は、先輩が視界に入った瞬間に「こんにちは、遠堂先輩」と言った。

遠堂先輩は明らかにぎょっとして、うさんくさげに俺のことをなめるように見た。


「向日葵に告白したいって、キミなの?」

「は?」


俺はちらりと茉那と陽本さんを見た。

茉那はニヤニヤ笑いながらこっちを見ていて、陽本さんは、小さく手を合わせて、口でごめん、といっている。


ひでえ。何言ってくれてんだ。

俺は咳払いをして気を取り直し、頭を下げた。


「ごめんなさい。そういうことじゃなくて、どうしても聞いてほしいお話があるんです」

「コスプレのこと?

 昨日、向日葵(ひな)じゃないって言ったよね。

 あんましつこいと、向日葵も怒るよ?」

「はい、それはわかりました。

 昨日は失礼なことを言ってすみませんでした。

 そのことじゃなくて、見てもらいたいものがあるんです」


俺は持ってきたサブバッグのファスナーを半分開き、中を先輩に見せた。


「服? それがどーしたっていうの?」


声からは、はっきりした拒絶がうかがえる。

視線も異様に冷たい。


これで、話を聞いてもらえなかったら……。

いや。大丈夫だ、きっと。

先輩がコスプレをやってるなら、きっと興味を持つはずだ。


俺は息を吐いて肩の力を抜き、先輩の目をまっすぐに見た。

「これは、アイドル『月崎愛里紗』のステージ衣装です」

「えっ」

先輩は一瞬目を見開いた。


しめた。食いついた。


「……レプリカでしょ?」

「いえ。本物です」

「嘘。何でキミがそんなもの持ってるのよ」

「それは」


俺は、ほんの少し答えるのをためらった。

りさ姉ちゃんのことは、できるだけ人に言いたくない。


だけど、先輩がもし、このプロジェクトのメンバーになるなら、知っておいてもらう必要のあることだ。

ここで隠すと、後で信頼関係を築けないかもしれない。


「俺が、月崎愛里紗の弟だからです。

 本名は月崎りさ。俺の一番上の姉ですよ」

先輩は疑り深げに片眉を上げた。

「……ちょっと、ちゃんと見せてよ」

「いいですよ」


俺はバッグを開けて、服を取り出した。

落ち着いたオレンジのショートワンピースで、スカート部分はレースで裏打ちがしてあり、すこし膨らみがついている。

姉ちゃんの一番のヒット曲「恋と魔法と笑顔」のステージ衣装だ。

ロイドルもよく歌っていて知名度も高い。俺たちの世代でも知ってる人はいるくらいに。


先輩に渡すと、縫い目の部分を丹念に見はじめた。

目を近づけて、ゆっくりと全部の縫い目を確かめるように見ている。

と、突然、縫い目の部分を開くかのように、布を両手でぐっと引っ張った。


「な、なにするんですか! 破いちゃダメです!」

「縫製、しっかりしてる。

 本物かどうかはわからないけど、かなりちゃんとした作りね」


先輩は慣れた手つきで丁寧に布を整え、広げて自分の肩に合わせたりしている。

「これを、向日葵に着ろっていうの?」

「いえ、違うんです」

「?」

先輩が話を聞いてくれる体制に入った。

俺は、ほっと息をついた。これでやっと、本題に入れる。


「実は俺たち、学祭で自主制作のダンス動画を上映したいと思ってて。

 それで、メイクができたり、服に詳しい人を探してるんですが、遠堂先輩に手伝ってもらえないかと思って」

「向日葵が? メイクを? 誰の?」

「その二人です」

茉那と陽本さんは、ぺこりと頭を下げた。

「……ふーん」

先輩は、突然、すべての曇りを払ったかのような笑顔になって「いいよ♪」と言った。


俺はぎくりとする。これまでの先輩の表情と、明らかに違う。

事実、次に先輩の口から出た言葉は、衝撃的なものだった。


「向日葵にこの衣装をくれるんなら、やってあげる♪」

「えっ!?」


衣装を!? りさ姉の!?


「い、いや。それは……」

「ダメならさっきの話はノーカン。向日葵、こう見えても忙しいんだー♪」


「ちょ、ちょっと浩司!」


茉那は俺のところに駆け寄ってきた。


「あげちゃだめだよ、浩司! りさ姉の大事な衣装じゃん!」

「ふふ。向日葵はどっちでもいーよ?」


先輩は、にこにこと笑っている。


俺はぐっと拳を握りしめた。

確かに、茉那の言うとおりだ。

りさ姉の衣装を勝手に、人にあげる約束をするわけにはいかない。


断らないと、ダメだ。


しかし、俺の口から出た言葉は、思っていることと反対だった。

「わかりました」

「浩司!?」


茉那は目を見開いて、俺を見た。陽本さんも不安そうな顔をしている。

俺はのどに力を込めて「ただし!」といった。


「学祭が終わるまでは待ってください。

 りさ姉ちゃんの許可も要りますし、この衣装もまだ使いますから」

「えー?」

「お願いします!」

俺は深々と頭を下げる。

「うーん。しょうがないなー。約束は守ってもらうよ?」


俺は答えに詰まりながらも。


「はい」


と、答えるしかなかった。

(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ