Chapter 1:Dead or Alive :Sect.月崎浩司.3-4 厳しい交換条件
「私たちは先輩をつれてくればいいのね?」
「ああ」
俺たちは自転車置き場の脇にある、小さな建物の裏にいた。ひとけがないから、遠堂先輩を説得するのにちょうどいい。
「後はたぶん、今日持ってきたもので何とかなると思う」
俺は肩に提げているサブバッグをぽんと叩いた。
「それでどうにもならなければどーすんの?」
「また別の手を考えるしかないだろ」
「とりあえず、行ってくるよ!」
茉那と陽本さんは三のFの教室へ向かった。
俺は、壁にもたれて、地面に座る。
遠堂先輩、入ってくれるだろうか。
俺たちがやろうとしてることはおもしろいと思うから、興味を持ってくれさえすれば、と思うんだけど。
それにしても、いいものを作る、ってほんとに大変だ。
人を集めるだけでも、こんなに大変だなんて思わなかった。
先輩を引き込めたとしても、まだ手が足りたわけじゃない。
それに第一、絵コンテはりさ姉の曲を元にいくつか作ったものの、まだこの曲をやる、って決めたわけじゃないし。
早くはっきり決めて、また絵コンテを描かないと。
「先輩、こっちです」
「もー。向日葵、いい返事できるかどーか、わかんないよー?」
向こうの方から陽本さんと先輩の声が聞こえた。
上手く誘い出せたらしい。
もう、すぐそこに、先輩がいる。
やべえ、どきどきしてきた。静まれ俺の心臓。
俺は目をつぶって、息を吐き、立ち上がった。
「よしっ」
俺は、先輩が視界に入った瞬間に「こんにちは、遠堂先輩」と言った。
遠堂先輩は明らかにぎょっとして、うさんくさげに俺のことをなめるように見た。
「向日葵に告白したいって、キミなの?」
「は?」
俺はちらりと茉那と陽本さんを見た。
茉那はニヤニヤ笑いながらこっちを見ていて、陽本さんは、小さく手を合わせて、口でごめん、といっている。
ひでえ。何言ってくれてんだ。
俺は咳払いをして気を取り直し、頭を下げた。
「ごめんなさい。そういうことじゃなくて、どうしても聞いてほしいお話があるんです」
「コスプレのこと?
昨日、向日葵じゃないって言ったよね。
あんましつこいと、向日葵も怒るよ?」
「はい、それはわかりました。
昨日は失礼なことを言ってすみませんでした。
そのことじゃなくて、見てもらいたいものがあるんです」
俺は持ってきたサブバッグのファスナーを半分開き、中を先輩に見せた。
「服? それがどーしたっていうの?」
声からは、はっきりした拒絶がうかがえる。
視線も異様に冷たい。
これで、話を聞いてもらえなかったら……。
いや。大丈夫だ、きっと。
先輩がコスプレをやってるなら、きっと興味を持つはずだ。
俺は息を吐いて肩の力を抜き、先輩の目をまっすぐに見た。
「これは、アイドル『月崎愛里紗』のステージ衣装です」
「えっ」
先輩は一瞬目を見開いた。
しめた。食いついた。
「……レプリカでしょ?」
「いえ。本物です」
「嘘。何でキミがそんなもの持ってるのよ」
「それは」
俺は、ほんの少し答えるのをためらった。
りさ姉ちゃんのことは、できるだけ人に言いたくない。
だけど、先輩がもし、このプロジェクトのメンバーになるなら、知っておいてもらう必要のあることだ。
ここで隠すと、後で信頼関係を築けないかもしれない。
「俺が、月崎愛里紗の弟だからです。
本名は月崎りさ。俺の一番上の姉ですよ」
先輩は疑り深げに片眉を上げた。
「……ちょっと、ちゃんと見せてよ」
「いいですよ」
俺はバッグを開けて、服を取り出した。
落ち着いたオレンジのショートワンピースで、スカート部分はレースで裏打ちがしてあり、すこし膨らみがついている。
姉ちゃんの一番のヒット曲「恋と魔法と笑顔」のステージ衣装だ。
ロイドルもよく歌っていて知名度も高い。俺たちの世代でも知ってる人はいるくらいに。
先輩に渡すと、縫い目の部分を丹念に見はじめた。
目を近づけて、ゆっくりと全部の縫い目を確かめるように見ている。
と、突然、縫い目の部分を開くかのように、布を両手でぐっと引っ張った。
「な、なにするんですか! 破いちゃダメです!」
「縫製、しっかりしてる。
本物かどうかはわからないけど、かなりちゃんとした作りね」
先輩は慣れた手つきで丁寧に布を整え、広げて自分の肩に合わせたりしている。
「これを、向日葵に着ろっていうの?」
「いえ、違うんです」
「?」
先輩が話を聞いてくれる体制に入った。
俺は、ほっと息をついた。これでやっと、本題に入れる。
「実は俺たち、学祭で自主制作のダンス動画を上映したいと思ってて。
それで、メイクができたり、服に詳しい人を探してるんですが、遠堂先輩に手伝ってもらえないかと思って」
「向日葵が? メイクを? 誰の?」
「その二人です」
茉那と陽本さんは、ぺこりと頭を下げた。
「……ふーん」
先輩は、突然、すべての曇りを払ったかのような笑顔になって「いいよ♪」と言った。
俺はぎくりとする。これまでの先輩の表情と、明らかに違う。
事実、次に先輩の口から出た言葉は、衝撃的なものだった。
「向日葵にこの衣装をくれるんなら、やってあげる♪」
「えっ!?」
衣装を!? りさ姉の!?
「い、いや。それは……」
「ダメならさっきの話はノーカン。向日葵、こう見えても忙しいんだー♪」
「ちょ、ちょっと浩司!」
茉那は俺のところに駆け寄ってきた。
「あげちゃだめだよ、浩司! りさ姉の大事な衣装じゃん!」
「ふふ。向日葵はどっちでもいーよ?」
先輩は、にこにこと笑っている。
俺はぐっと拳を握りしめた。
確かに、茉那の言うとおりだ。
りさ姉の衣装を勝手に、人にあげる約束をするわけにはいかない。
断らないと、ダメだ。
しかし、俺の口から出た言葉は、思っていることと反対だった。
「わかりました」
「浩司!?」
茉那は目を見開いて、俺を見た。陽本さんも不安そうな顔をしている。
俺はのどに力を込めて「ただし!」といった。
「学祭が終わるまでは待ってください。
りさ姉ちゃんの許可も要りますし、この衣装もまだ使いますから」
「えー?」
「お願いします!」
俺は深々と頭を下げる。
「うーん。しょうがないなー。約束は守ってもらうよ?」
俺は答えに詰まりながらも。
「はい」
と、答えるしかなかった。
(続く)