Chapter 1:Dead or Alive :Prologue
玄関のドアを開けると、目の前に女の人が立っていた。
あたしは思わず息を飲んだ。
けど、向こうの人も驚いたみたいで、「ひっ!」という声を上げて引きつった顔で後ろに一歩引いた。
飲んだ息を吐き、なんとかドキドキを抑えて、相手を見る。
さっきは気づかなかったけど、相手は二人いた。
目の前にいる方はスーツ姿で、服装はよく朝の電車で見かけるOLさん、て感じ。
だけど、全身から……なんていうか、先生? 的な堅苦しさを感じる。
ほんとの学校のセンセーとはちょっと違うんだけど、どこかえらそーというか。
もう一人の女の人は、もう少しカジュアルで、スーツっぽいスラックス的なズボンを履いてるけど、上は柄物の白地のシャツを着ていて、カーディガンを肩に引っかけている。
ついでに、なんかおっきなサングラスを掛けてて、ちょっとかっこいいかも。
でも、サイドアップにしてある髪型はいまいち。ボリュームのある感じにサイドをまとめてあるんだけど、かわいいというよりちょっとオバサンぽいかなって。
縦ロールとかいうんだっけ、こういうの?
別のお客さんかな? 二人の服装が違いすぎだし、
「星住茉那さんですか?」
「えっ?」
「ほしずみまなさん、ですね?」
スーツの人が、一言ごとにしっかりと確認するように、あたしの名前を聞いてきた。
事務的な感じだけど、四の五のいわせないわよって空気もある。
なに、この人、何?
どーしてあたしの名前知ってるの?
なにしに来た人?
なんで頭ごなしなの?
あたしなんかやったっけ?
でもこんな人知らない。
ポンポンと浮かんでくる疑問のせいで返事できずにいると、スーツは軽くため息を吐いた。
小脇に抱えた鞄から、iPad をあたしに差し出す。
「この動画、あなたで間違いないですか?」
見ると、動画ではショートカットでメガネの女の子が一人で踊ってる。
思いっきり衣装に着られていて、見ていて恥ずかしい。
再生数は千とちょっとくらいのレベルで、こんな動画じゃそりゃー視聴数伸びないよなー……ってコレあたしじゃん!
いっちゃんはじめにアップしたヤツだ。忘れてたけど、まちがいない。
恥ずかしさと戸惑いで若干パニクってきた。
なに。このひとマジでなんなの。なんでこんなこと聞いてくるの。
返事できずにいると、スーツは少し強い調子で「あなたですよね?」と聞いてきた。
「は、はい。あたし、です」
やっと、そう返事をした。
スーツは軽くうなずいて、iPad を鞄にしまうと、なんかカードを取り出して私に突きつけた。
受け取ってじっくり見る間も無く、機械的な声で「私は、芸能事務所スタークラフトホームブのスワと言います」と言った。
「えっ、芸能事務所?」
なになに。ドユコト? ホームブって何?
カードを見たら、「スタークラフト 法務部」と書いてある。
あ、名刺だこれ。ホームブって読むんだ。
っていうか、芸能事務所? なんで芸能事務所? 芸能事務所があたしに用って、なんの用?
あっ。もしかして……!?
「スカウト!? あたし勝ち組に乗った!?」
期待をこめてスーツの目を見たら、めっちゃ冷たい視線が帰ってきた。
「この動画は、弊社の権利の一部を侵害しています。
内容証明等を通じ、何度も連絡させていただきましたが、一切のリアクションをいただけませんでしたので、法的措置を執る可能性が出てきました。そこで、お話を伺いたいと思います」
「は?」
え、今のどういう意味?
スカウトにきた、ってことを難しく言った……訳じゃないよね。
ていうか、そんな浮かれた話じゃなさそうなのは、雰囲気からなんか、わかる。
急激に、不安が膨らんできた。
「だめよ、スワちゃん。この子、全然わかってないわ」
後ろにいた縦ロールが組んでいた腕を解いて、サングラスをとり胸ポケットに入れた。
代わりに取り出したメガネをかけると、スーツの肩をポンポンとたたいて、後ろに下がらせる。
メガネをかけた縦ロールはあたしの目の前に立って、「茉那ちゃん、だっけ?」と聞いてきた。
「え、あ、はい」
メガネロールは、目元がすこし下がっていた。
あ、なんか優しそう。ちょっと安心かも。
「あなたたちのやったことはね、法律に違反してるの。
ウチの会社がメーワク被ってるわけ。
最悪、裁判になっちゃうよ、ってオハナシ。わかった?」
「え?」
サイバンって、裁判? あの、ニュースとかで見る、アレ?
「裁判?」
「そー。裁判。すんごい慰謝料とか払わされちゃうヤツ」
「え」
メガネの縦ロールは、にっこりと私に微笑んだ。
「えぇぇぇぇえええええ!?」
メガネロールは、優しそう、ってあたしの印象を粉々に打ち砕き。
後で近所から苦情が来るほどの悲鳴を、あたしにあげさせた。
(続く)