The white
「あの猫はずっとあんたを警戒してたんじゃないのん?」
静かに座っているまーを横目に、早めに仕事を切り上げ帰ってきて早々、話に交ざった姉の麻里絵が話しかけてきた。
母親と二人で蕨を収穫して軽トラックで帰ってきて今まで、真白猫の話題は、ぽつぽつと思い出しながらで会話が続いていた。
わたしが警戒されていたかどうかを思い出しながら、蕨のアク抜きのために、丁度湯の沸いてきた大きな鍋に重曹を投入した時、氷水をまーに差し出した母は、姉にこう切り替えした。
「麻里絵は犬みたいになついてこないとか、嫌々言って終いに石とかマスクとか投げてたじゃない。あの時の方が警戒してたよ。」
「だって、あの時折角生ってくれた苺の苗にあの猫がトイレなんかしてたんだよ?」
「そりゃあ、あんな畑の隅で育てるからよ。もっといい場所あったでしょ。お父さんだってあの角は里芋植えるのに使うから、別のとこにしなさいって言ってたじゃない。」
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当時、同世代の若い子に先駆けてガーデニングに目覚めた麻里絵は、高校では調理科に進み、
『絶対自分でやるから、触らないでよ!』
と言いながら、ちょっとメルヘンなレンガなどで囲った畑の隅の一部を使い、カモミールやらバジルやらを育てては、朝早くから細々お菓子等を作り、当時付き合っていたらしい彼氏に味見させていた。
確か苺の時は、苗から育てて、中々上手いこと葉が繁らず、出来た実もかなり小ぶりで、でももう赤く熟れてきた、というという時だったかと思う。
苺とチョコのブラウニーにしようか、或いは苺のショートケーキにしようかを散々思い悩み、さあ摘もうかというときに、タイミング良くあの白猫が苺に粗相を(猫としては自然な行動を)している所に遭遇したのだった。
「そりゃあ囲ったところに砂がこんもりなってたから、トイレと間違えられたんだよ、きっと。」
「えぇ?!やだぁ。」
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鍋に投入した重曹が数瞬、湯の中でその上層程大きい泡を作り、鍋の中心に向かって規則的に発生した透明の流れの中に、直ぐに溶け込んで消えていく。
一通り洗い終わっていた蕨を、ザルで水を軽く切り、その間にも続けられている母と姉の会話を聞きながら、
ねこがじっと見て来るのは、遊んでほしい合図だって叔母さんに貰った本に書いてなかったっけ?
と姉に返し、でも当初近くに寄ってくることさえもなかったのに、わたしを見てきていたあの真白猫は本当は何を考えていたんだろうと、最後にその真白猫を見た時の顔をぼんやり思い出した。
でも直ぐに打ち消して、火を切った鍋に蕨をゆっくり浸した。
最後にわたしが見た時のあの猫は、食べものが前にある時には思い出したくないと思うに足る程の有り様だったからだ。
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「お父さんはさ、ハーブとか小さい葉っぱだと、ただの草だと思って鍬で土起こしてボロボロにしちゃうじゃない。最初に言われたあんな畑の真ん中じゃ、お父さんに横の白菜のほうへ土とられちゃうもん。やっとやっと3個だけ出来てさ、材料も全部揃ってたのに、苺買わないといけなかったんだよ?」
家で出来た苺でお菓子を作ると当時の彼氏と約束していたのをあの猫は!‥と悔しげな姉は、当時も今も猫派ではない。
今や雌のミニチュアダックスフントの飼い主である。
お菓子が基本好きで、お菓子の割合が多少多めの生活にもかかわらず体脂肪を気にする彼女にチョコと名付けられたそのダックスフントと、わたしの飼う猫のまーが、滅多に会わないのに喧嘩しない仲で本当に良かったと、心から思う私だった。