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doze-mew.  作者: ゆる
1/9

RIE

「李恵、もうそろそろ家に入りなさいよ 。」


「は〜い‥‥」



 日は傾き、空は赤い。


 しかし、近所の屋根や木々によって夕焼けが遮られた箇所は、西日が真っ直ぐ目線の先に落ちてくると同時に赤黒く変化 する。


 そこだけ一足早く夜中を迎えたかの様、 人の目には真っ暗に見えるものだ。


 すすきの季節を迎えて、中途半端に生ぬるい風は、あまり気持ちのいい色を連れ ては来ずに、ざらついた砂のような感触の濁った紫色をしている。


 この冬は、裏庭の雪柳の芽が沢山生えるにちがいない。


 しゃがんでいた状態から立ち上がった時 、制服のプリーツスカートが一部折れたままになっているのを見つけて、左手で軽く揺らして直した時、わたしは彼と初対面した。


 ………。



 猫と目が合ったのは、この時が人生で初めてだった。


 ……………。



 母が再び私を呼ぶ声が聞こえる。


 …………。



 先に目を反らしたのは猫。 



「李恵ー?」 


「すぐはいるって!」



 母に返事をして目線を戻した時には、 いつの間に移動したのか、遠くの草むらの隙間に、縦にゆらゆら揺れながら遠ざかる白い尻尾が微かに見えただけだった。 



    ―――――――――――――



「まあ、まーちゃん、よく帰ってきて。 何か美味しいもの食べる?何が好きなん?まーちゃんは。」


「‥おかあさん、まーは猫だからね。」



 娘のわたしが独立すると、寂しいのか、 母は私が飼っている猫に対して、孫に対しているかのような態度になっている。


 飼うときは散々反対したのに、馴れてく ると庇護意識が出てくるものなのだろうか。


 'まー'は、白に茶のぶちの色をしている メスネコである。


 尻尾は長いのでおそらく雑種だと思うが 、 全身の毛質が凄く柔らかくて、暑苦しい 夏でもかなりさわり心地がいい。



「まーちゃんは、冷たい水がいいんだったなあ?」


「そうそう、氷が入ってるやつね。」


「あんたは何が食べたい?」


「肉かな。」


「まーちゃんより肉食系かいな。」


「唐揚げしちゃおうよ。餡掛けで。」



 4月終わりのゴールデンウィーク、一人暮らしをするようになってから交わすこの会話。


 実家に住み続けていたら、この会話はなかったと思う。


 元々わたしは、猫にあまり好意を抱いてはいなかった。 


 それは何故か。


 外部と交流の少ない集落の農家だったからだ。


 勿論、全ての農家の方がそうゆうわけではないだろう。


 お米や生産したものを狙って家に住み着く鼠を捕食してくれる。


 ペットである猫、という概念がなかったうちは、人も猫も其々で役目や共存していた意義があったのではなかったかと思っている。


 私が小学校に上がった頃、友達が犬を飼い出してから、ペットとして動物を飼うとゆうブーム的なものが一気に広がって 、女の子は特にそれに敏感だった記憶がある。


 確かその時のわたしや近所の人々の中にあったペットというのは、主に犬が対象だった。



    ――――――――――――――



  この時期、畦道に生えている蕨を採りにまわるのは、毎年の李恵の恒例になっている。


 蕨はよく日の当たる山間の田圃の畦道が、生育条件としては抜群。



 「そういえば、よく真っ白い猫があんた の後ろに付いてここまで来てたよね。大分昔だけど。」



 家族四人が一週間に食べるには多すぎるのではないかと思われるほどの蕨を沢山ビニール袋に収穫して、穴場から戻ってきた母は、曾て神出鬼没だった野良の白猫のことを思い出していた。 



「うん、昔だね。まーを拾う前だしね。 」 


「静かな猫だったし、まーちゃんと、メ ス・オスで、家族もできたかもしれないのに、さすがにもう生きてはないわなあ 。いい猫だったのに。」 


「間違いなく、なつかれてたよねわたし 。ゆうか、お母さん嫌な顔ばっかりしてたのに。」



 最近になって都市部等では、街に住み 着いた野良猫をワクチン接種させたり、 矯正や避妊させるなど、猫にも人にも住みやすい環境作りを、町ぐるみで行う等 、猫にたいしての人の意識が其れまでと はっきり違ってきている。


 割合としては、まだ一握りの様子だが 、平成一桁頃と現在とを比べると、その変化はとても大きい。 



    ――――――――――――――



 農家だから猫が好きでなかった、という言葉は、具体的にどういうことかというと、元々縁が無かったと言うことができる。


 飼い猫というものが一般的でなかった当時のその地帯。


 地域の中の犬のペットブームと時を同じくして野良猫が増えてきたけど、猫は犬のようにペットという区別をされることはなかった。


 農村地帯だから車もそんなに通らないし、ネズミを獲ったり、周辺に食べ物があるという環境が良かったのか、自然の繁殖でどんどんと数を殖やしていった猫は、=いかにも野良猫という考え方が住民の意識に浸透していた当時、そうでない場合が大半であったのに、都会で言うカラスと同じような、 植えた作物を荒らす、 害獣の扱いだった。



    ――――――――――――



  話題に上がっているその真白猫は、いつの間にか向かいの公会堂の下をねぐらにして暮らしだした雄猫だった。


 春・秋頃の繁殖期にはとんでもなく野太い声で長時間雌猫を追っかけ、他の雄猫との縄張り争いでは逃げることなく、いつも公会堂の床下を出たり入ったりしていた。


 その声には、夜宿題中の小学生の耳には痛いものだったが、静かな時は何もアクションはない。


 県道筋からも離れている水田地帯では、蛙の鳴き声や用水路の流水の音、虫の鳴き音。


 そんな、遠くからも木霊して知らせてくる何時もの土色と緑の中で、初めてあの猫を見た時。




『うわーーー。白っ!』




 体毛には泥などの汚れもない、見事な白だった。  



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