ハナナス (3)
それから暫くし、彼は冷静さを取り戻し始めた。
叫んでいた口を閉じる。耳から手を外し、目を上げた。
視線の先では夜美が彼を見下ろしている。
その様子を見た夜美は「もう大丈夫そうだね」と呟くと、彼に向って手を差し伸べた。
その姿は、まるで救世主の様で。
「さて、ここからが本領発揮さ」
そう言うと、顎である方向を指し示す。
潤一が目を向けると、列車がいつの間にか止まっていた。
レールも無いのに、駅も無いのに。
ただ、そこにあるのが当たり前の様な雰囲気で。
「――キミが死した後の世界を、あの列車に乗って見に行こうじゃないか」
その言葉を聞いた潤一は。
怖さもあった。不気味さもあった。見たくないという想いもあった。
それでも、何故か。
その少女の手を、ゆっくりと取り、立ち上がる。
彼は、無口な少年が運転する列車に揺られて地上を目指していた。
目の前では夜美が退屈そうに窓の外を眺めている。
潤一も潤一で空から地上に向かっていく飛行機の中から眺めているような光景を不思議そうに見つめていた。
無言が、静寂が場を支配する。
それを破ったのは少年の目的地に着いた、という声で。
扉が開かれる。
夜美は気だるそうに立ち上がると、外へと足を向けた。
その後を急いで追いかける。
ぶわっと一陣の風が吹き、思わず目を細めた彼を待っていたのは。
火葬場でもなく、葬儀でもなく。
真っ白な、大きな病院だった。
てっきり葬儀の様子を眺める事になると想っていた彼は、思わず「……は?」と声を上げる。
「何だい、そんな間抜けな声を出して。キミはクールで頭がいいキャラなのだろう? ならばそういう発言は控えたまえよ」
「いや、普通そうなるだろ……。……何で病院? え、本当に何で?」
そう言いながら不思議そうにしている彼を見て、夜美は「……キミの本質はどうやら、間抜けなようだね」と小さく呟いた。
「まぁ、さっさと歩くがいいさ。ボクとキミの姿は他の人には見えないから堂々と歩きたまえ」
言いたい事を言い終えると、夜美はスタスタと歩き始める。
まるで目的地が分かっているような足取りだ。
こいつ、何処まで見透かしてるんだろうな……、と想いながら彼も後を追いかけるように歩き始めた。
白衣を着た医師の横を通り、笑顔で患者と話す看護婦の前を通り抜ける。
明るい声にて会話をする少女。それに答えるにこやか笑顔の医師。
そんな中を通り過ぎていく中で前を歩く夜美は、静かに静かに呟き始める。
「キミはどうやら、自殺をした後救急車にてこの場所に運ばれたらしいね。しかし打ち所が悪かったのか暫くして死亡。これから見るのはその後の世界だよ」
潤一はその言葉を聞きながら(……まぁ、どうせ見る世界は予想がつくがな)と想っていた。
どうせ、皆泣いているんだ。
どうせ、偽りの自分の為に泣いてるんだ。
何であんな奴が、って苦しそうに、悲しそうに呟くんだ。
そんな事を予想していると、少女は歩いていた足を止める。
目の前は壁となっており、行き先は右左と分かれている。
きょろきょろと二つを見比べ、彼女は「……こっち、かな」と呟きながら右へと曲がる。
彼女のあとに続いて曲がる。その先で待っていたのは。
泣いている姿ではなかった。
悲しそうに呟いている姿ではなかった。
ただ一人、少女が長椅子に座って、項垂れている。
黒髪をうなじ辺りで横に結っており、黒い瞳を床に向けていた。顔立ちは美少女なのだが、悲しみにて歪められた表情はその面影など何処にもない。ブレザー型の、潤一と同じ学校の制服に身を包んでいる。
その少女の顔を見、彼は一瞬驚いた表情をしてみせてから小さく呟く。
「……飛鳥?」
「おや、知り合いなのかい?」
「知り合い、というか……幼馴染、だな。……北条 飛鳥。小学校低学年辺りから一緒だった……と思うんだけど……」
「随分と自信がなさそうだね。ずっと一緒にいた幼馴染と、何時から共にいたのかも分からない程キミは駄目な奴なのかい?」
「いや、一緒にいた時間が長い分だけ分かりずらい。改めて何時から一緒にいたのか、と問われたとしても分からないな」
そんな話をしていると、少女がただ一人項垂れているという光景に変化が見られた。
一人の女性が彼女の隣に腰掛ける。豪華な服を着ているが、黒にて統一されている女性。黒いメガネをかけている、彼の母親だ。
少女、飛鳥は女性に気がつくと弱弱しく微笑んでみせ「……あ、どうもです……」
「……別に気にしなくてもいいわ。ところで、飛鳥ちゃん。少しぐらい、落ち着いた?」
心配そうに問いかけると彼女は「あんまり……整理がつかないですねー……」と言いながらぽりぽりと頬を掻く。
「まぁ、唐突な事だったし、ね……。私たちも潤一がああなるって想わなかった訳だし……」
そう呟く母親の姿は、弱弱しくて。
すぐにでも消えてしまいそうで。
初めて見るその姿に、彼は暫く硬直する。
母は、あんなに淡い存在だったのだろうか。
もっと厳しく、自分にあたっていた存在ではなかったのか。
その様子を見ていた時、隣で沈黙を保っていた夜美が口を開いた。
「……シロバナマンジュシャゲ」
呟くと同時、彼女の手にポンっと花が生まれた。
さながら、マジシャンが手に花束を現わすように。
その様子を不思議そうに眺めていると、飛鳥が震える口を小さく開く。
「……実を言いますと、私……」ぎゅっとスカートの裾を握りながら「潤一の自殺、止められたか、も……しれない、んですよ」
「…………」
「昔、っから一緒にいて気付いて、ましたから……。潤一が毎日毎日、無理、してる。って……」
肩を震わせ、懺悔の声を漏らす少女。
何故早く行動に移さなかったのか、と想いながら呟き始める。
「学校行っても、何時も同じ感じの笑みしか浮かべてなくって。同じ雰囲気を纏って、誰とも深く関わろうとしなくって……」
昼休みに彼に会いに行った事がある。
その時、彼はクラスメートにある仕事を頼まれていた。
それを『あぁ、いいよ』と言いながら人当たりのいい笑みを浮かべて了承する姿を見た。
その笑みを見て、その言葉を聞いて。
長年彼と共にいた彼女は悟った。
――彼は無理している、と。
――偽りの笑みを浮かべなければならない程、追い詰められていると。
その後に彼を屋上に連れて行き、何か悩み事があるんじゃないの、と問いかけると。
彼は変わらぬ笑みを浮かべ、こう言ってのけたのだ。
『……無いに決まっているだろう?』
その笑みに、その声色に。彼女はその後、一切追及ができなかった。
そしてそれから暫くして。
彼は空を飛んだのだ。
その話を一通りし終えると、飛鳥はぽろぽろと涙を流し始める。
その様子を眺めていた潤一は、ぐっと拳を固く握りしめた。
夜美は夜美で小さな声である事を呟く。
「……シロハギ」
ポンっとまた手にシロハギが現れる。
飛鳥が泣いていると、母親が彼女の背中を優しくさすり始めた。
無言で、静かに優しく。
そんな中、カツンという音が響き渡る。母親が顔を上げると、厳格そうな表情をした父親が現れた。
生きていた頃に見ていた、厳格そうな雰囲気も。眉間に寄せていた皺も。
今は何一つなくなっており、ただ何かを失ったという喪失感に包まれていた。
母親が顔を上げると、彼は静かに口を開いた。
「……俺は、アイツに何をしてやれたんだろうな」
悲しそうに呟き始める。
「厳しく当たる事。何かを強いる事。……それ位しか、してやれなかったんだろうな」
ははっと笑いながら、男性は目を左手で覆い隠す。
「成績を上げろだとか、人づきあいをよくしろ、とか。そういうのしか、話せなかったな」
はははっと更に乾いた笑みを漏らしながら、彼は呟く。
「……本当にっ……」
そして、我慢が切れたように。男性は静かに涙を流し始める。
ポロポロと流した涙は何処までも純粋で。
「……俺は、アイツに何をしてやれたんだろうなっ……」
口から漏らす声は如何あがいても後悔のみ。
そして、その様子を眺めていた彼は――ただ、静かに立ち尽くしていた。
予想とは違う知り合いの行動に戸惑っていた。
その間にも、隣で静かに立っている少女は「……ヒヨドリジョウゴ、大文字草……ハナナス」と呟きながら手に花を現わしている。
そんな彼女を気にも留めず、彼は静かに立ち尽くす。
予想外の反応、予想外の言動。
それよりも驚いていたのは。
この場にいる全員、本当の彼に対して涙を流しているという事だった。
誰も、本当の自分何て気付いてないと想ってたから。
誰も、本当の自分に涙は流さないと想っていたから。
それなのに、本当の自分に気づいて、更に涙を流している。
その事実が、彼の心に圧し掛かり。
今更ながら死んでしまった、自殺してしまった事へ後悔の念が生じ。
同時に、どうしようもなく涙があふれた。
その様子を見上げるように夜美は見つめている。暫く黙ってみていたが、ふぅっと息をはきだすと「いい事を教えてあげようか」と言い、花を持っている手を前に差し出した。
「花には花言葉、というのがあるだろう? この手にある花達にもあるんだよ。シロバナマンジュシャゲは『悲しい思い出』、シロハギは『想い』、ヒヨドリジョウゴは『すれ違い』、大文字草は『自由』と『不調和』、そしてハナナスは『真実』」
涙を変わらず流している潤一の頭にある疑問が浮かんだ。
その花々は、自分が目を覚ましたところに咲いていたのではないか、と。
疑問をくみ取ったのか、彼女は更に笑んで告げてくる。
「あそこはね、特別大事な場所が無い者の周りは大抵花畑になるように設定されているのさ。おまけにそいつ自身に見合った花言葉を持つ花ばかり咲き乱れる」
だから、あの花畑はこういう意味なんだよ、という所で口を噤む。しかしすぐに開くと
「……『悲しい思い出』を持ち、それを『真実』だと思い込んだ哀れな少年は人生に絶望し、これ以上こんな世界を生きるなら……と自殺をした」
シロバナマンジュシャゲを真っ白な床にポトッと落とす。
「『自由』を求め、彼は空を飛んだ。だが、それは『不調和』がもたらした結果だ。彼の両親の『想い』と彼の幼馴染の『想い』が彼自身との『不調和』を巻き起こしたのさ」
大文字草を床に落とす。二種類の花は静かに床へと落ちた。
「元々、彼が生きていた世界に『自由』は存在した。けれど、彼が『不調和』の中で気付けなかった。そう、その根源をたどってしまえば――『すれ違い』だろうねぇ?」
にやっと笑いながら、残った花を口元に持っていく。すん、と匂いを嗅いでから頭上へと持っていき、指を一本一本解いていく。
花が一つ落ち始める。その名をヒヨドリジョウゴという。目の前を落下していくのを眺めながら呟き始めた。
「悲しい悲しい『すれ違い』が巻き起こしたこの物語は、一人の少年の死で終焉した」
花がもう一つ落ちる。その名をシロハギという。
「『想い』をうまく伝えられない、人間達。そして『想い』を上手くくみ取れない、少年。そんな役者だからこそ、この物語はこの結末を迎えた」
最後の花が落ちていく。その名をハナナスという。
「そして、死後に『真実』を知った少年は――死ななければよかった、死ぬべきじゃなかった、と今更ながら後悔するのさ」
ハナナスが地面に落ちた瞬間。
彼女は全ての花を踏みにじった。
刹那。世界が暗転する。
真っ白な世界が真っ黒な世界へと転じる。
そんな中で。
潤一の意識は闇へと落ちて行った。
彼が目を覚ますと、真っ白な天井が出迎えた。
右を向くと真っ白なレースのカーテンの向こう側に漆黒の闇が見える。三日月が浮かんでおり、周りには星がいくつか浮かんでいた。
手を軽く動かす。ふわっとしたそれは感触からして布団の様だ。
そこまで確認したところで、彼は暫く硬直してからバッ! と勢いよくベットの上で上半身を起こす。
途端、体に痛みが走った。潤一が腹部を押さえて無言で悶えていると。
「――やぁ、ようやくお目覚めかい?」
と、先ほどまで聞き続けていたとある少女の声が響き渡る。
凛としていて、芯が通っている声。
その声がした、真正面に目を向けると――駅長の服を着た少女がにっと妖艶に笑んでいた。
丸椅子の上で足を組み、更に腕を組んで。
その姿を眺めながら、潤一は呆けた様子の声でこう尋ねる。
「……おい、俺は死んだんじゃないのか?」
「ボクが何時キミが死んでいると言ったんだい?」
「没年齢、死亡時刻」
「あぁ、それならキミがあの時死んでいたら、の話さ。……それに、あれらは全部ハッタリだから、ねぇ」
くつくつと悪戯に笑む少女を見ながら彼は「……ハッタリってなんでだよ?」と問いかける。
「はっ! 決まっているじゃないか。キミがまだ生きている事に絶望して自殺し直すのを防ぐためだよ。あそこでまた死なれちゃ困るからねぇ」
そうなったら面倒くさいからね、と彼女はため息を混ぜながら呟く。
「……おい待て。じゃ、何で俺の死後の世界とか見れたんだよ?」
「あの列車はがんばれば時空間も行き来できるからね。『キミが死した後の世界』に行ってしまえば問題ないのさ」
「……そんなの聞いてないが?」
「言ってないからねぇ」
言い終えると夜美はゆっくりと立ち上がる。
窓へとツカツカと歩み寄っていき、ガラッと開け放つ。
そしてゆっくりと振り返ると、彼のベットを指した。
「――その子、キミがココに運ばれてからずっとついていたようだよ?」
潤一が目を向けると、飛鳥が静かに眠っている。
静かに、目から涙を一筋流しながら。
「昔は気付いてなかったけど、今は気付いたんだろう? 自分を大切にしてくれている人たちが居ると」
ならば、と口を閉じると彼女は少し目を細め、珍しくやわらかく笑むと。
「――その人たちを大切にして、滑稽でも不格好でも生きていくがいいさ」
窓の桟に足をかける。上半身を外に乗り出す。
そして、あの日彼がしたように「――ははっ」と乾いた笑みを漏らすと。
まるで、あの日の彼を再現するように。
――今度は彼女が、空を飛んだ。
左は純白、右は漆黒の翼を広げ、文字通り、漆黒の闇へ飛ぶ。
潤一が茫然としていると、夜美は翼をバサバサと動かしながら空へと飛ぶ。
彼はあの日、地面へ落下した。
だが彼女は今、空へ昇っていく。
その様子を眺めていると、彼女はふっと潤一が居る病室へと目を向けた。
そして。
何かを小さく呟くと、何時もの妖艶な笑みを浮かべ。
木夏や結斗が待つ、あの場所へと戻っていった。
真っ暗な病室へ残された斎場潤一は、ただ静かに空を眺めていた。
そして、状況を整理する。
彼は自殺をした。その時、彼自身は死んだと想っていた、が。
どうやらこの世ではこん睡状態だったらしい。
日付も表示される時計に目をやると、三日の時が過ぎている。
それだけ眠っていた事に驚きつつ、その間に学んだ事を考える。
愛してくれてない、と想っていた両親が自分を愛していてくれてた、という事。
幼馴染が自分の事を考えていてくれていた、という事。
そして。
――幼馴染である飛鳥が、本当の自分に気づいていてくれていた、という事。
その幼馴染に目をやる。
自分が眠っていたベットに上半身を預け、涙を流しながら眠っている少女。
静かに眠っている少女の目元に手を持っていき、ゆっくりと涙を拭う。
その涙を流させたのは自分の行いだ、という事を自覚しながら。
すると少女は「……ん」と言ってもぞもぞしだす。
もうそろそろ目を覚ましてしまうのかもしれない。
こいつが目を覚ましたらどんな反応をするのだろうか、ふと思う。
それと同時。どんな反応を取られたとしても。
「ただいま」と言おう、と想った。
それと同時。
この少女に対しては――本当の自分で接そうか、と想った。
……ごめんなさい全くオチらしいのがないですけど完結です!!
今回の話、木夏と結斗の出番全然ないですね……
そして、これが私が考えたハッピーエンド、です。
とりあえず、これから先潤一は飛鳥には本当の自分を出すと想います……
次回は番外編……です、ね!!
ちょっと夜美とかにスポットを置いた大晦日の話です!!……大晦日に書けって話ですけど、ごめんなさいこの話の完結が見えなかったんです……!!
夜美達の正体についてでも触れようかな、と想っています♪
では、また♪




