ハナナス (2)
「へぇ、それはボクにも叶えにくいお願いだねぇ?」
くすっと笑みながら夜美は告げるが、目だけは冷たく潤一を射抜いていた。
しかし、その視線を感じながらも潤一は普段どおりの調子で「そりゃそうだろう」返す。
「人生を終えたいから自殺した。生きるのをやめたかったから自殺した。……にも関わらずこの有様だ。終えたかったから死んだというのに、死後も続けろというのは拷問でしかないだろう?」
「言ってくれるじゃないか。だけどね……」
小さな子に言い聞かせるような声音で呟き、語り始める。
「此処で新たに歩みなおして、幸せになった奴だっている。自殺した奴だってそうさ。だからキミも、そう想って生きてみたらどうだい?」
それを聞くと、潤一は少し呆然としてから顔を伏せる。すると肩を震わせ始め
「……は、はっ」
乾いた笑いを漏らした。
「……は、ははははは。はははっ!!!」
まるで、狂ったからくり人形の様に。糸が絡まり、使えなくなったマリオネットの様に。
「ははははははははははははははははっ!! は、はははははははははは!!! ははは、は。ははははははっ!!」
顔を左手で覆い、目を限界まで見開き、声が出る限り、笑い続ける。
「ははははははははははははははははははははははは、ははははっ!! は、は。はははははははっ!!!」
そんな事を暫く続けていたが、少しずつ笑い声は小さくなっていき、止まった。目を真剣にして「……ふざけるな」と吐き捨てる。
「『新たに歩みなおす』? それが出来たら楽だろうな。幸せだろうな」
だけどな、と言うと彼は夜美の肩を押した。ドン、という音と共に彼女が倒れると彼はゆっくりと歩んで行き、目の前で足を止める。
「出来る訳ない。歩みなおせる訳ない。そんなに簡単に昔の自分を変えられるほど、昔の人生を忘れられるほど――俺はおめでたい人間じゃない」
冷たい視線で見下ろす彼を見て、夜美は「……ふむ」と言うとにぃっと笑った。
帽子の下で、妖艶に。
「そうだね。そりゃぁそうだね。すっかり忘れていたよ、キミの昔の人生はとんでもなく最悪だった、という事を……ね」
その言葉を聞いた瞬間、初めて潤一の顔が歪んだ。
知りたくなかった、指摘してほしくなかった部分を呟かれたからか。
苦しみ、悲しみ、そんな感情が彼の顔一面に広がる。
今まで狂った笑いなどしか上げなかった口が、震える。
何かに怯えている様な雰囲気を纏い、数歩後ろへと下がった。
そんな様子を全く気にせずに立ち上がると、彼女は紙の束を捲り始めた。
連ねられている言葉を口に出して読み始める。
「……両親はキミに愛情を注いでくれる事無く、成績の向上を求めるばかり。学校でも家でも優等生を演じ続け、本当の自分を見せる時が全く無かった」
カツカツと潤一に向かって歩を進めながら読み続ける。
「キミを知っている人は口を揃えて『いい奴だった』とか『優しい奴だった』とか言うんだろうね。本当のキミを知らないのに、キミの本質を知っているという風に」
何て哀れなんだろうね、と言いながら夜美は潤一を見上げ。
「――キミの人生は本当に無意味だった」
それを聞くと、潤一は頭を抱えてしゃがみ込む。何も聞きたく無いという風に耳を塞いで。
そんな少年に対して、夜美は容赦なく言葉の槍を彼に降り注ぐ。
「キミの生きてきた道は無意味極まりないよ」
槍は一本、彼の体に突き刺さる。
「キミも内心で気づいていただろう、『誰も本当の自分など分かっちゃいない』と」
容赦なく突き刺さる。
「一番の理解者であったはずの両親もキミの本性には気づかなかった」
容赦なく突き刺さった槍は、抜ける事無く深く深く彼を傷つける。
「もしかしたら家族より長く共に居たかもしれない幼馴染もキミの本性には気づかなかった」
傷塗れな少年に対して更に槍を落とす。
「同級生もキミをただの優等生だとしか想ってないさ」
槍が何本も刺さり、傷塗れとなった少年に対して、夜美はある禁句を呟いた。
可哀想に、と実に実に哀しそうな声で呟くと。
「――キミが死んで、悲しみの涙を流す者達は、偽りのキミへの涙だ。本当のキミに泣いてくれる人なんて、居ないんだからねぇ……」
それを聞いた潤一は、内心では分かっているのに。
認めたくない、という想いからか。信じたくない、という考えからか。
叫び、叫び、叫んだ。
地面に叩きつける様に。
昔の自分を、生前の自分を呪うような声で。
「ラビット・アイ」とは全然違う内容になっちゃいましたね……
多分あと二話程だと想うんですけど、次回で「ハナナス」終了するといいなぁ……
早く潤一をハッピーエンドにもって行きたいので……
あ、ちなみに作者的に考えたハッピーエンドなので、読者さん達からしたら全くハッピーエンドじゃない可能性もありえますので……ご容赦下さい……
では、また会えましたら♪