ラビット・アイ (3)
暫くして彼がふっと意識を取り戻すと、ホームの中へといた。何時の間にやって来たのか全く分からず呆けてしまう。
そんな彼の目の前には昔の形をした全体は黒、屋根部分は赤という列車が止まっており、その前に一人の少年が立っていた。
金髪に銀色の髪がまばらに混じっている、群青色の瞳の少年だ。服装は灰色のパーカーにジーンズという実にラフな格好で、この駅長とメイド服という中では至って普通だ。
そんな少年はちろっと勇人を見るが、すぐにふぃっと視線をはずしてしまう。
(……あれ、俺初対面にして言葉を一言も発する間も無く嫌われた?)そう思っている彼に対して夜美は「悪いね。彼はこういう性分だから」と小さく呟いてくる。
「まぁ、紹介することにしよう。彼の名前は未架西 結斗。この列車を運転してキミを逢いたい死者まで連れて行ってくれる奴さ」
「…………」
無言にてぺこっとお辞儀する結斗。それに対して勇人もお辞儀し返す。木夏はその様子を眺めて「あらあらー、和む光景ですねー」と言い「……いや、キミの方が和むとボクは思うよ?」夜美がツッコむ。
「あー、まぁそれじゃぁアレだ。もうそろそろ出発してもらえるかな?」
そう言いながら夜美は咳払いをして「結斗は列車の運転。木夏は彼を列車に乗せてつくまでの間過去話でも聞いてやっててくれ」
「はいー、了解しましたー」
「……………了解」
そう言うと結斗は運転席へと向かい、木夏は「はいはいー勇人様も早く乗りましょうねー」と言って彼の背中を押して列車へと乗せようとする。
そんな彼女に抗い、勇人はガッと列車の壁に足をつけ入るのを食い止める。そして背後で暢気に立っている少女を見「お前は何すんだよ!? っつーかこの状況どうなってんの!?」
「だから友恵、という少女に会いに行くんだろう?」
「え、ちょっ今から!? 確かに俺逢いたいっつったけど唐突すぎね!?」
「何事もノリが大切と言うじゃないか♪」
「ここで初めて満面の笑み!? いや、俺にも心の準備ってモンがあってですねー!!」
「心の準備なんて列車に揺られている間にやれ。これ以上ボクの時間を潰すな」
「とんだ無茶振り来たぁあああああああああああああ!!!!!」
「勇人様―。早く列車に乗っていただけませんかー?」
「そして木夏さん、若干空気読めてなくね!?」
「そいつのスキルは『空気読めない』だから、致し方が無いさ」
「最悪なスキルすぎるわ!!」
「でも読むときは読むんだから面倒くさい事極まりない…」
「……若干俺様気質のお前にそう言わせるとは、やるな木夏さん……」
そうこう言っていると、木夏は「せいーっ♪」と間延びした声で箒を用いて勇人の膝を押す。俗に言うヒザカックンだ。
「のあっ!?」と声をあげ体勢を崩した彼に畳み掛けるように「とやーっ♪」と箒の柄で背中の中心をつついた。その衝撃によって彼の体は列車の中へと消える。
「では、夜美様―行って参りますねー♪」
そう言いながら手を振ってくるメイドに対して「……キミはほわほわした声を出すわりに容赦ないね」と呆れた風に返す。
その言葉が合図の様にドアが閉まる。発車のアナウンスが何処からか響いて列車が動き出す。その四角い物体を見送って。彼女は「……さて」と呟き。
「……ボクは、あの世界と彼を繋ぐ手伝いをするとするか」
「ってか急に何なんですか!?」
数分後、勇人は目の前に座っている木夏に対して怒鳴る。木夏は木夏でにこにこーっと笑いながら「何の事ですかー?」と実に可愛らしい声で返す。
「俺のこと急に列車の中入れてきて!! しかも気がついたら発車してるってどんだけですか!?」
「まぁー勇人様、あのままだと何時までも出発しなさそうでしたのでー」にこっと笑い「少し強硬手段をとらせていただきましたー♪」
「メッチャ和む声で怖い事言われたっ!!」
そう叫んでいると、彼はある事が心配となりバックをバッ! と見る。そこに変わらず可愛らしいウサギのマスコットがついてるのを確認すると安心感からのため息を漏らした。
「そういえば、先ほどから気になっていたんですがー……」木夏はすっとそのマスコットを指し「そのマスコット、男性が持つにはふさわしくないと思うんですがー…………趣味ですか?」
「何で最後だけマジメな声色!? 目も真剣そのものだし!! えーっと」こほん、と彼はごまかす様に咳払いをして「俺の趣味じゃないですよ。友恵が……幼馴染が作ってくれた奴です」
「へぇー……友恵さん、器用だったんですねー」
「まぁ、アイツって小さい時から入退院繰り返してましたから。外で遊べなくて、中で遊ぶしかなかったですからね……」
そう言うと、彼の表情がふっと柔らかくなった。どこまでも優しい表情で。その様子を見た木夏はにこっと笑み
「もしかして……いえ、もしかしなくともー」パンッと手を打ち鳴らしながら「友恵さんの事好きだったんですかー?」
「…………」彼はそれに対して暫く沈黙で答え「……はぁ!? 何言ってるんですか!? お、おおおおおおお俺が友恵の事好きってどういう事ですか説明してもらえますかねぇ!?」
「だってー、勇人さんの表情とか見ているととても幸せそうでしたしー。嬉しそうでしたからーっ♪」
にっこー、と喜色満面で笑っている女性を見た瞬間、勇人は「うっ……」と気圧され「……そうでしたよ、好きでしたよー……」と若干諦めた声で暴露した。
「へーっ♪ やっぱり好きだったんですねーっ♪」
「……まぁ、アイツ純粋に可愛かったですし……。行動とか言動とか色々……」
そう言いながら瞼の裏に思い出す、少女の姿。
黒髪は腰を超えるほど長く、それを無造作に下ろしていた。黒い瞳だったので純日本人という印象を周囲に与え、病弱という所から儚い美少女という感じだった。
だが、儚い美少女という称号にそぐわない実に活発的な性格、無邪気な言動。
そこに勇人は惹かれていたのだろう。
「アイツ、ホントーッに無邪気だったんですよねー……雪が降ったらはしゃいで、窓の外から見える景色が変わるごとにはしゃいで……」
思わず口元が綻ぶ。そんな少女の声が頭を駆け巡り始めた。
『ねっ、勇人勇人っ!! あそこに居る人つい最近まで入院してた人なんだよ!! 退院できたんだねぇ……よかったよっ♪』
彼女が患っていたのは大病だ。体内が徐々に衰えていく病気で、自由に動き回ることもできない。他の部位は使えるが足が全く使い物にならなかった。故、少女は病院から出るという機会は全くと言って良いほど無かった。
ただ、死して行くのを小さな病室にて待つだけ。
それでも、退院した人が居たとしたら心の底から喜ぶ。そんな優しい少女だった。
少女――英田友恵はある日、こんな事を言ってきた。
『勇人に受け取って欲しいものがある』と。
そう言って渡してきたのは――ウサギのマスコット。言うまでも無く彼のバックについているものだ。
「……このマスコット、アイツが作ってくれたんですよ。でも、作ってくれた理由が悲しすぎて……」
『……なんだ、コレ?』と言うと友恵はにこっと笑い『私の代わりっ♪』と言った。
『友恵の代わり? どういう意味だよ?』
『ん。つまりですねー、私の代わりのウサギ!!』
『無駄に胸張って言わなくていいから。で、どういう意味だよ代わりって?』
『……ん、えっと、ねー』
実に言いにくいんだけどねー、と彼女は苦笑いをしながらぽりぽりと頬を掻き
『……ほら、私って何時死ぬか分からないでしょ? だから、もし死んじゃった時の話』
『…………』
『うっ、何気に勇人の視線が怖い……。……分かってるよ、私だってこんなの話したくないもん……。でも、何時その日が来るか分からないから……話せる今、話すんだよ』
そう言うと彼女はウサギを抱きかかえた。そしてウサギ全体を指し
『もし私が死んじゃったらさ……この子を私だと思って、色んな所へ連れてって欲しいんだ』
『……どういう意味だ?』
『そのまんまー。私が生前見れなかった世界をさ……見せてほしいんだ、この子に』
彼女にしては珍しく儚く笑い、ウサギを空中に掲げながら言葉を続ける。
『勇人が見ている世界をこの子にも見せたげて。それだけで……私は幸せだから♪』
「……世界を見せてくれ、何て言われちゃ閉まっとく訳にもいかなくて……。バックにつけて何時も持ち歩いていたんですよ。アイツに頼まれた通り、見せ続けようって」
列車は空を走っていた。おそらく天国、という場所へと向っているのだろう。まるで観覧車に乗った錯覚を覚えながら、勇人は下を見つめ言葉を紡ぐ。
「だから俺にとってこのマスコットは形見みたいなモンなんですよ。だからずっとバックにでもつけているんでしょうね……」
そう苦笑する少年を見、木夏は顎に手を当てた。少し悩んでからポン、と手を叩き「勇人様―、失礼しますがそのマスコットお借りできますでしょうかー?」手を差し出す。
「へ? あぁ、すぐに返してもらえるなら……」
「えぇ、ありがとうございますー」
マスコットを受け取ると木夏は顔を明るくして、胸元で抱きしめた。するとぽうっと淡く光り始める。
その現象に勇人が驚いていると、木夏は笑いながら「私達の役目は仲介ですからー、その為ならば何でも出来るんですよー♪」
「はぁ……?」
「まぁ、ちょっとした奇跡も起こせちゃうんだぞーという事ですねー♪」
そう言い、木夏は綺麗に笑って彼へとマスコットを返す。
それから暫く無言の時間が続いた。すると、天井に取り付けられているスピーカーから
『……………次で終点だから、降りる準備をしてください』
という若干遠慮がちな声が聞こえてくる。
「あらあらー、もうそんな時間なんですねー」木夏はそう言うと椅子から立ち上がり「勇人様―、降りたら友恵さんが居ますから話してきていいですよー」
「……へ?」
「制限時間は特にありませんけどー、なるべく三〇分以内に収めていただくと嬉しいですねー♪」
「いやいやいやや!? まだ心の準備も何も出来てないんですけど!?」
「心の準備なんて何時まで経っても出来ないものですってー♪ さて、行ってらっしゃーい♪」
そう言い終えると同時に扉が開いた。木夏は彼の手を取ると扉へと連れて行く。
「えっ、ちょっ色々待ってくださいって!!」
「待てませーんよー♪」
そう言い、彼女は悪戯っぽく笑むと……彼を電車から降ろした。箒で背中を突付きながら。
「うわ!! っとっとっと…と?」
勇人は急いでバランスを取り、体勢を整えた。そして思考回路に少しだけ余裕が出来た時。一つの疑問点にぶち当たる。
降り立ったのが駅のホームではなく地面の雪の上という事に。
(……駅のホームじゃねぇの?)そう思っていたのだが……ふと、ある事に気がついた。
この雪景色は見た事があると。
そう。友恵が死ぬ前日に共に見た景色と全く一緒だと。
自然と足が動き、その中で一本だけ佇んでいる丸裸になった桜の木の元へと歩んでいった。その木を眺めていると。
「――だーれだっ♪」
背後から突然抱きつかれ視界をふさがれる。無邪気な声、仕草。
その人物は顔を見なくても当てられた。
「……と………友恵?」
「あったりー♪」
笑いながら、声の主は目を塞いでいた手をどけていく。彼が振り返ると―――
あの時と変わらずに笑んでいる、死んだはずの少女がいた。
あと少しで「ラビット・アイ」も終了です!!
いやー早い……。すぐに投稿するので、最後までお付き合い頂けましたら幸いです…♪