Almond(7)
芦垣茉那のもとを逃げ出したソウ=レシェンスは死神達が集う世界めがけて飛翔していた。
先ほど聞いた情報の所為、なのだろうか。動悸は乱れ、思考も上手く纏まらない。
ぎゅっと視界を閉じながら飛翔し続け、彼女の告げた事実を反芻する。
「……―――――」
自分の口で言いなおしても、全く持って信じがたい。
いや、むしろ信じたくない。それが死神、ソウの本心なのだろう。
それでも、彼女のあの笑みを見る限り。瞳の真剣さを見る限り本当の事なのだ。
「……ちっくしょう」
何故、こうも世界は上手く回らないのか。
「……ちっくしょう」
何故、こうも世界はサンドラと彼女に辛く当たるのか。
「畜生がっ!」
どうしようもないもどかしさに捕らわれ、苛立たしげに叫ぶ。
茉那の事情は、余りにも深く、余りにも大きく、余りにも酷過ぎる。
だからこそ、どうにかしなくてはならいのだが、問題点が浮上してしまった。
魂を狩る事を良しとしない死神サンドラ=ユリェウスの親友だとはいえ、魂を狩る事にためらいを持たず事務的にこなす彼からすれば、どんな道筋で考えても結論は一つしかない。
その一つにしか、たどり着けない。
――芦垣茉那は、殺すべきだ。その一択へと。
今後の死神について考えるとそれしかあり得ないのだ。
けれど。
「……サンドラは止まらねぇんだろうなぁ……」
彼はきっと、死神がどうなろうが気にしないだろう。目の前で泣いている少女の為に躍起になる、典型的なヒーロー体質なのだから。
ため息をひとつ。零していると、死神の世界へとたどり着いた。
鳥かごの様な世界の扉に手を当てて、もう一度ため息をひとつ。
少々憂鬱になりながらも、ソウ=レシェンスは扉を開き始めた。
ようやくたどり着いた、先ほどまで資料を探し続けていた漆黒の塔。重い重い扉を開くと、変わらず彼はそこに居た。
気がついたのか、深緑色のハードカバーの本を持っていた金髪と銀髪の青年が、ゆっくりと顔を上げる。
群青色の瞳がソウを射抜いた。この塔の中で一人きりは心細かったのだろうか、少し嬉しそうな微笑を零しながら
「…………なんだ。おかえり」
「……あぁ、ただいま」
返しながら、己の黒髪を掻き乱した。同時に伝えるべき情報、それに対してのサンドラの感情を考えて行く。
きっと、これから先突きつける現実はサンドラという死神を悩ませる。
「…………ソウ」
もしかしたら解決策が見当たらない、と絶望するかもしれない。
「…………ソウ?」
そして――
「…………ソウっ!」
「うわっはぁい!?」
突如耳元に届いた怒声に、素っ頓狂な声をあげて返答してしまう。声の方向を見ると、サンドラが肩を本の背表紙で叩きながらジト目で見てきていた。
「…………返答欲しかった」
「すまん、マジで今まで気づかなかったわ……!!」
「…………で」ソウの顔を見下げながら「……あいつに関して。何か分かったか?」
「んー……分かったっつーか」がしがし、と髪を掻き「……喋ってくれた、というか」
「…………は?」
「まず最初にアレだな。そいつ……茉那に尾行バレましたさーせん!」
てへっ☆ と言った調子で謝るソウ。それに対して、ハードカバーの本の背表紙で頭を思い切り叩くサンドラ。
突然の衝撃の所為で目の前で星が散ったような感覚に陥り、頭を抱えて座り込んでしまった同僚を見下げながら
「…………お前は何をやってるんだか」
「だ、だってしゃーねーじゃん、見えるんだしむこ――いてっ!?」
「…………制裁。鉄拳じゃないだけましだろう?」
「うん、そりゃましだけど。ましだけど、本の背表紙も十分いてぇから!!」
「…………で、分かった事とか話せ」
「りょ、了解……。ちくしょう、何度も頭殴りやがって……」
言いながら、地面に胡坐をかきなおした。頭をさすりながら
「……ふざけ調子な雰囲気も一転させる話だが。いいか?」
「…………上等」
「よしっ。なら、話すよ。あいつ、茉那は――」
すぅ、と大きく息を吸い込む。そして、サンドラを睨みつけながら
「――下手をしたら、死神という存在を。この死神の世界を全て壊す存在なんだ」
「…………ん?」
突拍子もない話過ぎたのか、理解が追いつかず静かに首をかしげるサンドラ。その様子を見たソウはそりゃそうなるよな、と一つ頷き
「急に壮大になりすぎて俺も驚いてるよ。ただの人間が死神を殺す? 此処を壊す? ありえねぇって本心だよ正直言ってさ。けど、本能では」
トン、と親指で自分の胸元を一度突き
「……本当に危ない話なんだろうなぁ、って理解した」
「…………どういう、意味合いで?」
真剣な瞳に気圧されながら、ほんの少し真剣な声音で問いかける。一拍置いてからソウはゆっくりと口を開いた。
「これは俺の行きついた結論だ。だから、参考にしようがしまいがどうでもいいんだけどさ」
けれど、と前置きして
「……正直にいう。俺は、茉那を殺した方がいい、そういう結論に至った」
親友に容赦のない提案を突きつける。
「俺はお前みたいに善人でヒーローじゃないし、むしろ人間の魂を狩りまくる悪役だよ。だからあえて言わせてくれ……俺は茉那を殺した方がいいと思う」
言い放った後、ちらりとサンドラの様子をうかがった。彼は目を瞬かせながら発せられた言葉を脳内で噛み砕いているらしい。戸惑った様子の声音で
「…………待て」
「うん」
「…………何で、そうなった?」
問われ、沈黙を守るソウに深く追求する。
「…………さっきは手伝ってくれるって言ったじゃないか。なのに、何で突然」
「――駄目になったか、ってか?」
言葉を引き継いだソウに対し、険しい表情のままこくりと一つ頷く。それを見た彼は頭を左右にゆっくり振ると
「俺も、正直言ってお前を助けたいのが本心だよ。けれど、未来とか現状とかを考えちまうと、どうしても難しい」
無理なんだよ、と再度告げる。だから何でだ、と食い下がる彼に対して漆黒の瞳を向けて目を細めた。
告げたら、きっと彼は悩むだろう。
教えたら、きっと彼は苦しむだろう。
けれど、教えなければならない。告げなければならない。
ジレンマに足を取られている感覚のまま、口をゆっくりと動かす。
告げた現実に、サンドラは大きく目を見開いた。硬直して一切動こうとしない姿を視認し、あぁやっぱり、と内心思う。
やっぱり、彼は悩む道を通って行くのだろう、と。
考えながら、数歩近づいて行く。ポン、と自分よりやや高い位置にある肩に手を置くと
「まあ、そういう訳だから……俺は、お前を、手伝う事は出来ない」
ごめんな、と目を細めて謝る。茫然としたままの彼を心配したが、此処に自分が残った所で意味などない。
そのまま歩を進めて手を肩から外した。ゆったりとした足取りで塔の中から出て行く。
外に出ると同時にサンドラを振り返った。彼は相変わらず、塔の中心で微動だにしない。
(……厳しい現実だからなぁ)
思いながら、早々に戦線から離脱してしまう事を再度内心で謝り扉を閉めて行った。
扉が閉まる音が響き渡る。それを塔の中心で聞いていた異色な死神は、なお微動だにしなかった。
翌日のほぼ同時刻。人間界の空は曇天で、雨が静かに降っていた。
そんな中をサンドラ=ユリェウスは、ぼんやりとした雰囲気を纏いながら傘もささず歩いて行く。
額や頬に張り付いた前髪の隙間から覗く、焦点が曖昧で光が殆ど差し込んでいない視線。
それでも辺りを見回して空色の花を差している少女を探そうとする。が、あいにくの雨で空に向かって咲く花の数は多く、彼女一人を見つけ出す事は酷く難しそうだった。
髪が顔に張り付く事。そこから雫が顔を伝って行く事を流石に不快に思ったのだろうか、フードを目深にかぶると再度目を凝らしながら歩き続ける。
そんな事を、数時間ほど続けた後。
歩いて行った先、そこにあったのは小さな公園。緑が多いその場所で、空色の傘が風景と馴染まずに独立して存在していた。
傘の下から覗く長い黒髪、スカートを見て彼女だと認識する。と同時に、サンドラはぼんやりとソウに言われた事を思い出していた。
『信じられねぇかもしらねぇけど』
一歩踏み出す。右手をゆっくりと肩の位置まで持って行った。
『茉那は……』
一歩踏み出す。下に向かって手を思い切り振り、一度も使用した事がない死神の大鎌を出現させた。
『――死神の生まれ変わり何だよ』
更にもう一歩。
踏み出すと同時に、何もかもに悲観しきった瞳と表情のまま大鎌を振りかぶって。
――異常な死神は、茉那の首元へ向かって切っ先を振った。
…………←土下座
……更新とてつもなく遅くなってしまい申し訳ありませんでした……
内容を再構成したうえ、納得のいかない文面ばかり書きあがってしまい……言い訳ですね黙りますごめんなさい
話の内容は……読んでくださったとおり、サンドラ君どうしちゃったのという。←
この後どうなっていくかー……っていうのは、まあ、そのですね、どうにかなるのですよ←
ハッピーエンドとは言い切れないけれど……(ぼそっ
と言う訳で……更新とても遅くなってしまい申し訳ありませんでした!!
これから先もテストや文化祭や修学旅行やらで早めに更新ーと言い切れませんが、なるべく早く投稿する様頑張りたいと思います!
これからも、厚かましくはありますが空中列車、よかったらよろしくお願いします♪
では、またお会いできます事をっ!