Almond(4)
殺してほしい、という願い何て今まで受けた事などなかった。
一方的に人の命を奪って行く存在、それが死神なのだから。
故に、彼の頭には疑問符が幾つも連なって飛び始める。
何故、急に殺してほしい、などと願ってきたのか。
何故、よりにもよって自分に対してなのか。
――人を殺せない死神だと、分かった上で。何故自分なのか。
分からず、息をのんで少女をじっと見つめる。対して、視線を受けている彼女はくすっと淡く笑んで
「――私を殺して下さいません?」
顔をぐいっと近づけて、息がかかる程の距離でじっと彼の瞳を覗き込みながら何度も何度も。
「……殺してほしいんです」
命を奪ってほしいと、願い続ける。
そんな少女の願いは、あまりに重く。
明るい彼女の願いは、悲しいもので。
現実を受け止めきれない死神は、少女の背に回していた手をそっと外す。
水色の花に守られている少女を、目を細めて悲しそうな表情で見つめながら――
――その場から消え去って、逃げ出した。
残された少女は、人波に流される事なくそこに立ち続ける。
目を閉じた。そこから、一筋の涙が流れ。頬を伝い、アスファルトに落ちていく。
涙がしみ込んだアスファルトは、通り過ぎる人の足に踏まれていった。
逃げ出した先、死神達が集まる世界でサンドラは一人座り込んでいた。
自らの身体を抱きしめるようにして座り込み、地面に目を落としている。群青色の瞳が漆黒の地面を映していると、頭上から
「よぉ」
聞きなれた、つい最近ケンカの様な事をしてしまった友人の声が降って来た。
その体勢のまま顔だけを上げる。漆黒の空をバックに、同色の少年がにっと快活に笑んで手を振って来ていた。
何も言う気が起きず、視線をもう一度地面に落とし直す。頭上でおーい、と呼びかける声にも応じず、ぼんやりと眺めながら
(…………殺して、ほしいか……)
言われた瞬間、湧きあがった感情は悲しみと怒りだった。
生きたくとも生きていけない人もいる。生を途中で諦めなければならない人もいる。
(…………それなのに)
思わず拳をぐっと握る。下唇を強く噛みながら
(…………死ぬ事を望んだ)
彼女には、入院している祖父が居る。『死』というのが一体どんなものなのか、理解しているはずだ。
それなのに、殺してくれ、と願った理由が分からなかった。
死んだら終わりだ。全てが無に帰り、存在すら消えてしまう。
あっさりと、全てを奪って行く。それが死。
それを、自ら望むという心理が彼には理解できなかった。
何でだ、と思わず呟いてしまう。と、後ろに立っていたソウが「どしたん?」と小首を傾げながら問いかけてきた。
「さっきから様子変だけど……何かあったんか?」
「…………別に、何も」
「何もな訳ねーだろ……。何かあった時の反応だってそれ」
前に回り込んで、サンドラに視線を合わせる様にしゃがみ込みながら
「何かあったんなら言えよ? 悲しい事なら、話せば少しは楽になる。悩み事なら、誰かに言えば解決策が見えるかもしれねーし」
だから、言え。そう締めくくってサンドラの顔を覗き込んだ。すると銀髪と金髪が入り混じった前髪の隙間から群青色の瞳が覗く。そのまま動かして行って少年を射抜いた。
視線から逃れようとしてしまいそうになるが、身体を動かす代わりに瞳に力を込め「言え」と、もう一度念を押す様に呟く。
その言葉がきいたのか、異質な死神の唇がゆっくりと動き出した。
少女の名前は伏せ。どのような経緯で知り合ったのかも伏せ。
端的に、簡潔に。今日あった出来事を、唯一無二の友人に語り始める。
「うーん……」
説明を聞き終えたソウは腕を組み、目を閉じて眉間にしわを寄せながら悩ましげにそう唸った。
ぎゅっと強く瞳を閉じながら、くるくると人差し指を動かし
「えーっと……つまり、お前が見える人間が居て。死にそうな目に遭うんだけどその場に死神はいなくて、リストにも乗ってなさそうだ、と」
「…………あぁ」
「これまた聞いた事ない事例だぞ……」
わしゃわしゃ、と髪を掻き乱しながら
「どうしてそうなるんかなぁー……。第一的に、リストに乗ってねーのに死にそうな目に遭ってるっつー時点で異常だし……」
しかもそれが何回にも渡るなら異常過ぎる、と付け加え
「ありえねぇ、マジでありえねぇって……」
頭を抱え、困った様にため息を漏らす。その様子を暫く黙って眺めていたサンドラはやはり苦々しそうな表情で
「…………だよな」
「あぁ……ありえねぇ、マジでありえねー……」
同じ様に頭を抱えて黙り込んでしまった友人を横目に、相談事を打ち明けた少年は視線を変わらず真っ黒な地面に落とした。ぼんやりと眺めながら、先ほどまで微かな怒りを感じていた少女を救うための打開策を模索して行く。
だが、そんな簡単にヒットする訳もなく。思わず小さく舌打ちをしてしまった。
(…………ちくしょう)
自分の力不足が憎くなって、拳を地面に振り下ろす。
(…………ちっくしょう)
もう一度、もう一度と。不規則な音を立てて、痛みを伴い始めた拳を地面に突き刺し続ける。
(…………どうしたらいい、どうしたらいい……?)
脳をフル活用し、現状を打破する方法を探し続けた。
そんな事をどれだけ続けただろうか。ふっ、とある瞬間に彼の拳の動きが止まった。拳が止まる代わりに細い目が大きく見開かれている。
――一縷の望みが、驚くほどすんなりと彼の頭に浮かんだから。
驚いた表情のまま、顔をゆっくりとあげる。小さく口を開くと
「…………なぁ」
かすれそうなほど小さな声で、未だに頭を抱えているソウにゆっくりと問いかける。
「ん……?」
「…………ない、だろうか」
唯一の打開案になるかもしれない、行動を提案する為に口を再度開き
「…………こんな事例が、前にも起きてないんだろうか」
「……は?」
「…………事例が起きているとしたら、もしかしたら。文献があるかもしれない。もしかしたら、知ってる奴がいるかもしれない。……これらは希望論だな。だが、俺は……」
ぐっと下唇を噛み
「…………可能性が少しでもあるなら。出来るなら、あいつを救う術を見つけたい」
涙を浮かべ、笑みを湛えて願ってきた少女を思い出す。
殺してほしい、と願ってきた少女を脳裏に浮かべる。
思い出して、脳裏に浮かべて。自分でも何を言ってるのだろう、と思って嘲笑を浮かべた。
先ほどまで怒りを感じていた相手に対して、救いの手を差し伸べようとするのか、と。
そう自問した所、お人よし、という声より先にこう返ってくる。
――少女に、『生』を教えたい。
生きていたら、どれだけ素晴らしい事が起きるかを教えたい。
生きていたら、どれだけ素晴らしい世界が待っているかを知らせたい。
窓を開けた先に待っている晴天や。春先に空に向かって咲き誇る野花や桜の鮮やかな色合いなど。
友人と語らう事の楽しさだとか、何かを成し遂げた先にある解放感だとか。
それらは、生きていなければ得る事の出来ないものだ。
死んだ先では決して得られない、それらを。……死神である自分が、願っても手に入れる事が出来ない、それらを。
感じてもらい「生きていたい」と考えてほしい。
たった一度しか授かれない命なのだ。だったら、精一杯生きて「いい人生だった」と笑ってもらいたいから。
――それなら、俺が彼女を苦しめる根源を壊してしまおう。
それが、異質な死神の出した答え。
それが、死にたがりな少女にしてやれる事。
だが、探す前から直観的に分かっている事があった。
救う術が見つかる確率は低いのだろう。
バットエンドの確率が高いのだろう。
けれど、それでも――
「…………関わった日数は少ない。自分でも、何であいつの為にそこまでするのかが分からない。けれど、それでも。……俺は、立ち向かいたい。あいつを救いたい」
――悲しくて流した涙を、嬉しくて流した涙に変えてみせたいから。
言い終えた死神は群青色の瞳に真剣な光を宿してじっと彼を射抜く。
対し視線を受けた少年はぐしゃぐしゃ、と髪を掻き乱した。至極面倒くさそうな表情をすると「あーだ、もーっ!!」やけくそ気味に叫び
「わーったよ、お前の決意は分かったよ!! 付き合えばいいんでしょ、一緒に打開策探しゃーいいんだろ!!」
自分の髪をかき乱していた手を、金髪と銀髪の少年の頭に移す。ポン、と頭を一つ叩くと。
「だったら、行動に移しましょうや」
こちらも決意を固めた視線で少年を射抜く。射抜かれたサンドラが「…………すまないな」と苦笑気味に漏らすと「いいって」軽く返しながらゆっくりと立ち上がる。
パンパン、とズボンを叩いた。漆黒の空をバックに、手をすっと差し伸べる。
黒によって生成されている様な、全身が殆ど黒な少年は快活に笑むと
「――やるぞ」
伸ばされた手を掴んで、自分の方に引っ張った。
にっと笑い続けるソウに対し、サンドラも苦笑を浮かべながらゆっくりと立ち上がる。
漆黒の世界が、その行動のお陰で光を取り戻すわけなどない。
けれど、確かに。
――少女が光を取り戻すかもしれない、きっかけには、確実になった。
……久しぶりの上に何がしたかったんだろうね、うん。
まず最初に言わせてください……空中列車のノリを完璧に忘れてしまったので、文体が少し違うかもしれません……
その上何がしたかったんだろう…!?
言えるのは…逃げたサンドラが立ち直る話を書きたかったのよーっていうね…!
次は……ちょっとした小ネタ挟んで、話が動いていきますねー
スローペースにはなりますが、これからもよろしくお願いします…!!
ではー♪