Almond(2)
サンドラの発言を聞いた茉那はきょとん、とした表情で「死神さんですか?」と問いかける。
「…………そう、死神」
「あの、鎌とか持ってて骸骨でケタケタ笑う死神さん?」
「…………骸骨でケタケタ笑ってないがな。……というかこんな現実味がない話何ですぐに信じたお前」
「えー、だってそういう展開の方が面白そうですし」
そう言ってから楽しげな笑みを顔に浮かべて「ほぇー……その死神さんが私の目の前に……」近寄ってき、手を伸ばしてぺたぺたと触り始めた。
「…………お前に恐怖心とかないのか?」
伸ばされる手を避けながら、あきれ顔でしっかり後退していくサンドラ=ユリェウス。
そんな彼にとって、異質な自分にも物おじしないで近づいてくる人間は初めてだった。故に、畏怖される存在である彼の方が普通の人間に恐れを抱いていしまう。
ある意味形勢逆転ともとれる状況。流石に居心地が悪いのか、彼は眉間にしわを寄せると横に置いてあった棒を掴んだ。口を動かして小さく何事かを呟くと、彼の周りに突風が巻き起こる。
雫が彼女の方へと向かって行った。頬についた瞬間思わず「つめたっ!」と声をあげてしまう。抗議しよう、そう考えて顔を上げた時には、もう彼の姿は消えていた。
残された茉那は、小さく呆けた声で「……はい?」と呟く。
けれど現実は変わりなどしない。
――サンドラ=ユリェウスは、芦垣茉那の目の前から消え失せたままだった。
彼女の目の前から消え失せた彼が次に現れたのは、とある病院の一室だった。
先ほどの場所から幾分離れているのだろう。穏やかな陽光が病室を包みこんでおり、開かれた窓から風が入り込んでカーテンを揺らし、去って行く。
六つのベットのうち、幾つかのところに見舞い人がいるらしい。笑い声や話声が病室内に溢れていた。しかし、サンドラが現れたベットには誰も見まいに来ておらず、年が行った男性が一人眠りについている。
白が目立つ髪、しわが目立つ顔。細くなった腕から点滴が伸びており、彼の横に立っている点適剤は雫をぽたぽたと落としていた。
そんな男性は、サンドラの存在に気付いたのか白濁した黒い瞳を開く。窓側に目を向け、彼に視線を送るとゆっくりと瞬きをした。ぼんやりとした視界に映る、彼の手に握られている鎌。それを認識した途端、老人はゆっくりと口を開いた。
「……あぁ、死神か」
「…………随分、簡単に認めたな」
「そんな物騒な物を持って、見舞いに来る知り合いなどいないからの。……それなら、死神と結論付けるのが速かろう」
はぁ、と諦めた様な溜息を漏らし「それで、わしは今日死ぬのか?」
「…………まぁ、事務上は」
納得いかないという表情で言う彼に対し、老人はゆっくりと瞬きを繰り返しながら
「……死神にしては意外だな」
「…………どういう意味だ?」
「いや、抵抗がないと思っていたからな……人の死を招く事に」だが、と続け「お前は――嫌がってる様に見えるからの」
聞いた瞬間、サンドラは沈黙した。目線を老人から外し、窓の外に目を向ける。色彩鮮やかな世界、光り輝いている世界。それを見てから病室内に目を向けた。白が充満している世界、悲しみ、痛み、それでも笑みが絶えない世界。
二つの世界を見比べ、思考を巡らせた。自分のこの複雑な感情をどう表現するべきか悩みながら、慎重に言葉を紡ぐ。
「…………確かに、招くのを嫌がっていない奴もいる。もしくは、嫌でもやるしかないと諦めて招く奴もいる。……死神でも、十人十色だ」
「ほう……」
「…………その中で、俺は嫌だと感じる方だ。死神らしくない、とよく言われる」
「まぁ、確かに髪の色もそんなんじゃからのぉ」
「…………髪の色は関係ないだろう」嘆息しながら、どこからともなく先ほどの羊皮紙を取り出し「…………だから、俺は奪いたくないんだ」ポツッと呟く。
開き、じっとその中を見つめた。先ほどの雨ざらしで滲んだインクは、かろうじて今日の死者の名前を連ねている。その中に、老人の名前があった。苗字は読めないが、名前は『誠志朗』と記してある。
この羊皮紙に名前がある限り、生者は死に縛られる。それを知っているからこそ、彼はこの羊皮紙が嫌いだった。
「…………人は、こんな物に死を決められるべきじゃないと思う。生まれながらにこんな紙に縛られるべきじゃないと思う」
ぐっと下唇を噛む。それなら、と言って彼はゆっくりと羊皮紙を横に持った。サンドラがやろうとしている事に気がついたのか、老人――誠志朗は目を見開く。
「お前、何を……!」
「…………なら――」
誠志朗の疑問には答えず、行動を進めた。刹那、力が込められた両手によって羊皮紙が破かれる。びりびり、と字が読めなくなるほどまでに小さく破いていった。
そして、紙吹雪の様に手から零す。紙はひらひらと宙を舞い、地面に向かっていった。
見ながらははっ、と自然に口から笑みがこぼれる。しかし長い前髪の下から覗く瞳は悲しげな色を宿し、表情は泣く寸前。それでも笑みを口元に湛え。
「…………――死を決める紙が、なくなってしまえばいいんだよ」
死神らしからぬ言葉を聞きながら、誠志朗の目は羊皮紙を追っていく。破かれたからか、それともたまたまか。少しだけ身体が軽くなった気がした。何を言おうか迷いながら目を上げると――またもや、サンドラの姿はこつぜんと消えていた。
残された羊皮紙は地面へバラバラに散らばっている。
幾人もの死を定めたそれは、いとも簡単に異質な存在によって破壊された。
誠志朗がいる病院の真上。そこに瞬間的に移動したサンドラは漆黒の翼をはためかせ、宙に浮いていた。目をゆっくりと閉じ、先ほどの行動を思い返す。
後悔などなかった。ふっと口元に笑みを浮かべながら、仲間たちの事を考える。怒るだろうなぁ、と結論付けた。
そして魂を事務的に刈って行く彼等とは違い、根本的な部分を否定する自分についても考える。
――死を決めた羊皮紙を破り、天命に任せ魂を刈らない死神。
彼が異質と言われる理由。彼ができそこないと評される理由。
そりゃそうだな、と内心で一蹴した。こんな行動をとっていればできそこないだろう、とも思う。
それを逃げだと批判する者もいた。ただの先伸ばした、自分の考えを他人に押し付けているだけだ、と声高に叫ぶ者もいた。
それでも、彼はこの行為を止めなかった。
紙切れ一枚で左右出来る程軽い命じゃない。そんな物で判断できるわけがない、と。叫び、唱え続けてきた。
刈るのであればその人物の本質を見ればいい。本質を見て、考えて考えて考えればいい。
だから彼は紙を幾度も破り続けた。実際、このお陰で命を長らえた人もいる。そのお陰で世界に一石を投じた人もいた。
故に、彼の行動は一概に否定はできない。何しろ肯定し賛同する死神もいるほどなのだから。
味方を持つ、死の宣告を破り捨てる異質な死神。
それが、サンドラ=ユリェウスという少年の総称だった。
目を閉じて群青色の光を瞼で消す。暫くしてから、ゆっくりと開いて行った。
眼前には、明るい色に満ちて光が溢れている世界が広がっている。
その世界に蔓延する『死』を認識しながら、死から解放していく異質な彼は上へ上へと飛翔していった。
お久しぶりの更新で本当に申し訳ありません…!
やや、スランプといいますか文体とかに行き詰ってしまい……違うタイプの小説との両立って難しいんだなぁ、と改めて思いました
という、やや言い訳じみた事は置いといて本編へ……
今回はサンドラもとい結斗についてでしたーっ 彼は魂を刈った事がない死神なんですよねー……
このお爺さんの事や、茉那ちゃんの事もおいおい……
今年中にもう一度更新できたら幸せです……!!
感想お待ちしております♪ ご指摘などもお願いします!
次回の話でお会いできましたら!
では、またーっ!