表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/22

Ring (5)

 暫くし、紗由はゆっくりと離れた。視線を地面に落とし、今更自分の行動が恥ずかしくなったのか頬をやや紅潮させながら「ひ、久しぶりね……」口をもごもご動かしながら呟いた。


 きょとんとした表情で見ていた泉は目をふっと細め、柔らかい笑みを浮かべると「久しぶりだね、紗由ちゃん♪」上機嫌な声で答える。細めた目は何時もに増して輝きを持っていた。


 二人はゆっくりと噴水に腰かけた。少し濡れた淵を気にすることなく座ると、紗由はぶらぶらと足を揺らし始める。それに合わせてサンダルはパカパカと気の抜ける音を放っていた。暫し様子を眺めていると、泉はふっと視線を上げて隣に座っている彼女をじっと見つめると


「……うっわうわー」


 サンダルと同じ気の抜ける声を発しながら彼女の頭に手を伸ばしてなでなで、と撫で始めた。頭を撫でられている彼女は暫し小首をかしげていたが「……え?」


「あ、いや、そのー……」うんうん、と頷きながら「紗由ちゃん可愛すぎだよねー……」


「…………」理解するために頭をフル回転させ、理解し終えた彼女は頬を紅潮させて「……はぁ!?」


「あーもうホントに可愛すぎる……!」


 言いながら彼女の体を抱きしめる泉。彼氏の行動に驚いて目を回し始める紗由。暫くその体勢のままでいたが、紗由の「ちょっ……ギブギブ!!」という声に正気を取り戻したのか、泉はゆっくりと体を離した。


 そしてちょこん、という効果音と共に座ると


「……うん、感極まった行動としてゆるしてねっ♪」


「にしては行きすぎだったと思うけど……!?」


「紗由ちゃんが可愛いすぎるんだから仕方ないよーっ」


「むーっとした表情でアンタは何言いだすのよ!?」


「れっきとした真理だけど?」


「平然と言われた!?」


「紗由ちゃんが可愛いからねっ!」


「だから、アンタは――っ!!」


 漫才の様な言い合いをしている中で泉はよかったぁ、と思いながら口元を緩ませる。


 逢っても気まずいだけじゃないのかと思っていた。気まずくなって、何も話せなくなるんじゃないのかと思った。


 けれど、そんな想いに反して生きていた頃と何ら変わらず言いあいができる。笑って、話す事が出来る。


 幸せだな、と思っていると更に口元が緩む。


 同時に、限られた時間の中でたくさん笑っていようと思った。




 どれくらいの時が経ったのだろう。それを確認するために、泉は胸元にかけられている小さな砂時計に目をやる。


 視線に気がついた紗由は「それどしたの? アンタ、そんなアクセサリー持ってなかったわよね?」首をかしげ尋ねる。


「ああ、これねー」砂時計を軽く持ち上げながら「逢える時間なんだってー」


 手のひらにポン、と乗せる。小指ほどの大きさで、木製の枠に特徴的なガラス製の入れ物。それの中には水色の砂が入っており、さらさらと下に向かって落ちていた。


 半分ほど下に落ちていた。彼女はそれをじっと見つめながら「へぇー……」関心がある様に呟くと同時に、あと少ししかいられないと言う事を実感する。


 それを認識していると、泉は「壊したくなるよね……」ポツッと呟いた。


「……は?」


「砂時計。これ壊したらさ、ずっと一緒に居られる気がして。壊したいなって思っちゃうんだよ」


 まぁ、僕死んじゃったからそれは無理なんだけど。呟いて苦笑を浮かべる。


「それでも壊したいって思っちゃうのは、人間のどうしようもない所なんだろうね。ずっと一緒にいたい、なら居られない原因を壊そう。っていう考え」


 黙って聞いている紗由の頭に大きな手が置かれる。なでなでと頭を撫でながら、呟いた。


「でも、それはできないから。限られた時間を大切にするしかないよね」


 苦笑する彼を見て、紗由はゆっくりと手を頭に伸ばして頭を撫でていた手をぎゅっと握りしめた。


「へ?」呆けた声を出す彼を無視しながら噴水の淵に手を置いて、ゆっくりと彼の手と自分の手を重ね直す。


「あのー……紗由ちゃん? どしたの?」


 不思議そうな声を出す彼に向って、紗由は笑みを浮かべて言った。


「時間、大切にするんでしょ? なら――」


 ――話してる時間だけじゃなくて、隣に居る時間も大切にしたいから。


 言った途端恥ずかしくなったのか、頬を少し赤くしながら視線を軽く背ける。じっと紗由を見ていた泉は、嬉しそうに笑うと「そうだねー♪」と言って足をぶらつかせた。


 残りの時間は、こうしてゆっくり過ごそう。


 大切な人が隣に居ると、過ぎるのが早い時間。それを少しでもゆっくりにする為に、のんびりしていよう。


 重ね合わせた手に願いを込め、彼はゆっくりと目を閉じる。


 柔らかな風をその身に受けながら、微笑んだ。




 何も話さない時間もあり、話している時間もあり。


 ついに砂時計の砂が落ち切った。


 それを待っていたかのように、静かに止まっていた列車からサイレンの様な音が流れてくる。彼はゆっくりと立ち上がると、紗由の手をひいて立ちあがらせた。


 目を細め、軽く笑う。


 悲しそうな表情をしている紗由を引き寄せて軽くキスをする。


 顔を赤くした紗由を見て更に笑みを浮かべた。耳元に口を近づけ、小さく何かを呟く。不思議そうにしているのを見ながら幸せそうに笑った。


 もう一度耳元に口を近づける。最後の言葉を言うと、紗由の肩に手を置いてくるっと一回転させて列車に向かせた。


 背中を押す様にして歩き出そうとする。そんな彼の手を軽く握り、紗由は桜を連想させる儚い笑みを浮かべた。ぐぃっと彼を引っ張り、隣に立たせる。その手は震えていて、必死なのが伝わった。


 足を踏み出す。一歩進むごとに別れに一歩近づく。それを感じながら彼と紗由は歩く。列車が近づくたびに堪えろ、と声が響き渡った。


 そして、列車にたどり着いた。紗由は儚い笑みを浮かべ、手を振る。彼は向日葵を連想させる笑みを浮かべて手を振った。


 ブザーが鳴り、ドアが容赦なく閉まる。静かに動き出した列車に向かって、彼はずっと手を振り続けた。


 最後尾が見えたと同時に、目からぽろっと涙がこぼれた。


 堪えろ、という声はもう聞こえなかった。だからか、彼の目から涙は絶え間なく流れ続ける。拳でぐいっと涙をぬぐい、ポロポロと流れる涙を無視して手を振り続けた。


 一方その頃、列車に乗り込んだ紗由も泣いていた。堪えて、という声はもう聞こえず、天井を仰ぎ見ながら涙を流していた。


 二人同時に、頭の中でお互いの声が響いた。



「ばいばい」



 列車が着くまで泣いていよう、と想った。此処に彼への涙を置いていこうとも想った。


 置いていって、あっちでは彼の為に笑い続けようと想った。




 列車が止まり、夜美が待っている駅で停車する。


 目を擦り、ゆっくりと降り立った。彼女の顔を見ると、夜美は笑いながら「ずっと泣いてたのかい?」問いかける。


「別にいいじゃない……」


「で?」彼女の事を見つめながら「満足した?」声音を少し柔らかくして問いかけてくる。


 問いかけられた彼女は充血した目を細め、満面の笑みを浮かべながら


「――うん」


 解答を聞くと、夜美も満足そうに笑んで「ならよかったよ」と答えた。


「帰り道なら、あっちだから。さっさと帰るがいいさ」


 夜美が言ってる最中、車両から木夏が降りてきて手を振ってくる。車掌室からは結斗と見知らぬ少年が降りてきていた。少年が鴉の様な目を細めて手を振っているのを見た結斗は彼の頭を軽く小突く。


 こくっと頷くと、彼女は道を歩き始めた。途中で思い出したかのように振り返ると、口元に手を当てる。すぅっと息を吸い込むと


「――ありがとうね、夜美ちゃんに木夏さんに結斗さん!!」


 感謝の気持ちを詰め込んで叫び、満面の笑みで手を振る。


 背を向けて歩きだした。風が起きて桜の花びらが彼女を包み込む。


 風が消えると同時に、彼女の姿が道から消え去った。




 ふっと目が覚め、彼女は周りを見回した。机に突っ伏して寝ていたらしく、全身が痛い。見慣れた自分の部屋。時間を見ると午後一二時ジャスト。


 ぼぅっとした頭を軽く振り、机に手をついて痛む体を起こす。クローゼットに手を伸ばして着替え、薄い長袖の上着を羽織ると玄関へと向かった。サンダルをはき、ドアを開ける。


 泉と逢った時と同じ眩しい陽光に目を細めた。外に出て、鍵を閉める。確認の為に一度ドアノブを回してから歩き始めた。


 暫く歩くと、ある家の前で足をとめた。インターフォンに指を伸ばし、押す。表札には『玖珂』と書かれていた。


『はい……』という声に対して「紗由です」と返す。歯切れのない女性の声。女性はあわてた感じで『えっ、ちょっ、ちょっと待っててね』と言って通話を切った。


 少ししてドアが開く。記憶より皺が増えた気がする女性は「あら、まあ紗由ちゃん」おっとりとした声で出迎えた。


「……お久しぶりです」


「本当にねぇ。で、今日は如何したのかしら?」


「えっと……差し支えなければ何ですけど」すぅっと深く息を吸い込んで「……泉の部屋を見せてもらえませんか?」


 彼の母親はきょとんとしてから頬を少し緩め「ええ、いいわよ」彼女を招き入れた。




 二階へ続く階段をのぼり、ドアが開かれた部屋に足を踏み入れる。背後でバタン、とドアがしまる音が聞こえた。遠ざかる足音。それを聞きながら、彼女はきょろきょろとあたりを見回した。


 質素な部屋だった。家具は片手で数えられる程。無造作に開かれたままの雑誌、主が居なくなっても動きを止めない目覚まし時計、小説や漫画が並べられた本棚。


 そんな中で、白い机に目をやった。


 別れる前、「ばいばい」と言う前に言われた言葉を思い出す。


『白い机、一番上のひき出し、袋』


 歩みより、ひき出しに手を伸ばした。開き、中に入っている薄桃色の紙袋に手を伸ばす。ゆっくりと持ち上げると軽く、小さい事が分かった。


『見つけたら、中見てみて』


 袋を閉じているテープを丁寧にはがし、覗き込む。白い中に転がっていた、小さな箱と袋と同じ薄桃色の封筒。


 封筒を拾い上げる。女子が良く使いそうな淡い桃色の封筒。開き、中の便せんを取り出した。文面に目を通し始める。


『君に宛てて書く手紙は、初めての様な気がするよ』


 始まりの文には相手への暖かさが含まれていた。


『君に何かを伝えたい時は、口頭で伝えられるぐらい近くに居たから』


『電話を使わなくてもいいくらい家も近かったし、親友とかクラスメート以上に一緒に居たから』


『お互いの家に行くのも抵抗がない位だったね。第二の家みたいにお邪魔して、お互いの親も快く迎え入れてくれて』


 思い出を語る文を読みながら、笑みを浮かべた。そうだったね、という同意が口から零れる。


『付き合い始めてからもそれは変わらなくて、君の両親に「おめでとう」って言われたのは凄い嬉しかったなぁ』


『家じゃなくても、一緒に色んなところへ行ったね』


『春に出掛ける時は、人ごみは嫌だねって言いあって、目立たない所に咲いてる桜を探しに行ったね。あれ以来、花見と言えばあそこになっちゃう程に僕らはあそこが気にいってた』


『夏は、駄菓子屋でアイスを買って食べながら図書館へ行った。お互いに本が好きだったから、面白かった本を持ってこれるだけ持ってきて机で向き合いながら紹介してた』


『秋には文化祭準備で遅くなったついでに、わざわざ遠回りして紅葉に染まる道を歩いて帰ったね』


『冬は、クリスマスに家の中間地点の公園で逢って、プレゼント交換し合って。自販機で温かい飲み物を買って、寒いのに長居した』


『思い出すたびに大切だと認識する思い出を、君は僕にたくさんくれたね』


 昔を語る文。一つ一つを思い出して笑う。そうだったね、と小声で相槌を打つ。泉もたくさんくれたよ、と返事する。


『付き合い始めてからもそういう関係は続いて、春夏秋冬、嫌いな季節はなかった。鬱陶しい筈だった梅雨でさえも、君が隣で傘をさして笑っているだけで好きになれた』


『大学に上がって、関わる仲間とかが変わって行っても、君は全く変わらなかった』


『あの頃と変わらず笑ってる君を見ると、心が温かくなった。その度に、君をもっと大切にしたいと想ったんだ』


『誰よりも君に近い位置で、誰よりも君と居る時間が長い位置で』


 二枚目の便せんを見るために紙を捲る。一番上に書かれている一文に目を奪われた。


『こんな僕でよければだけど……君の未来に、僕が参加してもいいですか?』


 そこまで読んで、思い出したかのように袋の中に入ったままだった小さな箱を取り出す。震える手で持ち上げ、恐る恐るあける。中には。


 銀色のリングに小さなピンクの石が埋め込まれた指輪が入っていた。


 目を見開く。うそ、と口の中で呟いた。それと同時に、彼が言っていた言葉を思い出す。


『中にね、どうしても伝えたい事が詰まってるんだ。何で手紙なんだろ、って思うかもだけど――』


 彼は苦笑しながら


『――許してね。紗由ちゃんを目の前にすると、恥ずかしくて言いたい事が言えなくなっちゃうかもっていう事で保険で書いた事だから。ホントは口頭で伝えるつもりだったよ?』


 彼があの場で内容を伝えなかったのは、きっと言ったら私を縛る事になると分かっていたから。


 ――私があそこから帰りたくないと駄々をこねるのを分かっていたから。


 あえてこちらの世界に戻してから、伝えた。一番伝えたくって、でも伝えられなくって、伝えられる時があっても、直接言う事を許されなかった事を。


 つー、と頬に涙が流れる。一体何度めだろう、彼の為に泣くのは。


 あそこに泉への涙は置いてきたはずなのに、まだ残ってたのか。


 想いが溢れ、止まらない。嗚咽が漏れ、フローリングに崩れ落ちる。声を殺して、涙を流し続けた。


 しゃくりあげながら、いいよ、と呟いた。


 いいに決まってるじゃない、震える声で囁くように返答した。


 瀬原紗由は、大切な人をなくした状態で生きていく。


 隣に玖珂泉は居ないけど、彼女の記憶、心の中で変わらず笑っているから、生きているから。


 アイツは笑ってるから、私も笑おう、と彼女は想う。


 パン、と両手で頬を叩いて、とあるメイドがしたのと同じように頬を伸ばした。暫くしてから手を離し、じんじんと痛む頬を手で包み込みながら、よしっ、と小さく呟いた。


 ――笑って生きていこう。笑って、笑って、彼の分も生きていこう。


 ――私だっていつか死ぬ。交通事故か病気か事件に巻き込まれるかは分からないけど、死んじゃう。


 ――ならそれまで精いっぱい笑って、たくさんいい思い出を作って。


 ――あの世界へ行った時、泉に逢った時。


 ゆっくりと立ち上がる。指輪を箱から取り出し、左手の薬指にゆっくりとはめる。窓から差し込む陽光に照らし、ふっと笑んだ。


 ――「どうだった?」って聞かれたら、「楽しかった」って言える様に。


 紙袋に箱と手紙を入れ、ドアへ向かって歩き出す。


 ――「久しぶり」って笑いかける事が出来る様に。


 ドアへ手を伸ばし、ゆっくりとドアノブを回す。一歩踏み出すと同時に、彼女の顔に徐々に笑みが浮かんでいった。


Ring、ようやく完結した…!!


…というか、更新はやめにしますー、とか言っておいてすいませんすっごい後になりましたごめんなさい!!


引っ越しとかで執筆できないわ昨日までパソコンつかないわで… …言い訳してすいません…!!


次回は、紗由が駅から去った直後…くらいの時系列から始まると思います!!


メインは…友達に『…え、そんなキャラ居たっけ?』と真顔で言われる結斗です!! メインキャラだよ、忘れないで…!!?


次回は早めにしたい…なぁ… (遠い目


では、Ring、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!


よかったら今後もよろしくお願いします!!


ではまたー♪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ