番外 第16章-精霊王解放後 4
グロってます。
その後。
「アルフィード。」
「はい。ビオルブ様。」
ようやくアルフィードと人らしき会話が成り立つようになったのは、エルがユリカゴから解放されて1年後のこと。
ビオルブはようやく泣かなくなったアルフィードにまず挨拶を教え、そのあとはキリークの昔からの物語を聞かせてやった。
最初は聞いているかどうかも判らなかったが、3ヶ月すると突然会話らしきものをするようになった。
会話が成り立つようになってから徹底的に精霊王エルに対する絶対忠誠を叩き込んだのだ。
そして今は昔話から始まり生物の進化と発祥からこの星の誕生・そのまま宇宙の膨張の話をしている。
「もうそろそろ夕暮れだ・・・やめるとしよう。」
「はい。ビオルブ様。」
「今日話した事は人から見た知識だ。エル様はそれを越えているという事だけは常に忘れないように。」
「はい。ビオルブ様。」
「それでは帰るとするか・・・」
ビオルブの姿は白髪を後ろに流した老人のもので、その片手には杖を持っていた。
人も居なく歳をとる者が居ない場所ゆえに、ビオルブは人は生まれてから死ぬまで歳をとるのだとアルフィードに見せていた。
ゆっくり立ち上がるさまも老人のそれで、アルフィードはつい手を出して支えようとした。
「こらっ!」
ビクリと驚くように手を引くアルフィード。
「他人には気安く触れるな・・・だが、その心は受け取る。」
そう言い残してビオルブは消えた。
*****
アルフィードは空を見つめた。
そこには精霊王を・・・この星を作り出した天母がおられる・・・と漠然と思う。
本当は自分に父母がいたとわずかな記憶がありつつも、それを慕うことはいけない事、とも思う。
だから・・・空を見つめた。
*****
精霊王は身体は重いものの各地から立つ精霊達の声を聞きに雲を従えて、あちらへふらり、こちらへふらりと行幸した。
その場その場で瑞兆は現れ、しばしは平穏が訪れても、結局地上全体が不調和のため長くは続かない。
潤うべき場所が乾き、磐石な大地が崩れて流れ落ちる。
結局2億年前と同じ事ではないか。
一夜にして全て変わるのか、それとも数十年で変わるのか・・・それだけだ。
我力も精霊達の力の衰退で弱まってしまった。
・・・それでもまだ精霊達は在る。ゆえに我在り。
我が在るという事はこの身体のままでも為るということなのだろうか。
*****
冬の寒い朝、エルは霊山ガワナウの麓を歩いていた。
けもの道にかかる身の丈ほどの笹を掻き分けながら進んで行くと少し開けた場所に出たので、そこでしばし周りを眺めた。
ざわざわと風で笹の葉のすれる音、時々パキッ、バキッ、と凍った木が割れる音がする。ドサッという鈍い音は木に積もった雪が落ちた音。遠くで雉がケーンと一声高く鳴いた。
「!!」
突然、エルは後ろからその場に押し倒された。
何の気配もしなかった。
押し倒されたと同時にエルの右首下はそれに噛み付かれ、瞬時に砕かれていた。
ぐぅぅ・・・うううぅぅぅ
獣の唸り声が耳元に聞える。
虎。それも全長3mもの大虎だ。
首は太くたてがみには白いものが混じり尾は先端が切れていた。
長い月日をこの山で暮らしてきた老獪にして王者の風格。
エルは何も抵抗せずそのむさぼりに身を任せて首を噛まれたまま振りまわされていた。
激痛がそのたびに身体をさいなむがそれはそれだ。
食うなら食えばよい。
それで飢えがしばし癒えるだろう。
気配を殺し襲った者の正当な配当。
だが、精霊王とは異なる意識がそれに抵抗した。
反応しない得物が死んだと思い、別の場所を食もうと虎がその歯牙から肉を離したとたん、地に横たわった得物が勢いよく飛び起きた。
それだけではない。
その両手を鋭く尖らせ、虎の顔面につきたてた。
グアオオオオオオオ!!!!!!
静かな山麓に異常な断末魔がこだました。
一撃である。
たった一度、たかだか12歳ほどの人の子の手が、その虎の目を潰し、そのままズズズと頭蓋骨を割りながら奥へと侵入し、その柔らかい脳みそを潰していったのだ。
瞬殺だった。
アルフィードは・・・高揚した。
それは死地を脱し尚且つ敵を討ち取った、命あるものとしては正当な喜びだった・・・のだが。
アルフィードの意識はそのままに、足が無意識のまま動く。
『ああ!』
高揚感は淡雪のように消え後悔とこの後に来るだろう破滅への予感。
わずかに上げた右足が大地にとんと下ろされると、ゴゴ・・・ゴゴゴ・・・と、かすかに地の底から音が聞こえた。
『うああ・・・』
大地の奥底で精霊王の命を受け何かが動き出した。
気味の悪い地鳴りはなかなか収まらず、アルフィードは
「ごめんなさい!ごめんなさい!エル様!お願いです!!やめて下さい!!」
と声の限りに叫んでも、エルは沈黙する。
かすかだった地鳴りが、確実に足元から伝わってきた。
山の中から獣や鳥の騒がしい声が聞える。
枝から雪が落ちてくる音も激しくなり、地鳴りが身体をゆする頃には、山のあちこちから雪崩がおき、雪煙があちこちに立ち上った。
「ビオルブさまーーーー!!」
アルフィードが最後に呼んだ者の名は、我が身にただ一人寄り添う人の守護神・ビオルブの名前だった。
エルは立ち上がった。
大轟音が山々にこだまする。
目の前の木々が大きく倒れこんで目の前に迫ってきた。
が、それを難なくかわし、トンとその幹に足をかけてそのまま上に飛び上がると、その足元に白い濁流が流れ込む。
上から見れば、山の天辺から雪崩が起き、それが途中から地表もえぐって木々が山肌もろとも下に流れ落ちて来ていた。
木を飲み込んだ雪崩はそのまま下へ下へと流れて行くが、その木の上を巧みに跳ぶエル。
やがて、雪崩が作った雪煙が風を舞い躍らせ、それが強く上昇すると、エルはそれに乗って空へと登った。
だが、身体は重い。
ゆっくりと地に落ちかけたとき、大きな鳥が一羽エルの下へと近づいた。
それに身体をつかまれた時、アルフィードはようやく霊山ガワナウの向こう側に黒色の煙が立ち昇っていることに気がついた。
たった今湧き上がったばかりの勢いのある噴煙がもくもくと空に広がる。
「助けて!」
うああ・・・山が噴火している!
熱気が・・・むこうに見えるのは溶岩!?
熱気が強くなる。
ガスの幕が身にまとわりつく。
これから起こることを考えたくない!
死ぬのがこわい・・・
それより死なないのがこわい!!
ずっと自分の身体が焼けながらそれでもそこが治ってしまったらどうなるの!?
いくらビオルブ様でもあの溶岩の中までは助けに来れない・・・
どうしたらいい?
痛いのはいや、苦しいのはいや、熱いのはいやだぁぁ・・・ああああああああああああああああああああああああああああああああ!
絶望の涙にくれながらアルフィードは精霊王に連れられて火口に落ちていった。