番外 第16章-精霊王解放後 3
そこそこにグロです。
その日、いつもの時間に少年姿のビオルブがエルのもとに参じた。が、霊石の上にエルがいない。
「コザ・ガーラン様!エル様はどちらへ行かれたのですか?」
ビオルブが質すと、西の滝に居るという。
すぐにビオルブはその頭上に手を拡げグライダーを取り出すとワイスィール山の山頂から飛び立ち2時間ほどかけてようやく西の滝にたどり着いた。
どこにエル様が居る?
ビオルブの身体はすぐに強靭な男性のものに変わった。
簡易酸素ボンベを口にくわえるとビオルブは滝つぼに飛び込んでみた。
上から降り注ぐ陽の光が淡く滝の底を照らす。
碧く暗い滝つぼの底に少年が沈んでいた。
意識は無いようで水死体のような顔色である。
その身体から離脱する為―――アルフィードを殺す為にエルが滝壺に飛び込んだのだ。
「何ということを・・・」
ビオルブはその身体に手を回しそのまま彼をつれて浮上しようとした。
が、
彼の手がビオルブの身体を突き放す。
驚き見ればその目は強い意思を宿し、エルの焦燥と怒りに燃えていた。
ビオルブはその突き飛ばした腕を掴むと後ろにねじ上げた。
そうすると、身体は反らざるをえない。
身体を反れば顎が上がる。
顎が上がれば身体に入る力も弱くなる・・・はずだったが、
ぐぎ・・・
いやな響きが掴んだ腕から伝わってきた。
エルが腕をはずして身をひるがえしてきたのだ。
そのままの状態では腕がぬけてしまうので、仕方なくビオルブは手を離した。
つい相手が人と同じ反応をすると思ってみたのが間違いだった。
間接技が有効なのは、かけられた相手が痛みを感知しその肉体の破損を恐れるからだ。
・・・ならば!
ビオルブは、滝から少し離れた場所に潜ると両手を広げ、大きく手を回した。そこに網を張ったのだ。
そして水中スクーターを掴んで滝つぼの奥に戻ったエルに近づいていくと・・・
滝壺の奥、高さ100m上から落ちる滝の水が直撃し激しく泡立ち流れが乱高下する所にエルはいた。
髪は乱れ目が異様に光を弾いている。手足は滝つぼの岩にへばりつき、まるでデビル・フィッシュの有様。
先程痛めた腕――脱臼して力が入らないはずである。そちらから攻めるしかない。
ビオルブはエルの上に回りこむとおもいきり左肩を蹴飛ばした。
案の定、すぐにそこからエルは引き剥がされ滝の威力で一度滝つぼの底に沈んで行く。
ビオルブがそれを追いかけ髪を掴むとスクーターをフルスロットルに回し滝つぼから遠ざかろうとした。
だが、いつまで経っても濁流から離れられない。
ビオルブは滝の水の流れが狂っていることにようやく気が付いた。
上から落ちてくる水量が異常に多い・・・いや、何やら小石が混じっている。
何故・・・
ビオルブは落ちてくる石が急に多くなったところでハッとした。
頭上から岩が!
グアン!ガガガガガァァァァ・・・・・・・
滝壺を埋めるほどの大岩が100m上から落ちてきたのだ。
ビオルブは瞬間的にエルの身体をかばい覆いかぶさりながら、自身のまわりに緩衝素材をめぐらした。
ザザザザザザザザザザ
直撃は免れたもののその衝撃と砕けた石が混ざる水の濁流に2人は身体を叩かれながら川底を舐めるように流されていった。
「・・・・・・っ・・・・ぅ・・・」
身体中が痛みで悲鳴を上げている。
息も定まらず目を開けることもむずかしい。
左側・・・肩から腰までの筋肉が川底の砂利に擦り付けられ、骨が見えるほどにえぐられた。
「!」
ビオルブは抱きしめていたはずの少年がいない事に気が付いた。
確かに助けたはずなのに・・・
今、再びエル様がアルフィードを殺すという暴挙に出られれば、すぐに対処できる気がしない・・・それでもあの身体は生きているんだろうが。
滝の中でほぼ1日呼吸する事無く居続ける・・・あの身体に精霊の加護が及んでいるのは明らか。
今回大岩の下に下敷きになったところで、骨が砕かれ皮膚が裂けても岩の下で生きてはいたんだろう。だが、そんな生は人として許されるものではない!
「っ・・・!」
ビオルブの身体を誰かが触った。
目を薄く開ければ、身体は川につかっているものの胸から上は水面に出ているのがわかった。
水の勢いでそうなった訳ではなさそうだ・・・
誰かが・・・アルフィードが身体を持ち上げてくれのか。
ビオルブの目の端にアルフィードがいた。
エルではない。
泣き叫んでもいない。
心配そうにただこちらの様子を伺うアルフィードにビオルブは微笑んだ。
「ありがとう。」
アルフィードは少し目を細めた。
ビオルブは素早く我が身を診ると何箇所か骨折しているのがわかった。
2億年前に人類が作り出した救助用ロボットを出してみる。
これもまた、どこぞの酔狂者が古い文献から想像たくましくして設計図を起こし、実用可能な状態まで精密に作りあげながら自宅の物置に飾っているもの。
もちろん、それそのものを持ってきたわけではない。ビオルブが再製したのだ。
血だらけで川に横たわるビオルブの様子を見ていたアルフィードは、突然後ろに何者かが立った気配に跳びすさった。
人の形にも見えるが鉄の棒を組み合わせただけのようにも見えるそれは、川底の小石ごとビオルブを持ち上げ、いつの間にか川原に敷かれたシートの上に横たえた。
別の手が胴から伸びてそこから水が緩く放出される。
身体についた川の泥や砂・木の葉や藻などがすぐさま取り除かれ、違う手がメスやピンセットや水で皮膚下から突き刺さった異物を取り出し、タオルで水分を軽く拭くとそこここに茶色の液体を塗って行く。
その後に、木枠のようなものを取り出し足や腕に巻きつけていった。
「アルフィード。こっちにおいで。」
処理は10分くらいで終わった。
立ち上がり、川の中に立ちっぱなしでこちらを凝視しているアルフィードを手招くと、ゆっくりと近づいてくる。
外見は今生まれたばかりのような玉の肌。傷はないが髪は乱れどろまみれだ。
「酷く汚れたな。ここに立って・・・今洗ってあげるから。」
ビオルブは救助用ロボットから洗浄用ホースを掴み、泥と砂と自然のごみでグチャグチャになったその頭にシャワーをかけてやった。
「!」
途端に、目つきが変わる。
エル様!!
その手が振り上げられると同時に、ガタガチャン!という金属音が響きロボットが倒れた。
そしてその手が振り下げられれば、そのまま地面が切り裂かれ、その割れ目にロボットが落ちてゆく。
ビオルブの手から離れたホースはまるで蛇のように暴れながらロボットを追って消えていった。
ビオルブはそれを目で追う事なく、すぐさまエルの前にひざまずく。
出すぎたまねをした。
エル様は私をどうするだろうか。
どのくらいそうしていたのか。
空からバサリという羽音が聞こえ、エル様が動いた気配がした。
コザ・ガーラン様が迎えに来たのだろう。
ひざまずいたまま音だけ追えば、エル様はその迎えに乗って去っていったようだ。
ビオルブが頭を上げるともう誰もいなかった。
滝の中に巨大な岩の先端が見え隠れしている。
その岩に当たって滝のしぶきが細かく広がり、陽の光をあびてあちこちに虹を作るさまは、まるで、何十年・何百年も前からこうであったような情景だ。
そんな自然の調和の中、地面の割れ目に落ちているロボットは・・・まるで不法投棄された残骸のように周りの景観とは異質なものだった。
ビオルブは壊れたロボットに触れ、それを取り出した時のように静かに消し去った。