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精霊王転変  作者: 笹野
39/45

番外 第16章-精霊王解放後 1

第16章以降のエルの話。


文章堅いし、流血シーンや残酷表現満載。あまり万人受けしない話です。

/22話の会話

「この肉体から解放されるべく考えうる事をやってみたが、結局無駄に終わった・・・」

の話です。


どこまでも青く澄みわたり雲ひとつ無い晴天のこの日

キリーク王国の平和と繁栄を支えていたユリカゴが爆発した。

それは精霊王エルにとって百年余の束縛からの解放。

だが。

それは新たな現実を精霊王に突きつけるものだった。


ソフィアの忘れ形見、キリーク王国第一王子アルフィードの肉体からどうしても出る事ができないのだ。


*****


天空に立ちながら騒然とする周りの状況をエルは把握しきれなかった。

それでも狂ったように暴れまわる強大な精霊に手を伸ばしなだめようとするが、逆にエルに襲いかからんと迫るありさまで、如何ともしがたい。

未知の大精霊は大地を割り都市を雨で叩き暴風でなぶり放電で覆った。

熱寒濡乾震電の同時混在。

自分が押さえ込むことの出来ない大精霊の狂乱にエルは・・・ただ眺めるしかなかったのだ。


そして。

呆然と立つエルの右手にすがり、非難の眼差しのナーノが地上の人々を救えと訴えている・・・今の我にそんな力があると言うのか。

ふと、風が変わり霞がエルを包む。

風の精霊達が雲を連れてエルのもとにやってきたのだ。

霞は雲となりエルを包んだまま東へと連れ去った。


身は重く、感覚は鈍い。

捕まる前には確かにあったこの星との一体感は消え失せていた。

『エル様。』

精霊達がエルを呼ぶ。

まるで励ますかのように・・・

それに答える声は か細い。

「どこへ向かっている?」

『東へと。ワイスィールでコザ・ガーラン様がお待ちです。』

「そうか。」


ワイスィールは俗名とんがり山と呼ばれ人々に霊山として崇められている。

コザ・ガーランは全ての生命体の上に立つ神霊。

この星の天地から生まれ出でた生命体。

その生命体の長であるゆえに、コザ・ガーランは常に精霊王エルのしもべである。


とんがり山の頂には深い霞がかかり、風も無く、鳥の声さえない。

静まり返った霊山の上で雲はゆるやかに渦を巻き、エルの身体を岩地の一角に下ろした。

すぐにコザ・ガーランが駆け寄りエルの身体にローブをかけてその肩を抱くように支えた。

「エル様。お体が重いでしょう。こちらへ。」

「ああ・・・」

コザ・ガーランに付き添われ、エルは1枚の巨石の上に横たえられた。

それは薄緑色の石灰石で、まるで生きているかのように温かい。

所謂、霊石である。

生身の身体にその温かさが心地よく、その現実に心が沈んだ。


『あの人工の牢獄から出ても、この身体からはまだ出られない・・・しかも感覚が引きずられている・・・』


コザ・ガーランもそれを察してはいるが表情は変えずエルを前に跪いた。

「まずは機械牢獄からの脱出が叶い良うございました。エル様。」

「おまえのおかげだ。よくあの人間を牢獄まで送り届けてくれた。」

「天母の采配でございます。」


その言葉にエルは我知らず右のほほに手を触れた。

そこはこの肉体;アルフィードの母ソフィアがいまわの際に触れた場所だった。

何故そんなところをふれているのかエルは不思議に思いつつ、自分を生んだ宇宙の最果てに或られる天母に思いを馳せた。

そんなエルの様子をコザ・ガーランは穏やかな目で見つめていたが、懐から白い布を出してそっとエルの頬に当てた。

エルはそれでようやく自分が泣いていることに気が付いたのだった。


*****


「この身体から解放されたい。どうすればいいのだ?」


いつまでも、この奇妙な感覚の中にいては自分が精霊の長として在ることはかなわない。

特にこの人間という生命体の思考という能力はやっかいだ。

「人の神を呼びましょう。全知全能の王です。」

「ビオルブか?」

「御意。」


人の( さが)は“考:知を欲し行を為す“である。

簡単に言えば、人はその肉体に思考する機能を持っている。

そのため知りたいという心が芽生え、それが己を突き動かすという性質がある。

その( さが)は不条理によってより力を強める。

それゆえに人の神はコザ・ガーランの配下にありながら反逆を孕んだ存在だった。

俗名をビオルブ。人には守護天使とも呼ばれている。


「お久しゅう御座います。精霊王エル様。」

ビオルブはコザ・ガーランからの召還を予期していたのか、エルの肉体と同じ10歳ほどの少年として現れた。

白の礼装をまとい赤いビロードのマントを翻してエルが横たわる霊石の前に膝を折り頭を下げる。

金髪は後ろで結ばれ、黒い肌に文字化粧を施し、目は茶色と青のオッドアイ。

少年にしては優しげなふっくらとした紅い唇に皓歯を覗かせて挨拶の口上を述べた。


「お呼びいただきこれほど名誉な事はございません。エル様のご尊顔を拝し恐悦至極にございます。」

「・・・ビオルブ。質問がある。」

「どのような事でしょうか。人知の及ぶ事ならばどのような事もお答えいたします。」

「ならば・・・この人間の器から解放されたいのだがそれは可能か?」

「残念ながら、今まで事例が無かった為、答えられません。ただ予見は出来ます。」

「どのようにすればよい?」

ビオルブは頭を上げエルを見た・・・いや、その肉体であるアルフィード・キリーク王国第一王子の顔を見た。

「肉体を滅すれば適いましょう。」

アルフィードの唇がわななく。

それを見てビオルブは言葉を続けた。

「ですが、今は止めたほうがよろしいかと提言します。」

「何故だ!?」

「今、エル様がこの世に存在出来るのはその身が在るからでございます。

もし霊体だけならば、たちまち2億年前のようにその存在自体が拡散し、星内全ての精霊が失導、バランスを狂わせましょう。」

「・・・そう成るのであればそうで在ろうぞ。」


精霊の信条そのまま“為るがまま在れ”

だがビオルブはそれ以上を望んだ。


「確かに物質世界から見れば、生体も死体も動くかどうかの違いだけ。風に吹かれた土が川面に落ちるのと同じように見える事でしょう。在るがままこそ自然体。

ですが生命世界から見れば大量死滅・多種絶滅は大いなる損失です。」

「損失?生命の存在を絶やした事は一度も無い。」

「2億年前の惨事では地上の種族は97%死に絶えました。」

「だが生き残ったではないか。」

「退化しました。」


ビオルブの顔が苦しげにゆがむ。

エルはその様子を横目で見ながら嘆息した。


「環境の変化に適合し生きる。それは生命体に与えられた特権であろう?」

「ええ。それゆえに今再び進化し文明も栄えました。その間、2億年でございます。」


エルはビオルブの苦悩に満ちた顔を見ながら考えた。

何故ビオルブの悲しみが理解できるのだろうか?


人体を構成する水も炭素も酸素も窒素もカルシウムも鉄もヨウ素も何もかもが結局は物質。

この星にあるものより出でて短い時間ちょっと動きまわり大地へと還る生命体。

結局は何も変わりはしないのにそこに喜怒哀楽を感じる・・・これはこの肉体、アルフィードのさがに引きずられているからだ。

在るがままを許さぬとは・・・!

エルは聖石から降りて歩き出した。

その後ろに風が従う。


「お待ちを!」

何やらヒヤリとしたものを感じて思わずビオルブは立ち上がりエルの後を追った。

だが。

エルの歩みを止めようとビオルブがその御前に立ち回り手を広げようとしたその時、腕は鋭く切り裂かれた。

二の腕から中指まで獣に襲われたような衝撃と痛みが走りビオルブは悲鳴を上げその場にしゃがみこんだ。

そして。

その目の前でエルの身体が風圧で宙に舞う。

崖の向こうにその身を飛ばされたエルは一気に崖下に落ちていった。


「何という事を・・・!」

一瞬にして崖の向こうに落ちていったエル。

ビオルブは、自分の腕に止血と鎮痛を施しながら山頂からその眼下を見下ろした。

エルらしき人影が霧の向こうにかすかに見え、あたりに血が飛び散っているのがわかった。

なんという痛ましき姿・・・ビオルブの胸が痛んだのは、落ちる瞬間、助けを求めて手足をばたつかせたアルフィードの姿を見たからなのか。

だが、事態はそれを悲しむ暇を与えない。


「コザ・ガーラン様!再びあの悲劇が繰り返されるのでしょうか。」

ビオルブはコザ・ガーランの方を振り向き己の浅はかな提言を後悔した・・・これで精霊王は四散し星は狂うのか?

が、

「そうはなるまい。」

と、コザ・ガーランの返事はそっけない。

心配には及ばないと?だがエル様は・・・その肉体であるアルフィードは死んでしまった。


「精霊達の力だ。」

コザ・ガーランがつぶやくのを聞き、眼下を再び覗けばそこには少年が立っているではないか。


ビオルブは、少年から青年に変わりその懐からザイルを取り出すと堅い岩盤に打ち付けて下に垂らした。

そして器用にするすると50mほど下がっていく。

下に降りたビオルブを待っていたのは頭をはじめ右上半身が血に染まった少年。

「エル様!」

ビオルブは近寄りその傷を診てみたが、皮膚はもちろん身体に異常ひとつ無かった。

落ちた場所の岩は陥没し血に濡れているというのに・・・

その時、ビオルブの肩に手がかかった。

「コザ・ガーラン様?」

「手出し無用じゃ。ビオルブ。」

ビオルブを見るコザ・ガーランの目は深い憂いと疑惑に揺らいでいる。

「お前はあの子の味方なのか、それともエル様にお仕えする者か?」

「・・・」

この星の精霊を統べる精霊王エルに仕えるのは、逃れられぬ運命。

だがこの子を救うのは、自分に課せられた使命。

それをそのまま伝えると、コザ・ガーランは憮然とした。


2億年前の事も今回の事も、結局は人の飽くなき欲が天地を巻き込み精霊王と直接対決するまでに至った原因なのだ。

特に、今回のように精霊王を捕縛・蹂躙するなどあってはならない事である。

だが・・・それが人の在り様である。

「わたくしはエル様に忠誠を捧げます。・・・あの子を死なせずエル様を解脱させたいと思います。」

コザ・ガーランは驚いた顔で「出来るのか?」と、問いただす。

正直判らない。

だが、可能性はある。

「やります。」

その答えにコザ・ガーランはますます苦い顔をした。


*****


コザ・ガーランは巨大な鷹を呼び、エルを再び霊石の上に横たえた。

霊石に横たえられたエルは意識はあるものの心ここにあらずという態で、ただ空を眺めている。

ビオルブは遅れてその場に戻ると、エルの御前に進み跪き嘆願した。

「エル様、どうかその肉体の主、アルフィードと話をさせて下さい。」

「何の為にだ。」

「エル様をその身体より解脱させる為でございます。まずは感情や感覚の暴走を抑えたいと思います。」

「・・・よかろう。だが少しの時間だけだ・・・。」

「御意。」

エルは聖石に身をゆだねそのまま眠りにつくように目を閉じた。

ビオルブはアルフィードに話しかけようと立ち上がる。

その途端、絶叫が静寂を引き裂いた。


鳥も鳴かず風ひとつ吹かぬ霞の中の霊山に子供の泣き声が響く。

それは辺りの山々にこだまして、大地の全てが泣き叫んでいるかのようだ。

それはアルフィードの産声だった。

出産から今まで、エルの支配により一言も言葉を発することも出来ずにいたアルフィードの第一声だったのだ。

ビオルブはその事に尚一層心が痛み、手を差し伸べて静かにその身体を抱きしめた。

「アルフィード。必ず救ってやる。」


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