表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊王転変  作者: 笹野
38/45

番外 リック・ニイバーという奴は

第28章の手紙話以降 真面目なリック・ニイバー君のちょっとした話。

話の都合上、災害の情景があちこちにつづられております。

そういう話がしんどい方には申し訳ないです。

「どんなにアフォでもヘタレでも、許せないって思ったらスイッチ入っちゃうから落ち込むなっつーの!」

昔、そう言われて50代の女性に肩をバシッと叩かれました。今でも覚えています。

場所は首都ルーパスの国立大(こくりつだい)通りからずいぶん離れた小さな飯屋『ギャラザー』

あれはキリーク暦105年5月20日20:00頃・・・今からちょうど10年前ですね。


*****


今、自分は大学時代の知人に手紙を出し終えたところです。

ハリー・クロノティー。

コミュ☆エルの社長と言った方が世間には通りが良いでしょう。

彼は、まったく性格が合わないにも関わらず、人生の節目の時には近くに居るという不思議な存在です。

もっとも、こちらの方から彼に近づいた事はありません。

そんな人物に手紙を送るとは・・・自分はスイッチが入ってしまったようです。


・・・いえ。

怒ってはいません。

憤っているだけです。


K暦110年7月15日15:38 王営エネルギー統合発信センター:通称ユリカゴが原因不明の爆発により大破。

当時ユリカゴ内で勤務中の48人は全員即死。

ユリカゴを支えていた4本の鉄脚の地上部分にはそれに連動していた各種伝導制御システムが完備されていましたが全て誘爆、その為直径50mの4鉄脚はぐにゃりと歪んで地上に倒れ、街中(まちなか)のビルを襲いました。

塔の真下にあった宮殿はユリカゴの破片が降り注ぎましたが、塔の鉄脚が落ちてくることは無かったそうで・・・

直下ではそうなるのも当たり前でしょうが、「宮殿には精霊のご加護があったのだ。」などと言う方もおりました。

街の騒乱がまだ余韻を残していた頃・・・確か2週間後だったと思います。

まだ現実感が無いまま街を歩き宮殿の近くまで行ってみました。

手前にある迎賓宮は縦に4箇所、横に2箇所の亀裂が入っていましたが建物の形は崩れていませんでしたね。

なぜか警察官が大勢出入りしていたのが印象深かったです。


後で知ったのですがこの時にはすでに近衛兵は全滅していたそうです。

何があったかというのも聞きましたが、荒唐無稽すぎて語りたくもありません。


ただ、「宮殿には精霊のご加護があった」という比喩は当たっていました。

宮殿の地下にはエネルギーの予備システムが稼動可能な状態で保管されていたのです。

それについては、これを設置した3代目国王に深く感謝すると共に今日(こんにち)まで整備を続けたエンジニアに敬意を表したいと思います。

特にユリカゴ爆発から1週間ほどで宮殿に入り、この予備システムの整備・改造に着手したファーゴ・ナント・ウェルナル博士には尊敬の念を抱かずにはおられません。

自分はそのような事が宮殿の奥で進められていることも知らず、両親の待つゼルゴックへと帰る支度をしていました。


ユリカゴ爆発後の異常現象で住んでいたマンションは倒壊・浸水、その日から難民状態に陥りました。

自分の勤め先であるユリカゴが吹き飛び、地上の火力伝導制御センターも誘爆してしまい同僚・上司が行方不明となり・・・もちろんエネルギー庁にも出向きましたが、局地的豪雨の浸水で80%のシステムダウン。

事務・管理に携わった事の無い研究者が、急に何かを手伝える状況ではなさそうでした。

それで一旦帰郷することにしたのです。


K暦110年8月5日5:50

ユリカゴ爆発後それまでホテル住まいをしていましたが、帰郷のため朝早くフロントに行ったところ、そこで意外な人物に合いました。

それは伝導制御センターでの同僚、エリック・オールウェルです。

向こうもかなり驚いた様子で、お互いの無事を喜び合った後、部屋に誘われました。

何やら「人のいる所では話せない」ような内容らしいのでお断りましたが、連絡先だけは彼に渡しておきました。

この時、彼の話を聞いていたら1年も田舎で晴耕雨読の生活などせず、すぐに宮殿の地下で働いていたでしょう。

そんな紆余曲折はありましたが再びエネルギーを生み出す仕事に就くことが出来ました。

ただ、ユリカゴがあった時には制御できていた火力や水力がどうしても暴走しやすく、雷という特殊エネルギーに至っては無秩序に宮殿内に放電してしまい苦労しました。


エルナイト。

世界に無二の鉱物。

そんな鉱物があるなど、ユリカゴに配属して初めて知りました。

もちろん○秘扱いのトップシークレットです。

10年前の事故以来聖源室は責任者以外立ち入り禁止になり、自分は見ることが出来ませんでしたが、先輩から聞いたところによるとこぶし大の黒い石だそうです。

この希有の鉱物は全エネルギーを円滑に制御できる性質を有していました。

それが爆発により吹き飛んだ。

街中を探せばどこかにあると思うのですが・・・

そういえば、よく国王がお見えになって聖源室に何時間もこもっていました。

国王がお入りになると、エネルギー効率が何故か良くなるのでそれはそれで良いのですが、あそこは何時間も居るべき所ではありません。

国王お帰りの際は、ひどく消耗したご様子でした。

時々聞こえる国王の言動は、精霊が本当に実在すると信じている向きが有り、当時の自分にはまったく理解しがたいもので・・・いえ、それでも我々の王でした。



精霊と言うならば、今回手紙を送ったハリーとその友人のバスコーの思い入れの方が尋常ではありません。

聖骸霊録という古書にとり憑かれ、大学内に聖骸霊録研究会なるものを立ち上げて、日夜山登りに励んでいました。

まあ、ハリーは地質学専攻だから理解の範疇ですが、バスコーは確か生物工学専攻だったはずで・・・

それにしても「トンガリ山には仙人がいる。」などと大学内で公言するのはいただけません。

コミュ☆エルという気象データ内蔵の実用的な玩具を世に送り出していなければ自分の中での彼等の評価は最低ランクです。


コミュ☆エルは非常に良い商品でした。

まさか2年で生産打ち切りになろうとは思いませんでしたが、工場内の事故に続いて夜襲にあったとか。

実は、その爆発の日に私は彼に会う予定だったのです。

宮殿に電気が復旧した事を知って何かを自分から聞き出そうと考えていたようですね。

何にせよ、この時声をかけて来なかったら、自分は本日、手紙など書かなかった。

そして、悶々としたやるせなさを胸に、明日も働きに出たに違いないでしょうね。


あの暴虐無人なアルシュ人に囲まれて・・・!


警備に携わる人間なのである程度の認識の差は大目に見ます。

ですが、まずあの男尊女卑のひどさは目に余る。

地下で働いている科学者はどの方も世界的学識と経験を持つ者ばかりです。

もちろん女性もしかり。

それなのに、全ての女性を排除しようと画策するなどもってのほか!

しかも、その理由がひどい。

食事、掃除、お使いも出来ない女を置いておく必要があるのか!ですと?

そもそも、科学や技術に対する尊敬の念が感じられない・・・いや、間違いなく下に見ています。

王貴武農工商というのがあちらの身分階級だそうですが、どうやら我々は“工”であり、彼らは"武”以上という事らしい。

ふざけるな!!

あ・・・いえ、憤っているだけです。

何故アルシュ国内の経済発展がうまく行かないのかよーーーく判りました。


そういう事で、自分はアルシュ語を勉強しました。

友好の為と笑いながら。

自分は平和主義者で凡庸かつ温厚だと思っていたのですが違う一面もあったようです。

そのような経緯があって、このたびアルシュ国王がこちらに来ることを知ったのですが・・・・・・・・・・・・

ふっっっふざけんな!!!

うぅぅ・・・

この未だ混乱を引きずる我国。

王家断絶した我祖国。

そこに軍事大国の誉れも高いアルシュの国王が乗り込んで来られると?


ぶちっと来ました。


自分にも愛国心があるのだと判りました。

そして思い知りました。

無くしたものの大きさと貴重さを。

この国を興した初代ヴァーウェン王の偉大さを。

稀有なるその歴史をここで途絶えさせるわけには行きません。

この百年余の年月に培われた技術を自分もわずかばかりながら受け継ぎました。

これを駆使してもう一度興国しなおさねば、先人たちに申し訳ない。

いや・・・それは綺麗に言いすぎです。

本音は、もう一度あの平和と高度文明に浸りたい!

それを実現しようにも、その前に冷血にこの国を乗っ取られてしまっては話になりません。

あの国には我国のような自由・平等・自他の尊重という、人としての基本が育つ素地が見受けられない。それがない限り、科学技術の発達はありえない。

いえ、もちろん何かしらのものは出来ると思いますが、とても人類貢献するような代物ではないでしょう。

悪用されると非常に困る・・・

いっそこの手で破壊した方が良いのではとさえ思いました。

でもそれは最後の手段です。


で、思いついたのが・・・・・・・・・

自分にはこのぐらいしか出来ません。


情けない・・・ハリーへの手紙の最後に冷血が来ることを伝えただけで、何か凄い事をやった気になっているのは・・・やはりヘタレですかね。

もう一度『ギャラザー』のおばさんに背中をぶん殴ってもらってカツを入れて欲しいです!!

・・・いや、もういない人にすがるのは女々しすぎる。


そうだ。

いつの間にか結婚させられたあの嫁なら、農家出身で筋肉隆々のリリーならきっと・・・いや、カツ以前に背骨が折れるので止めておきましょう。


茫然自失のまま実家に戻ったせいか気がついたら結婚させられ、実家では父母と自分と嫁の4人家族になっていました。

女性をえり好みするつもりもないしそもそも結婚という選択は人生の中に置いていなかった。

そんなつもりがあればユリカゴ勤務を志望などしません。

空中勤務の4ヶ月間は地上に降りる事は無い。

その後の6ヶ月間地上勤務もシフト制で夜勤が5日に一度は入っている。

2ヶ月間まるまる休みがもらえますが、それで家庭は成り立たないでしょう。

結婚より仕事を選んだのです。

しかし、もうあの夢のような完璧な勤務環境は永遠に無くなりました。


・・・僕は、あそこで機械と一体になってこの世の全てを見ていたような・・・そんな気がするんです。


まあ結局、首都に戻り宮殿の奥に引きこもる生活が続き、月に二・三度会うような生活スタイルになってしまいました。

いつの間にやら子供も出来ました・・・一番恐れていた事です。

家族は一緒に居るものだと思っていましたが、あの働く場所から離れるのは耐えがたかった。この身が2つあればと心底思いましたね。

幸い、あの嫁さんは見た目こそ闘牛のようですが気立ては良いし明るいし、尚且つ自立した精神の持ち主で、自分を「行ってらっしゃい」と、送り出してくれました。

今回、アルシュ王の件で何がしかの決着がついたならば、彼女の下に戻り農業を営むのも良いでしょう。

う・・・これは現実逃避の妄想ですね。

力仕事には不向きだという自覚はあります。

ここはひとつ、地元で理科の先生でもしましょうか。

そして、アウトドアを楽しんで精霊というものを探してみましょう。


そんなものがこの世に存在するなど口にする気はありませんが、宮殿の奥には精霊がいる・・・最近それを実感しています。

身の回りに起こる事象は、もちろん物理学・流動力学・等々、既存の学説で説明は出来ます。

それでも尚、その理論では十分ではない領分がある・・・くやしいですけれど。

そして、それは宮殿の奥だけではなく、見渡せばあちこちにいたわけで・・・

精霊などというブラックボックスを作ってそれに未知の部分を投げ込む気はありません。

必ず解明してみせます。


*****


「ほえ~・・・」

請求書在中と書かれた封筒を、直配と呼ばれる信頼性の高い配達人から渡された。

取引相手に見覚えは無かったが、開けてみるとリックからの手紙。

延々と近況まがいの事が書いてあり・・・何となく宮殿内の状況が透けて見える。

もう一枚、同封してある請求書の出来がなかなか馬鹿馬鹿しかったのでつい間抜けな声を出してしまった。


○○:バラエティーセット 5   1,000  5,000

○△:バラエティーセット 5   1,000  5,000

日干しフライング     3    500  1,500

冷凍パンケーキ      5    800  4,000

血糖値下げまくりチョコ  8    100   800

宮田さん特製パイ     8   1,000  8,000

殿堂入り!ポンポン酒   12   1,800  21,600

にしん酒         12   1,800  21,600

来夢来人         24   1,800  43,200

るべし          32    500  16,000


奴にいったい何があったんだ・・・

こんな事を考えつくような奴じゃなかったのに。実際ひどい出来だ。

多分、万が一検閲にあった時の事を考えたんだろうが、モロバレだろ?

それとも俺の頭に合わせてくれたわけ?

そりゃ化学式とかで暗号組まれても解読できないけどさ。

ここにバスコーがいれば、いの一番に見せてやるのに。(奴は今、新婚生活で忙しい)

いっそ額縁に入れて飾ってやりたい。

いや、まてまてまて・・・


問題はそこじゃない。この内容だ。

“○○日冷血宮殿に来る“

宮殿に来るような人物で冷血といえば一人しか思い当たらない。

アルシュ王国のフェルーン国王・・・軍事大国アルシュの頂点に立つ独裁者。

エズバラン卿からその無慈悲な言動は聞いている。

今回、王家の者は全滅したと思って乗り込んで来るのだろう。

これは乗っ取りだ。

宮殿の警備体制を手に入れ、絶対安全と確信した上でやって来るというわけか。

・・・そんな事、許されるものか!

うおおおお、なんじゃこの地の底から湧き上がるような怒りは!

我国にはまだ王子が生きているんだぞ!

生きて、このキリークの霊山にいる!

ヴァレリオ王とソフィア王妃の忘れ形見、アルフィード王子がいるんだ!!


ハリーは自動車をフル充電する為に外に飛び出した。


*****


その次の日のお昼前。

キリーク南東のゼルゴック村。

直配の配達人を乗せたロバが田舎道を歩いてゆく。

その道から細い道が伸び、その向こうにレンガ作りの立派な家が見えた。

配達人はロバと共にその家に向かい、玄関をノックした。

「すいませーん。ニイバーさんのお宅ですか?」

奥からトコトコという軽い足音がして、「はいそうです。」と、子供が顔を出す。


「お父さんかお母さんは居るかい?」

「僕が受け取ります。」

「大人じゃないとだめだ。」

そう言うと、子供は不機嫌な顔になって無言で奥に引っ込んだ。

すぐに60代のばあさんが出てきて名前を確認出来たので、配達人はホッとして仕事を終えた。

手紙はリック・ニイバーから。

差出人を確認したばあさんの前にはソファーに2人の子供が座ってじっと手元を見ている。

「お父さんからだよ。」

「ふーん。」反応が薄い・・・けれどしょうがない。

この子達が生まれた時もあの息子は「仕事ですので申し訳ありません」などとぬかして帰って来なかったのだ。車で6時間も走れば来れるだろうに!

「お母さんを呼んできて。」

父親からの手紙は母親が最初に見る。

そのようにこの家では決まっている。

しばらくするとリリーが畑から戻ってきた。

「すみません。お義母さん。」

日に焼けて身長が170cmもあるがたいの良い嫁が部屋に入ってくると、とたんに部屋が明るくなったような気がする。

人徳というものなんだろう。

リリーは封を開けると、しばらく手紙を目で読んだ。

そして・・・

「お父さんは、忙しくなってしばらく帰れなさそうだって。」と、何でもなさそうに明るく言った。

「ふーん。」子供達は無関心である。

「一緒に、宮殿で最初に咲いたスフの種を入れたから、そちらで咲かせてみてくれ、ですって。」

「それって良いの?」

「王様のものなんでしょ?」

「お父さん、盗んできたの?」

「お父さん、盗人(ぬすっと)?」

子供が無邪気にお父さん盗人(ぬすっと)とキャッキャ、キャッキャとはしゃぎだす。

「やめなさい!あなた達の父親よ!お父さんに向かってそんな事言うのは許しません!!」

突然リリーが怒鳴った。

いつにない真剣な眼差しで怒号を浴びせられた子供達は、一瞬きょとんとしたが2人で一緒に泣き出しばあさんは蒼白になって嫁を見た。

裏庭で薪割りをしていたじいさんが何事かと家に入ってみると、2人の子供がばあさんに促されて嫁に「ごめんなさい」と半べそながらあやまっており、嫁は眉間に皺を寄せて胸に何かを抱きしめて立っている。

何やら、近寄りがたい嫁の形相に「ばあさん、ちょっ、ちょっと・・・」と手招きし、老人2人が出て行って、その場には母親と子供だけが残された。

彼女の手の中にある手紙には、自分がもし万が一にでも亡くなった場合の家族の処し方を箇条書きにした遺書まがいの文章が連綿と綴られていた。


*****


そして。

大勢の人が死んでいった。


死んでいったからといって彼らの全てが消滅したわけではない。

彼らが生前になにげなく、それとも必死に、はたまたしょうがなくやった全てのものは本意、不本意などという人の思惑など関係なしに偶然の采配の中、地上から消え、あるいは残されていった。


*****


その日ハリーは、商談のために訪れたゼルゴックという村から一番近くの駅まで車で送迎してもらっていた。

窓の外を後ろに流れて行く自然豊かな風景・・・その中に不思議な光景が目に留まった。

向こうの丘に広がる畑の中に立派なレンガ造りの家がぽつんと建っている

その家の玄関から手前の道まで特徴のある花がたわわに咲き乱れて一つの列を作っていた。

・・・なんでしょうかね?あれは?

送迎車の運転をしているナンシーにちょっとカマをかけてみる。


「あちらのレンガ造りの家ですが、ずいぶん立派ですね。」

「ああ。ニイバーさんの所ね。息子さんが優秀で、墜落前に首都で働いてガッパガッパ稼いでいたそうですよ。」

ん?何と言った今?ニイバー?

「リック・ニイバー・・・」

「あら・・・ええ。確かそんな名前でした。」


うそーーー!こんなど田舎出身だったのあいつ?!

うわー・・・ちょっと俺どうしよ。

いや、別に何かするつもりもないけど・・・


「あそこの家の前をちょっと通ってもらっていいです?」

「はい。わかりました」と、ナンシーはすぐに車を左折させ、丘の方に向かっていった。

近づいてみれば、やはりスフの花。

どこにでもある花だが、この淡い色合いは宮殿で見たものによく似ている。

ハリーは、やはり好奇心を抑えられず、ちょっとだけと言い訳しながら車を止めてもらい、その花に近づいていった。


ああ・・・あの宮殿に咲いていたよなぁ・・・謁見の間からエレベーターに乗る途中で見たのと同じだ。

紅いものはよく見かけるけれど宮殿のはこのパステル色だった。


きっとリックが記念に持ってきたんだろう。

大事に手入れされているようだし・・・そっとしておこう・・・

そう思ってハリーが花から顔を上げると、そこには髪を後ろにひっつめにした傭兵のような男がやぶにらみの目でこちらを睨んでいた。

「ぎ」ゃぁぁぁぁぁ・・・と叫びそうになるのをグッとこらえて、視線を反らさないまま後ずさると、その男の後方から2人、どちらも180cmを超える巨体の若造が一人は鉈を持ち一人は鎌を持って臨戦態勢でゆらりと近づいてきているのが見える。

ま、まずい!

もっと近くに車を止めるべきだった!

多分、この手前のボスが元締めだ。

山賊家業かなにかを生業にしているに違いない。

ニイバーなどという珍しい名前にひっかかった俺が馬鹿だった!

とにかく逃げなくては!と思い、後ろを確認しないままハリーは後ずさり・・・道の向こう側に落っこちた。


*****


「大丈夫ですか?」

「はぁ・・・お手数おかけしました。」

道の向こうは1m程の土手になって下の畑へと続いていた。

幸い、落ちた場所に雑草が生えておりクッションになって大事には至らなかったものの、大人3人+ナンシーで家の中へ運び込まれソファーに寝かせられたのだ。

最初に出てきた傭兵は実は女でしかもリックの奥さんだった。

『他人の趣味は判らないもんだよな~』と、ひとりごちたハリーだったが、そこにリックがいたら『趣味で選んだわけではありません』と、反論しただろう。

「あのスフの花に見とれてしまいまして。」

「ええ、珍しいもののようですね。たまに種を分けて欲しいと言う方が来ます。差し上げていませんけど。」

『あー俺、種どろぼうと思われたんだ。』納得。

「実は以前キリークの宮殿に行ったことがありまして、そこに咲いているスフの花と同じ色合いだったものですからつい車を止めてしまいました。」

「ああ。宮殿にですか。そう言う人もいますね。」

もうそろそろ話を切り上げて帰った方が良い様な気がしてきた。

警戒しているのはよくわかる。

こっちもリックの知り合いだなんて言ってないからその態度も当たり前だ。

さて、と。

「そ「ご主人のリックさんとこちらのハリーさんはお知り合いだったんですよ。」」

こらーーーーーーー!!

ナンシー!何を言い出す!!

おめーの会社との契約は破棄じゃ!

嫌な汗がどっと噴出したハリーにリリーの鋭い視線が突き刺さる。

「主人を知ってるんですか?」

「大学の同期に同じ名前の奴がいたもので・・・でも本人と同じかどうかはわからなくてですね。」

リリーは素早く立ち上がると、部屋の奥に構えた棚から写真を持ってきた。

「これが主人です。」

ハリーが見せられた写真にはリックが若いままの姿で椅子に座りこちらを見ていた。

その眼差しの真摯さ・・・ああ!リックだ・・・


真面目で真面目で馬鹿みたいに真面目なリック・ニイバー・・・

きさま・・・何故あのへんてこりんな手紙を俺に送ってくれたんだ?

今でも請求書、取っておいてあるぞ。

きさまのおかげで俺はあの時・・・間に合った。


何も言わずにじっと写真を見続けるハリーを見て、リリーはただ静かに涙を流した。

2人無言のままに流れる時間の中、若いまま時を止めたリックへの哀惜の念がつらく悲しくそしてやさしく部屋中を満たした。



スフの花を切り花にして持たせてくれようとしたリリーに

「きっとそういう事をしてはだめなんだと思います。ここで大事に育ててあげて下さい。出来れば、もうちょっと奥の方で育てた方がいいかもしれません。」

と言って、自分の営業用の名刺に自宅の連絡先を書き込み渡した。

リリーは、素直にありがとうございます。夫も喜んでいるでしょうと言い、息子たちと共に車が角を曲がるまで見送ってくれた。


リック・ニイバー。

彼は、まったく馬が合わないにも関わらず、何かという時にはいつもそばに居た。

死んだあともこうやって縁が切れないとは・・・不思議な奴だった。

リック・ニイバーという奴は。



 

―完―


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ