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精霊王転変  作者: 笹野
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エピローグ

「俺ら解体業者みたい。」

砂に近い瓦礫を掘り起こしていた手を休めてハリーは天を仰いだ。

「はい。どうぞ。」

少年がコップを差し出す。

「おっどうも。」

ここは火口から約60km離れた元農耕地帯。あたりは瓦礫と火山灰が降り積もりゆるやかな勾配のある廃墟跡となっている。

そのなかで1軒、ハリーの別荘の屋根が砂から顔を出している。

2人はコミュエル工場閉鎖後に暇になったので、大学から資料を掘り返して別荘に出来る限り持ち帰っていたのだが、35年前の隕石落下+火山爆発で再び埋もれてしまった。

大学は隕石に吹き飛んだわけだから不幸中の幸いと言うべきなのだろうが・・・

「解体業者というか盗人というか・・・あやしいおっさんだな。」

「疲れた・・・もうこれでいいだろ?」

瓦礫の上で伸びをすれば青い空に白い雲が浮かびゆっくりと流れて行く。

それは初夏の青だ。きりりと若い青の空に白い雲が映える。


ハリーもバスコーも順調に歳をとり今は聖骸霊録研究会の名誉会長となって、聖骸霊録の追記を任されている。

ある意味当事者なのでそれ自体はやぶさかではないが、まさか伝書の追記を書く事になるとは思わなかった。

それ以前に古来からの資料+ナーノに出会って以降のコレクションが地面の下に埋もれたままなのをずっと心苦しく感じていた。

ゆえに暇があればハリーの別荘の窓を割ってちょっとずつお宝を持ち出していたのだ。

ただ、来るたびに家が火山灰や砂で埋もれて行くため、屋根に出入り用の穴を作る事にした。

そのため屋根の一部を取り壊し仮の蓋を設置して・・・今、一段落したところだったのだが。


「風が出てきたね。」

ここは夕方になると火口の方角から強風が吹いてくる。

まだ時間はあるがこれは撤収の合図だ。

「エルめ~!邪魔をしやがって。」

「あいつにとっちゃあ恥ずかしい過去だからな。」

「しょうがねーなぁ」



バスコーは工場爆発の翌年春、すったもんだの末結婚しその年に子供も生まれた。

生まれた子供は金髪緑眼の女の子。

父母どちらにも似ていないその容姿は奥さん始めケイガン家一同を蒼白にさせたが、バスコーは喜んでその子をやさしく抱きしめた。

アルエリアと名づけられた子は1年と経たずに亜麻色の髪と暗青色の瞳に変わり、その後成人して結婚した。

今、目の前で水を飲んでいるのがその息子である。

その瞳のグリーンを見るにつけ不思議な気分になる。

アルエリアの夫も緑の瞳をしているが、こんな鮮やかな色ではない。


*****


あの日、あの海の底のような部屋で2人は口付けをした。

ただそれだけだった。

結婚したあとにお互い何度も確認したが、本当にそれだけだったのだ。

キスで子供が出来る?

そんな馬鹿なこと、とても口に出せないので2人の秘密にしておいた。


*****


「おいで」

目の前の孫が空を見上げながら水を飲みきったところで手を伸ばした。

アルフィードが中央塔のユリカゴから自由になったのはこのくらいの歳だったのか。

ぎゅっと抱きしめると、とたんに野良猫のように怒り出した。

「じっちゃん!暑苦しい!!やめてよー!」

天を仰いでぐはははと笑い解放してやる。

ハリーもそんな2人の光景を見てぶはははと笑う。


ハリーはあの隕石落下の日、爆風と地震に見舞われながらなんとかシャール渓谷の入り口までたどり着き、意識が戻らないナーノを背負って霊山への道を歩いていった。

その道のりで、いろんなけものや鳥が近づいてきては森に帰って行く。

コザガラの御使いだったのだろう。

いつも小休止する場所でナーノを下ろそうと思ったら、今まで見たことも無い小道が出来ていた。

しかもそこに白鹿が立って銀の角を軽く振っている。

ナーノを背負ったままその道を進んで行くと・・・池?いや温泉!

今まで見たことも無い窪地に少しぬるめの温泉が満々と湛えられていた。

多分コザガラ様の思し召しに違いないとナーノを抱えて入ってみれば、ナーノの身体から血があふれ出したちまち湯が赤く染まってしまった。

焦るハリーはすぐに出ようとしたが、その足を誰かが止める。

うわぁぁぁぁ・・・!妖魔!!と叫ぶハリーの前に憮然としたコザガラが現れナーノを奪うように抱き上げるとその身をお湯に浸した。


そしてナーノは今もシャール渓谷の奥にいる。

ゆっくりとゆっくりと身体は人になり歳を取って今20歳ぐらいの青年になった。

その姿は、キリーク4代目ヴァレリオ王20歳の頃とそっくりだ・・・本当に彼はヴァレリオとソフィアとそしてエルの子なのだ。

今はアルシュ王国となった我祖国。

以前のキリーク王家の事を知っている者は少なくなった。

ましてや実物のヴァレリオ王とソフィア王妃に会ったことがある者は皆無に等しいだろう。

別に王家を復活したいなどとは思わないが、せめて彼らの話を残しておきたい。

みごと精霊王を生け捕りしヴァーウェン王から4代目、ヴァレリオ王とその妃ソフィアにいったい何が起こったのか。

その王の代に花開いたキリーク王国の繁栄ぶりを。

科学と技術の高度化がどれほど人を夢見させ、その先鋭化がどれほど人を踊らせたか。

この先100年も経ったらきっと誰もそんな国があったなんて信じないだろう。

そして人は同じ轍を踏むに違いない。

その時まで聖骸霊録研究会が続いてりゃいいなぁ・・・

いや、聖骸霊録増補版が残ればそれでいいか。



人のささやかな思惑など吹き飛ばすかのごとく、今日も今日とて直径30kmに及ぶクレーターとそのまわりに広がる瓦礫と火山灰の砂漠に強風が吹き荒れ砂を巻き上げる。

火山からは今も煙が上がり時々思い出したかのように爆発を起こしている。

山の緑は濃く空は青い。

海は碧く澄み潮風は遥か彼方まで白波を立たせ雲を湧かせている。


全精霊達に祝福あれ。

(完)


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