第三十二章 キリーク宮殿4
アルフィードは床に横たわるナーノを抱え上げると、謁見の間から抜け長い廊下を渡り外に出た。
そこには一台の車が止まっている。
アルフィードが現れるとすぐにドアが開き
「ソフィア様!」とハリーが出てきた。
が、すぐにその笑顔がくずれ不思議なものを見るような顔になる。
「あれ?アルフィード様?」
「ハリー。」
「は、はいっ?!」
「弟を頼む。」
「はい!」
アルフィードはハリーにナーノを渡すと再び宮殿に向かった。
あわててハリーがアルフィードの袖口を掴む。
「どこに行かれるんですか!全部終わったんでしょう?帰りますよ!!」
アルフィードはニッコリ笑うと軽く顔を横に振り
「止めてはいけない」と言った。
それでも尚きつく掴んではなさないハリーに
「放してくれ。」と言えば風が一陣通り抜けてゆく。
精霊の前触れか。
「ダメです・・・頼む・・・エル!お願いです!!」
突然、強い突風が2人を叩いた。
思わず目をつぶりナーノを守るようにしゃがんだハリーがようやく目を開けられるようになった時にはすでにアルフィードはいなかった。
*****
むかしむかし
まだ意識というものがあるかないかの頃から
同じ声を聞いていた。
「アルフィード・・・必ず出してあげるから」
くぐもった声
その人は頭の上に居て顔を見ることはなかったけれど
「アルフィード。必ず・・・必ずエルを追い出して助けてあげるからね。」
あれは多分・・・父さまの声。
「アル・・・フィード」
息絶えだえな声
僕に始めて触れた人
僕の手を握り締めた母さま。
僕の先祖ヴァーウェンが精霊王を捕まえて、その罪はついに我が身に至りました。
今から僕はこの身を差し出そうとしている。
母さまが僕を助ける為、死ぬと判っていながらシールドに向かったように。
僕もまた精霊王に殉じます。
何も思い残す事はない。
ナーノが生きている。
奇跡の子が。
もう少し・・・せめてもう少し
車がルーパスを抜けるまでこうして空を見ていてもいいですか?エル様・・・
*****
昼下がりのモノトーンな都。
その中心にある宮殿のエントランスルームから謁見の間に続く長い廊下は左右の窓から陽光が差込み光に満ちていた。
アルフィードはその廊下を颯爽と歩いて謁見の間の扉を開く。
直線に曲線を組みこんだ幾何学的造形美の結晶と言われた謁見の間は、今や床が抜け落ち地下深く瓦礫が散らばっている。
その奥に鋼の光沢も美しい球体の発電炉がざくりと割れてころがっていた。
その裂け目からから異様な圧力を感じアルフィードは恐怖した。
彼らこそが、我が身を死に処す執行者。
精霊王をこの身から解放するもの。
エルは・・・ただ深遠より傍観するのみ。
アルフィードは自分の身体を抱きしめた。
結局誰にも抱きしめられる事のなかった我が身体・・・せめて自分だけでも抱きしめてあげたかったのだ。
そして、床の割れ目から身を投じた。
*****
「!!」
何か衝撃を感じ、何事かとバックミラーを見ると宮殿の方向に大きく煙が上がりその周りに爆風が渦巻いているのが見てとれた。
「・・・くそぅっ!!」
何も出来なかった・・・。
あんなに近くにいたのに。
ソフィア様
アルフィード様
何だ?この空しさは?!もうこの世に2人がいないんだと何故わかる・・・何故!!
・・・こうなりゃナーノだけは何としても!
ハリーはルーパスを抜け出たところで尚加速し一路北へと向かった。