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精霊王転変  作者: 笹野
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第二十九章 キリーク宮殿1

かなりえぐい内容です。

正直吐き気がしますがこの後の展開のため投稿しておきます。

・・・つか、この後ずーーーっとエピローグまでこんなかんじです。

空がどこまでも青く澄みわたり雲ひとつ無い晴天の日。

勇壮なる黒い車の列がアルシュからキリークへと向かう。

高速道路はすでに貴族だけのものとなり平民が使用することは禁じられている。

その高速道を駆け抜けて行くひときわ大きな麗装車には国王フェルーンが乗っている。

これは凱旋の列である。


戦う事無く手に入れた隣国。

かつて繁栄と平和の象徴と言われ高度な科学とテクノロジーに自らが酔いしれていた目障りな国。

精霊王エルに対する傲慢の罪により国家を崩壊させた哀れな国。

だが、俺がその国民を救ってやる。

その科学技術の象徴であるユリカゴを俺が復活させたのだと内外に知らしめてやる。

フェルーンは柔和な顔に慈悲の笑みを浮かべて高速から時々見える平民達の家をただ眺めていた。


宮殿の中では王を迎える為の準備が完了し、あとは到着を待つばかりであった。

アルシュ王国公安局の先鋭達が、ある者は貴族の礼服に身を包みある者は警備兵として剣を腰に差してあちこちで目を光らせる。

謁見の間にはナーノが正装を着せられて玉座の横に立っていた。

もう二度とこの椅子に座ることは許されないと今朝目覚めた時に言われ、それからずっと立ったままである。

緑の瞳が謁見の間を見渡す。

頭の中でアルシュ王国国王があと何時間で来るか計算している・・・あと03時間18分20,55秒

宮殿の外に目を転じれば中庭は今が盛りとばかりにスフの花が咲き乱れている。



麗装車が高速を下りて王宮通りを走り抜けてゆく。

その道端には塵一つなく、そして沿道には誰一人として見物人はいない。

交差点に配備された警備員が唯一の人影であり、しんと静まり返った廃墟に黒と白を基調とした壮麗なる車が走り抜ける。

それは奇妙なモノトーンの世界で、警備の為あちこちにかけられた通行禁止の赤いロープだけが色を放っていた。

やがて車は瀟洒な鋼鉄の門を抜けロータリーエントランスへと入っていった。

宮殿の入り口だけは華やかに飾り付けられ、道には絨毯が引かれ、出迎えの貴族達が遠巻きに見守る中、フェルーン王が車から降りると、その後に近衛兵が続いた。

マスコミは、定位置から写真を撮りまくり世界に発信した。

そして、フェルーン王が謁見の間へと入っていく。


フェルーンが事前に聞いていた説明では、その玉座の横に居る少年は実は人間ではなくキリークの人体工学の粋を集めた機械なのだという。

それは”ユリカゴ2“の制御装置であり、科学者のちょっとした遊び心であると。


フェルーンが謁見の間に入ると、招待された貴族・騎士・技術者が一斉に立ち上がり彼を迎えた。

彼らを両脇に見ながら玉座に近づくと、その後ろに立っている子供の顔がはっきりと見て取れた。

『これは・・・』

フェルーンの柔和な顔に影が走る。

この顔は見覚えがある・・・

あの男。

我妹と鉱山を手に入れて尚自分を見下していたあの男の眼差し・・・そしてこの緑の瞳は我妹ソフィアと同じじゃないか!


段取りとしては、科学者の遊び心に付き合ってその子の額にキスをしてやるはずだったがフェルーンはナーノを無視する事にした。

『切って捨てないだけありがたく思いたまえ。』

そして、王座の前に立ち一同を眺め、室内の全ての目が自分を注視していることに満足した。

いよいよ、この国がアルシュ国となった事を高らかに宣言しようと大きく息を吸い込んだ時、横からよぼよぼの老人が腰を低くしながら出てくるではないか。

誰だこいつは?

老人はフェルーン王の前で膝を折り礼をとると、顔を上げて王に対峙した。

「フェルーン国王にはキリーク王国にご来賓いただきましてありがとうございます。わたくしは”ユリカゴ2“の総合責任者ファーゴ・ナント・ウェルナルと申します。」

何をいっているのだ?

キリーク王国などもうこの世にはないのだぞ?

そして、自分がこの宮殿に着いた瞬間からここはアルシュ王国だ。

「その後ろに立っております少年はナーノと申しましてわが国の象徴でございます。どうぞご挨拶賜りますよう切にお願い申し上げます。」

象徴?

このやけにヴァレリオに似ている子がか?そうか・・・そういうつもりか。

フェルーンは表情をこわばらせた。

それは普通に見れば柔らかな微笑みとしか取れない表情だが、見知っている者にとっては冷笑でしかない。

フェルーンは右手を軽く上げ近くに控えていた近衛兵を呼んだ。

「この者を奥に連れて行け。」

「はっ」

その言葉の意味も近衛兵は弁えている。

老人の脇に手を入れて腕を押さえると奥の部屋へと連れて行こうとした。

老人はこのような扱いには慣れていないのだろう、押さえられた腕をほどこうと抵抗した。

とたんに

ドグッ

鈍い音がして老人は身をくの字に折り曲げ前につんのめった。

が、近衛兵は手際よく口をおさえて一言も漏らさせずその身を片腕でささえて裏廊下へのドアから消えていった。


技術者達はその光景を見てようやく自分達が招きいれた男の正体を実感した。

そこには科学や技術への敬意もなければ人に対する温情もない、ただ恐怖のみで統べる冷酷な権力者が微笑みながら立っている。

そして、ナーノは連れて行かれたファーゴの後を追おうとしたが王座から離れることが出来ずにいた。

心配げにファーゴと近衛兵が出て行ったドアの方を見るナーノの後姿をフェルーンは眺めていたがあることに気がついた。

うなじから背骨に沿って何かがおかしい。

まるで服の下に何かを仕込んでいるようなふくらみが見える。


「ナーノと申したな。」

突然声をかけられてナーノはフェルーンの方へと向き直った。

「はい。」

「人か?機械か?」

「人です。」

フェルーンは今度こそ冷たい笑いをその顔に浮かべた。


「近衛兵!この者は背中に何か隠しているようだ。服を脱がせよ。」

ざわりと技術者達が座る席から非難めいた息が洩れたが、フェルーンが顔を向ければ誰も何も言わずただ無表情のまま事の成り行きを見ている。

ナーノは抵抗する事も無く綺麗に装われた正装を近衛兵に手際よく脱がされてゆく。


「ほおお・・・」

想像を超えたナーノのありさまにさすがのフェルーンも興味津々でその身体を見た。

脱がしてみれば背骨に沿って禍々しい黒い突起が並び、角度を変えてみると透明蓋から中で小さく光が点滅しているのが見える。

発光の色が違うのは何か意味があるのだろう。

そして、その突起から肌の下を縦横無尽に何かの線が埋め込まれ左右の肩甲骨あたりと胸の上の鎖骨あたりに集中している。これが無線で地下へと繋がっているのだ。

「よくこれほどのものを造ったものだ。これは素晴らしい!」

その言葉をそのままテクノロジーへの礼賛と受け取った者は顔をほころばせ、それを次に来る暴虐への前振りと捉えたものは顔を引きつらせた。


「これをそのままこの正面に飾りたい。今度来るときにはこの玉座の後ろにこの人形を備え付けておけ。」

「!」


ナーノは愕然とした。

飾りたい?備え付けるってどういう事?

僕は・・・僕は人間だ。

身体はこんな事になってしまったけど、技術者の人たちだってファーゴだって僕に話しかけてくれたじゃないか。

「君は人とテクノロジーと精霊との大事な大事な架け橋なんだ。けれどどんな時も人間であることを忘れないで。君はこの世で只一つの存在だ。」と・・・!

ナーノが技術者達に顔を向ければそこには怒りの、困惑の、諦めの、さまざまな表情が並ぶ・・・だが誰も何も言わずにナーノを見つめるばかり。

誰も僕を守る人はいないという事?

僕は飾り物じゃない・・・!


「いやです・・・」

「なに?」

「いやです!!あなたの言う事など聞きません!」

「このっ」

フェルーンはこぶしを振り上げようとしたが、一人の白衣の男が玉座の前に飛び出てきた。

「王!その者は精霊の制御システムです!乱暴に扱ってはなりません!!」

「・・・・・・・・・この者は人か?機械か?」

「機械です。」

「そうか。・・・どうもおしゃべり機能は不必要だと思われるが、どうだ?」

「そのようでございます。」

「そうであろう。」

王は上機嫌になって玉座に座ると、男の名を聞いた。

リック・ニイバーと名乗ったその男に即刻ナーノの“おしゃべり機能”を停止するよう命令した。

リックは人体工学は専門外なので同僚のバルカを呼び音声機能の停止を頼んだ―――後ですぐに元に戻せるように。

「いや・・・お願い・・・」

ナーノは後ずさる。

「ナーノ、3m以上玉座から離れるな!」リックはナーノの腕を掴んで玉座の近くに戻した。

悪いようにはしないから・・・だから抵抗しないでくれ!


「ふーん。機械でも涙を流すとは、よくよく素晴らしい無駄機能を搭載している。」

フェルーンは目の前で行われている苦悩の末の裏切り劇を楽しんでいるようでひどく上機嫌の声をだした。


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