第二十八章 冷血
春も盛りの花ざかり。
だが、ここに来て天候不順が続いた。
急な大雪が街を白く覆い、かと思えば突然、夏のように暑い日が訪れ人は汗をぬぐった。
やはり、まだ天候はおかしいのか・・・
市井の人々はあきらめ顔で日々を送る。
その頃宮殿は慌しい事となっていた。
10日後にアルシュ王国の冷血王フェルーンがやってくるという。
宮殿内でのエネルギーシステム完成の報を受け、まず表立って行動してきたのはアルシュ王国だった。
その重大な機能のわりに警備が手薄すぎるとして、アルシュに本社がある警備会社が宮殿警護を申し出た。
フェルーン王はそもそもソフィア輿入れあたりからキリーク攻略を漠然と考えていた。
ユリカゴ爆発後その計画も一旦白紙状態になったが、昨今の宮殿の情報を聞きつけいち早く研究員達に警備の申し出をしたのだった。
キリークは王惨死、継承者なし(公式)で王家は潰え、城を警護していた近衛兵は全員死亡。
宮廷内の貴族は各領地に散らばり政治体制は地方貴族の自治運営へと移行し国家として分裂状態だった。
そこにアルシュは用心深く接触していくつかの地方を懐柔し、味方を増やしていったのだ。
今回の宮殿警護の申し出にはその地方貴族の力も無言の圧力となった。
アルシュの使者に研究員は日和った。
宮殿に明かりが常時灯るようになって数ヵ月後民間の警備員(実はアルシュ公安局員)がキリークの宮殿に常駐するようになった。
そして、キリークの首都ルーパスが静かにアルシュの手の内に落ちて数ヶ月。
キリーク攻略のお膳立てが出来たことを確信したフェルーンは宮殿に乗り込むことにした。
*****
コミュエル工場が爆発したあの日に会うはずだったリック・ニイバーからその情報をもらいハリーは思案した。
くそ真面目なあいつが情報を流してくるという事は、よっぽど腹に据えかねる何かが起きているに違いない。
情報自体はたった1行“○○日 冷血宮殿に来る”。
キリークは王家が(公式には)絶えているから何をしに入ってくるかは明白だ。
隣国のとんでも話はエズバラン卿からチョロッと聞いているが、あの国は軍人がしっかりしているからまだ民は救われる。
こちらの技術者が果たして隣国の軍人並みに愛国心と義憤に満ちているかというと・・・
ハリーはある決意をもって車にフル充電をした。
「チッ・・・今回は毒見がいないや。」
川原で名もない雑草といやに色が鮮やかな魚の煮込みを食べるハリー。
もう夕暮れて今日はここでビパークだ。
正直、コザガラやまして精霊王に会える気はしない。
判っているのだ。自分にはそういうものに会う素質がない。
バスコーがコザガラに気に入られている事も、摩訶不思議な奥さんとの馴れ初めも(最初なのに記憶がスッポリぬけてざまーみろだ!)そして、彼の5代前が実はエル捕縛に関わっている事も知っている。
これはただ確認に行くだけの登山なんだろうな・・・自分にその手の縁がないと証明する為、そして出来るだけの事はしたという自己満足の為に・・・
食べ終わり川の水で飯盒をガシガシ乱暴に洗っていると、取っ手がカコッという音と共に外れた。
「!」
小さなパーツでも無いと困る!
慌ててハリーが川の中を追いかけて行くが春の川は流れが速く、しばらく追いかけ足もしびれ息も上がりついに歩を止め川の行く先をただみつめていた。
川の両側から木がこずえを伸ばし、夜の暗さがさらにその木陰を闇へと塗り染める。
気がつけば自分の立っている場所もやはり闇の中。
川の音だけが激しくバシバシャと耳につき、引き返そうと思い後ろを振り向けばやはり黒い川がこちらに向かい流れてくるばかりだ。
なんでこんな所に来ているんだ、俺は。
再び川下に目をやると・・・
・・・・・・向こうから誰かがやってくる。
鬱蒼とした森の影から人らしきものがこちらにむかってパシャリ・・・パシャリ・・・と川の流れに逆らいやってくる・・・
「コザガラ様・・・?」
つぶやけば、反応はない。
なんだろう・・・幽鬼の類じゃないだろうか。
いや、山の獣かもしれない。
恐怖の方が先に立つ。
隠れなきゃ・・・・・・・・・どこに?
どこにも身を隠すところなんてないよ・・・ハリーはこの状況に不思議と笑ってしまった。
考えてみたら冷血野郎に国を乗っ取られる恐怖からここに来たのだ。
いつでも希望に引き付けられて進むより、恐怖に背を押されて動いているんだよなぁ・・・俺って。
何がこちらに来るのか
それを素直に見よう
ここにいれば何かが来る
空にかかる群雲がゆるりと流れ新月の弱い薄光が岐を照らす。
ハリーはそこに現にはありえぬ人を見た。
『あ・・・』
声にならない畏怖の念が足をすくませた。