第二十七章 春の訪れ
冬が終わり春が来た。
冷たい風が和らぎ日差しに強さを感じて人は季節の変わり目を知る。
それは太陽と空と大地が確実に生きていることを確信させ、約束どおりの、そして季節の移り変わりという幸せな回転に、誰もが漠然とした希望を見いだしていた。
キリークの宮殿の中もまた変わった。
エル爆発から枯れ果て荒れたままの中庭に今年は緑が芽吹いた。
地下の研究者達の中に植物再生研究会というサークルがあるのだが、枯れ木から、大地からその新芽を見つけ『いろいろ試した成果が今年はようやく実った!』と喜びあっている。
そしてその新緑と同じ色の瞳が2つ。
謁見の間にかつて崩れた石の玉座があった場所には真新しい白い玉座がすえられていた。
ガラスと鉄の合成金属が美しくなめらから曲線を作り少年の身体を支えている。
以前は開くことは無かったその瞳は春の日差しに満ちた室内を眺めキラキラと輝いている。
傍らにいる老人が語りかけた。
「ナーノ様。寒くはありませんか?」
「僕は大丈夫。少し温かくしようか?」
「いえ、申し訳ありません、つい・・・私に合わせると皆が暑がりますのでこのままで。」
「うん。今日は天気がいいな。外はどうだったの?」
「少々風が冷とうございました。」
「そう・・・」
「もう少しお待ちいただければこの窓ぎわまで行けます。夏には中庭の花も満開になるでしょう。」
ナーノの改造が進み、有線でつないでいたものが今は無線配信によるコードレスに変わっている。ただ謁見の間、しかも玉座より半径3m以内が行動範囲でしかない。
そこから離れると“ユリカゴ2“のシステムからの相互認識からはずれ精霊達の動きが乱れるのでやはり殆どの時間をナーノは玉座に座って過ごしていた。
そもそも最初にナーノを玉座に座らせたのが間違いのもとで、床に寝せておけばその後の作業は楽だったものの、研究員の一人がある日、冗談で座らせ、周りの同僚もその調和の妙に感心し配線などを玉座を中心に敷設したのである。
そして、玉座が変わり行動範囲が広がってもナーノは玉座に座っている。
その表情はソフィアが居た頃のナーノにほとんど近い。
だが実のところ彼の身体は石のままだった。
炭素合成素材という一見人肌かと思わせるなめらかな曲線と柔軟さ。
それがナーノの石の肌に取って代わった。
自然と人工の差が縮まる。
その目に映る謁見の間も瞳孔から脳に届いたものなのか、実は地下の装置を経由しているのか・・・ナーノ自身も判らない。
知っているのはそれを担当している研究員だけだろう。
成長しない永遠の少年を哀れとも思わぬ老人は、今あるテクノロジーの最高峰を彼につぎ込み続けそれを寵愛し礼賛している。
*****
「グッ!!」
「!」
月日が流れ芽吹いたのは草木だけではないようで、今こぶしをフルフル震わせて仁王立ちなのはフェルナー・ケイガン。
そして床にうずくまっているのはバスコーである。
その横で恐縮しているのはハリーで、すでに往復ビンタをされて頬が腫れている。
「どうしてくれるんだ!おまえらは・・・もう信用できん!」
フェルナーの後ろにはケイガン嬢が涙目で立っている。
「おとうさ」
「黙ってろ!」
娘が子供を身ごもった。
本人も知らなかった。
しかもどうやら父親らしき男も知らなかったという。
そんな馬鹿なことがあるか!
娘がちょっとおかしくなった時期を考えればこいつらしかいないわけだが、自分かもしれないなどとあやふやな答えを聞かされた父親は激昂した。
正直に言えば問題が解決するというのは嘘である。
殴られて意識が飛んだところでバスコーもしまったと思った。
ケイガン嬢の妊娠を知ったときに何となく思い当たる夜が頭をよぎり、彼女と一緒になる覚悟と自信とを持ってケイガン家に乗り込んだが、つい知らない事を知らないと言ってしまってこのザマである。
覚悟が足りなかったとしか言いようがない。
その日一日中、ケイガン家から怒鳴り声が途切れることは無かった。
「ハリーすまない。」
「いいよ。もう・・・驚いたけどね・・・よく10も年下の子を抱いたもんだな。」
「・・・」
「エルが仲介人なの?これって。」
無言でうなずくバスコー。
「じゃあ、おめでとう!バスコー♪ 全精霊の祝福を受けし婚姻に幸いあれ!」
「なんちゅう皮肉だ・・・」
げっそり顔のバスコーに満面笑みのハリー。
コミュエルのおかげで成金状態の両人は今はそれぞれ別の事業を立ち上げ社長となっている。
生活に困らせる事はないだろうとは思うが、バスコーの身分が平民だという事でケイガンが渋い顔をした。
ケイガン家は大貴族に仕える侍従―――身分は平民だが世間的には準貴族だ。
『俺、キリーク王家に知り合いがいたんですけど・・・』
こう正直に言えば問題がもっとこじれるのは間違いない。
もっとも、バスコーの家は初代ヴァーウェン王までさかのぼると立派な貴族であり、ケイガンが後にその事を知ってから身分差に苦言を呈するような事はなくなった。