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精霊王転変  作者: 笹野
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第二十六章 ホロットル2





夜になるととたんに冷える。


ここは工場内にある宿舎。

社長はじめ重役は時に泊り込む事があるので専用の部屋を用意している。

ハリーはバスコーの部屋に入り円形ストーブに火の種を追加し敷石の上に置いた。


電灯は節約の為消してあり、部屋を照らすのはその火だけ。

火は水素を燃やし青白く灯っている。

それを見つめるバスコーは何やら難しい顔をして思案顔である。

だが、実のところ頭の中は何も考えてなどいない。

あの日―エルが発電塔を爆破した日からバスコーはこんな調子だ。


「なーバスコー。この騒動で吹っ飛んじゃったけどお前の左手の義手作らないといけないな。」

「・・・」

「明日義手屋に連絡して来てもらうよ。いいだろ?」

「このままでいいよ。」

ため息と一緒に口から漏れた言葉に張りは無い。

「あのさーそんな手じゃイザって時に困るだろ?」

「イザなんて時ないし。」

「ケイガン嬢に襲われそうになった時とか。」

「・・・」

バスコーの唇に馬鹿なことを言ってやがるとでも言うような苦笑いが浮かんだ。

久々に見たバスコーの表情にハリーは満面の笑みで明るい声を出した。

「手を作ってまた山に登ろうぜ。」

バスコーは顔を上げハリーを見た。

その唇はまだ笑みを残してはいたが大きく見開いた目は悲しみを湛え、ただ首を横に振った。

「じゃ・・・俺はそろそろ寝るよ。火だけ気をつけてくれ。」

ハリーはこの1週間、工場の事故処理に追われ寝られる時に眠り食べられる時に食事をする生活が続いていた。

深夜ではないまともな時間に眠る事が出来るのは事故後初めてになる。

「ああ。おやすみ」

「ああ。」


ハリーはバスコーの部屋から静かに自分の部屋へと帰っていった。

残された男の目の前では炎がゆらめいて部屋の中を仄暗い藍に染めた。

『まるで海の底だな・・・』


地上の命を産んだという原始の海もこうだったのだろうか。

水とマグマと雷と・・・原始の海で生まれた命はいつから意識が芽生えたのか。

最初は光を感じるだけの糸のような神経官を持った動物プランクトン。

いつの間にやらその先端がふくれ脳となり、周りを知り移動するようになり

やがて骨に沿って髄に節が出来そこが・・・

腕組みしたまま火のゆらめきに気をとられていたバスコーははっと気がつき顔を上げるとドアの前に件のケイガン嬢が立っていた。

いつの間に部屋の中に?


出て行けと言おうとしたが、なぜかその気力も出てこない。

・・・それとも青い灯りを受けて佇むケイガン嬢がまるで海の精霊のように神秘的だったからだろうか。

長椅子に横たわるバスコーに気をかける様子も無く彼女はストーブに近寄り火にあたった。

彼女の影が壁に大きく影を作る・・・彼女が身動きするたびに影は大きく揺れ変形した。

宇宙の揺らぎだ・・・それとも全てを飲み込むブラックホールか。


影を見つめながらだんだん眠気に誘われていたバスコーにケイガン嬢が近づいてきた。

あれからずっと発狂状態の彼女とはまったく別人の女性がそこにいる。

彼の頬に彼女の手が添えられた。

それはストーブの熱を内包し冷たかった彼の頬に熱をもたらした。

思わずその手に右手を添えると、彼女は少し微笑んだ。

そして、自然に・・・まるで春風に吹かれた花びらが静かに地面へと落ちてゆくように彼女の唇が彼の唇にゆっくりと近づいていった。



*****



『えーー・・・』

どうなってるのかわからないが、ケイガン嬢の狂気が収まったらしい。

久しぶりにゆっくり寝たハリーが身支度整え事務所に出るとすぐ後にケイガン嬢が現れてご迷惑をおかけしましたと謝罪した。

よかった。

1ヶ月休みをあげるから仕事場に来なくていいと言うと、どうか働かせてくれという。

外にも内にも飛び回っているので、事務所内で連絡の受発信をしてもらえると確かに助かるのだが・・・

「家に帰って養生したら?」

「えっ」


そもそもケイガン嬢はハリーの知り合いのフェルナー・ケイガンの娘で工場創設の際に大変世話になった恩人の娘である。

事務関係をやってもらってはいるがそもそも従業員ではない。

強いて言えばオーナーのお嬢様というところか。

工場爆発からすぐにフェルナーがすっ飛んできて娘の状態が尋常ではない事を知り自宅に戻そうとした・・・が、ここから連れ出す事が出来ず、結局工場内に医者と女中つきで軟禁していたのだ。

まともになったのなら今のうちに実家に帰ってもらう方が気持ち的には楽である。


「ここに居たらお邪魔ですか?」

「正直、また再発したらちょっと困るかな・・・」

気まずい・・・非常に気まずいが言わない訳にもいくまい。

「・・・わかりました。帰らせていただきます。」

ケイガン嬢もその方が楽だろう・・・


ん?

な、何故?

何故そこで泣くんだ??

あんな発狂した姿を見た野郎共(約2名)の近くに居るより家に帰ってぬくぬく暮らしている方があなたにとってもいいんじゃないのか?お嬢さん??


ハリーが複雑な気分でいると、そこにバスコーが入ってきた。

「!」

社長室の机に両手を当てて突っ立ったままケイガン嬢を凝視するハリーとその前で泣くケイガン嬢の光景を呆然と見ている。

背後のバスコーに気付きケイガン嬢は泣き顔のまま一礼してすばやく事務所を出て行った。


「どうしたんだ?」

「正気に戻ったらしい。実家に帰ってもらうことにした。」

「・・・ここに居てもらう訳にいかないか?」

「え?何故?」

「いろいろ知りたいんだ・・・彼女にはエルが関係しているし。」

その言葉にさすがのハリーも真顔になった。

「・・・俺、忙しいからとてもじゃないけど今はエルの事なんて考えられない。バスコー。お前もここの、この会社の副社長なんだぞ?」

そう言ってバスコーの右腕を掴まえると、もう片方の手でようやく正気に戻ったらしいバスコーの頬をピシピシと叩いた。

「どうやらお前もまともになったようだから、俺の代行としてキッチリ働いてもらうぜ。覚悟しておけよ!」


*****


結局その1ヵ月後、ハリーとバスコーは工場閉鎖を決断し各方面に調整を行った。

もうこの先コミュ☆エルが生産される事はないというニュースは瞬く間に世界中に広まり在庫はあっという間に無くなった。

あとは工場内の部品組み立て分だけ発送して完全撤収という段になった時に、今度は強盗・・・しかも武装集団が20人程徒党を組んで強襲してきた。

夜襲だったため人に被害は無かったが、在庫部品や金型が盗まれラインは全て破壊された。


ハイエナか!!

部品だけ作って組み立てれば出来上がると思っている馬鹿共が!!

罵りの声が朝もやにつつまれた工場にこだまする。

機材売却先に事の次第を報告し、スクラップ屋に爆破された鉄の破片を二束三文で売り払うとそこには何も無いがらんどうの空き工場だけが残った。


発売から2年目にしてコミュ☆エルは市場から消えた。



以前イラストが入っていましたが”みてみん”の登録を消してしまいデータがなくなりました。小説のみお楽しみ下さい。

(2012/05/28)

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