第二十五章 ホロットル1
ここはハリーの別荘から車で30分程走ったところにあるホロットルという首都ルーパスに隣接する地域。
ユリカゴ爆発の後にこのあたりの住民は全て避難し、町は放置されたままになっていた。
そんな状況の中、二束三文で売りに出された街外れの工場をそのままハリーが買い取ったのだった。
コミュエル工場は遠くからでもすぐに判る大きな自家発電塔を有している。
「あれがこのおもちゃの工場です・・・一応言っておきますがそれは壊れているわけではありませんから。」
妖精王の膝上にはコミュ☆エルが乗っており、バスコーはエルがコミュ☆エルを使って何かしらの会話が成立するものか実験しようとした。
しかしいつもはペラペラ語る小石は精霊王の手の平で沈黙し静まり返っている。
「・・・」
気の毒なので小石を早々に回収し、エルに「何か質問は?」と、訊けば「今はない」という。
では仕舞いましょうとエルの膝からコミュ☆エルをどけようとするとしっかり握って離さない。
どうやら気に入ってくれたようなので、ここは謹んで献上する事にし、携帯用のホルスターに入れて腰に括りつけてやった。
工場に入るとすぐに車をチャージ用ガレージに入れ、3人は事務所に入っていった。
「社長、おはようございます。宮殿の最新資料と写真が入っていますのでどうぞ。」
事務所に入ると奥からケイガン嬢が現れファイルを2つハリーに渡し・・・顔も身体もなぜか動かない。
大きな目を尚大きくしてエルを見つめて固まっている。
エルもケイガン嬢を見つめている・・・
急にエルがケイガン嬢の身体を抱きよせた。
なんだ!?これがアルフィードが言っていたあれか!?と、思うより早くバスコーは2人を引き剥がしケイガン嬢の腕を掴むと奥の部屋に投げ込みドアを閉めた。
エルはただ立っているだけだが、不愉快とばかりに眉間に深いしわが寄っている。
「エル様・・・あなたですか?それともアルフィード様ですか?」
「話す必要はない。」
「アルフィード様と話をさせてください。」
「・・・」
エルはふらりと出て行った。
ハリーはファイルを掴んだまま呆然と成り行きを見ていたが、エルが出て行くとすぐに奥の部屋に入ってみた。
ケイガン嬢は頭を抱えて半狂乱になっていた。
*****
舌を噛まないようにタオルを食ませ手足をロープで縛ったあと、ソファーの上に放置して部屋を出る。
「色情魔だな・・・エルは何をやろうとしたんだ?」
「想像ついてんなら訊くなよ・・・とにかくエルを掴まえよう。彼は山の中に置いて我々がナーノを連れていったほうがいいんじゃないか?都会は彼には刺激が強い。」
「出来ない事を簡単に言うなよ・・・」
2人は話しながら事務所を出て操業中の工場に何とはなしに向かう。
「オカルト宮殿に入り込んでナーノの破片をかき集められるか?」
ハリーにとってはナーノは石像の破片でしかない。
「持ち上げるだけでも無理だよなぁ・・・」
バスコーも頭の中にあるのはあの石像の子だ。
敷地内を縦断している運搬車用道の上で2人は立ち止まる。
「分かれるか。俺、配送所に行くよ。」
「じゃ、俺は工じょ」
突然耳をつんざく大音響にバスコーの声はかき消された。
「「!!!」」
音はすごいが衝撃は少ない。
見れば発電塔の上半分が吹っ飛んでそこから黒煙がきのこ状に上がっている。
「エル!!!」
バスコーは走りハリーは呆然と立ち尽くしたまま。
上からバラバラと破片が降ってくる中、バスコーがなりふりかまわず発電塔までたどり着けば、はたしてそこにはエルが立っていた。
片手にコミュエルそして炉にシールが張り付き右手に拡声器。
エルは・・・精霊王エルは笑っていた。
バスコーはその笑いに毒を感じた。
エル―――精霊王!―――――何を笑ってる!!
地をさらうように強く熱い風が吹きバスコーはよろめき倒れ、エルはその風に乗って塔を駆け上がって行く。
そのエルをバスコーは地に腹ばいながら横目で追う事しか出来ない。
重い身体、風に打たれれば立つことも危うい。破壊された塔は高熱をはらんで触れば火傷どころではないだろう。
人間はなんて弱いんだ。
エルはそれを越え全て従えて空へと駆けて行く。
俺は・・・何も出来ないのか・・・
地に渦巻いていた風が弱まり、バスコーが空を見上げるとエルの姿はすでになく、黒煙がちぎれ雲の流れと共に空に長くたなびいていた。
*****
風は黒いラインを拡散させながらキリークの宮殿上空を流れていった。
宮殿の地下には24時間稼動している発電炉があった。
それを調整する装置は謁見の間に置かれている。
謁見の間から外を見れば、昔はさぞやみごとな庭園だったであろうと思われる木々と枯れ草の葬列に、銀もまぶしいユリカゴの残骸が突き刺さっている。
そこに、コツッ・・・コツッ・・・と何かが当たった。
コツッコッッココッココココココパラパラパラパラザザザ何かの粒が空から降っている。
だがそれは1分も経たない内に降り終わりあとはまた静かな宮殿に戻った。
気づいた人間も精霊も空に弱々しい雷雲のなりそこないを見つけ、降ってきた霰にいぶかしんだ。
やがて、はるか東方で中クラスの発電炉が大爆発を起こしたとの報を受け、その塵が上空に舞いそれがルーパス一帯ににわか雨や雹を降らせたようだと分析された。
*****
その後の立ち直りはハリーの方が早かった。
バスコーが地面で腑抜けたようになっているのを見て、怪我の有無だけ確認すると建物の中へと収容し、とって返して会社の敷地をあちこち駆け回りながら従業員の安否確認と周辺住人への説明に奔走した。
その後大挙してやってきた保安関係者に適当な理由を繕って納得させ、けが人を搬送し・・・あっという間に1日目は過ぎた。
爆発した発電塔も手痛い損失だったがそれ以上に2人を深く悲しませたのは、あの巨大岩―――コミュエルを作ろうと思い立ったあの夢を見せてくれた巨大岩―――が、何故か発電塔の中に投げ込まれ粉砕されていた事だった。
これは処刑なのだろう。
自分達がやっていた事は間違っていたのか・・・?
自然と仲良くなどと思うのは人の傲慢なのか?・・・エル!答えろ!!
もちろん、彼らは知らない。
永遠に知る事は無い。
精霊王がこの自家発電塔で何をしたかなど。
その日ルーパス一帯に降った雨や雹の中に、細微な塵と化したあの巨大岩があったことなど・・・