第二十四章 首都ルーパスへ3
精霊はそもそも自然の中から湧き出るささやかな霊体でありその力はこの地上の天地自然の枠を超えることはない。
その長たる精霊王の力もまた、結局はこのささやかな霊体に寄るところであり、この星の安寧の為に膨大な数の小エネルギーを駆り集めて莫大なエネルギーと成し、異常事態を収束させていた。
人の手に落ちた精霊王はこの非常時の力を常時出すように調整された。
そして人はその膨大にして多彩なエネルギーを人工的な環境下に閉じ込めさらに増大させる事を思い立つ。
その人工的環境とは、星の表面には存在しないマントルの圧熱や宇宙空間の重力そして超低温。
この100年、その間に徐々にテクノロジーは進化しここ近年ではさらにそれが加速され、その特殊環境の中にささやかならざる霊体を生み出し人々の暮らしを向上させた。
そしてキリーク110年目にしてエル解放。
それとともにその特殊環境も消えた。
外部に放り出された荒ぶる異端の精霊はあらゆる所に駆け回った。
自らが今までどおり生きていける場所を探して・・・
そして人間もまた。
地上ではユリカゴの爆発を知った者達―――すぐにその現状を把握し、ユリカゴ内に勤務する者の総員死亡とエネルギー炉の喪失および原資である精霊王の遁走を把握した者達-――はすぐに行動を起こした。
今まで点検だけされて使われていなかった予備炉に火が灯る。
異端の精霊達はその身を自然界に飛び散らせ天を掻き地を削り海を焦がし消滅していった。
人間達が安全と言える炉を作る為に試運転を繰り返すうちに“それ”が、集まってきた。未だ異常なエネルギーを持つ大精霊の生き残り達が。
エネルギー再創生の準備は着々と進んだ。
ただ、それにはどうしても必要不可欠な装置が欠けていた。
精霊王エル。
この全精霊種を把握し協調させ分断し配合するシステムはどうしても開発できない。
もちろん大精霊のいずれもその役割を担うスキルが無い。
そんな時に代替品を発見した。
ナーノである。
バスコーが拡声器で話しかけ、それに答えた事で異端の精霊達に気づかれたのだ。
こうして・・・人と自然の協調により大いなる未来を再構築する足がかり、第二のユリカゴが宮殿の地下で完成した。
*****
「どうぞ。お隣のマウランさんからの差し入れです。お食べ下さい。」
夜まで続いた作戦会議は蓄電池を使いきり灯りが消えたところで一端途切れ、エルがハリーの言いなりに雷電を引いてきそうになり大混乱。近くの草原にでかい雷が落ちて収束した。
結局翌日早朝よりあらためて会議という事になり、只今次の日の朝である。
3人の前にエッグトーストとボイルポテトが乗った皿と淹れ立てのお茶が並ぶ。
「さてと・・・蓄電終了まであと1時間ありますからその間に食事して撤収準備ですね。工場に寄って完全充電させてもらってその間にもう一度知り合いに連絡入れます。」
「リック・ニイバーねぇ。真面目を絵に描いたような奴だったような・・・」
「そういう奴だった。俺の話を真剣に聞いててこっちが恥ずかしくなるよ。」
「恥ずかしいならおちゃらけなきゃいいのに。」
「それは㍉」
「ま、ハリーからおちゃらけ取ったれ何も残んねーけど」
「がるるるrrr」
「いいから静かに食えよ。」
しばらく黙々と食べる3人・・・いや2人。
「・・・・・・・・・・・・・エル様、お食べにならないんですか?」
うなずくエル。
よく考えれば昨日出されたお茶も口をつけることは無かった。
「やはりお口にあわないのでしょうか?」
エルはバスコーの方を向き、
「もし私がこれを美味と感じたらどうなるでしょう。」
そう一言言って部屋を出て行った。
「・・・・・・・・どういう意味?」
「さてね・・・要するに食べないって事だろ。2人で分けようぜ。」
うなずき1人分を2人で分け合いエルが置いていったナゾ賭けを頭の中で考える。
2人にとって目の前の精霊王エルは本意であろうが不本意であろうが肉体を持っている。
である以上、その為の食事は必要だろうと思われる。
そして彼はキリークの国王の忘れ形見。
即位こそしていないがキリーク第5代王であり精霊王でもある。
粗相がないように扱っているつもりだが、やはり何か失礼なことをしたのだろうか?
食事を終えると2人そろってエルを探しに外に出た。
「あそこだ」
1km程先の林が未だに朝もやがかかったままだった。
急いでそこに向かえば果たしてエルは霧に濡れたまま木株に座っていた。
「エル様。」
「お風邪をひきますよ。」
2人が声をかけると背を向けたまま
「私は精霊の長だ。」と、応えた。
「判っていますが・・・身体は人間でしょう?」
「だから困るのだ。この身体の方と話すが良い。」
「?」
身体の方と話す?どゆこと?
「エル様?」
語りかけると向こうを向いていた身体がこちらを向いた。
「エルではない。」
金の髪に緑の瞳はエルのままだが、雰囲気がまるで違う。
言ってみれば迫力が無くなりどこにでもいる普通に顔立ちのいい青年だ。
「では何とお呼びしましょうか?」
「・・・アルフィード。」
「わかりました、アルフィード様。私がバスコーでこちらがハリーです。」
「知っている。エルが知っていることをわたしも知ることが出来るから。」
「という事は・・・聖骸霊録とかも知ってるんですか!?ベルーシアンとか判ります?」
「まてっハリー!今は優先順位の高いほうから質問しよう。」
困り顔のアルフィードと空気の読めないハリーの間に割って入ったバスコー。
「アルフィード様、食事をしないでお体のほうは大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ただ、調理し味付けした食事を食べることは禁じています。」
「禁じている?貴方の意思で?」
うなずくアルフィード。
「精霊王の為に。」
「なぜ?」
「それは・・・私に感覚があり感情があるからだ。」
何だか哲学くさくなってきた・・・やばいぞと警戒するハリー。
「五感と感情に振り回されるのは人の業みたいなもんだし、昔から哲学やら文学の命題みたいなもんですが・・・、では、アルフィード様、あなたは精霊王に付き合って人が普通に食べている食事を拒否しているんですか?」
「ええ。」
「せっかく人の身でこの世に生を受けながら」
「おい、ちょい待てってば・・・では何を食べているんです?それとも食べる必要は無いのでしょうか?」
「これです。」
アルフィードは何の躊躇も無く足元の土くれを掴んで口に入れようとした。
「わぁぁぁ!!」
思わずハリーがその手をつかんで止めさせたが、よく見ると彼の顔にはすでにうっすらと土がついていた。
食べたんだ・・・
手を離せばアルフィードは苦笑いしてその土くれをそのまま足元に落とした。
「川や雨で喉を潤し土や木で腹を満たす。劣情は風が慰め喜怒哀楽はこれが受け止めてくれる。精霊王に殉じるわたしが己に許しているのはここまでです。」
『!』
2人の目の前でアルフィードが取り出したもの―――その白い布はあの日のソフィアが着ていた純白のドレスの一部だった。
特徴のあるレースが無残に引きちぎられ冬の枯葉のように生地に張り付いている。
アルフィードはすぐにそれを懐に戻し、2人に向かい静かに質す。
「もし、川の水を汚濁と感じ雨風を厭うとしたら・・・わたしが感じるままにエルが感じ感情が芽生えたら世の中どうなると思いますか?」
それは・・・まずい。
人の感性では腐毒醜穢と思うものでも自然の中では重要な役割を担っているものである。
「わたしにかまわないで下さい。特に女せ」
アルフィードは突然口をつぐんだ。
特にじょせ?
そのままスッと立ち上がると、静かに土を踏みしめて2人の横をすり抜け山の小道を降りて行った。
そこにアルフィードはすでにいなかった。
山から家に帰って来たものの毒気をぬかれたような気分で2人は車に荷物を載せ出発の準備を終えた。
「お昼、どうしよう・・・新鮮な川の水でもさし出しゃいいんだろうか。さすがに水溜りじゃ不敬だよな?」
「お前の発想にゃ本当になぐさめられるよ・・・」
ハリーの真剣な顔を見ながら頭を抱えつつ笑うバスコー。
その足に軽く蹴りを入れるとハリーはやけくそ気味に「さあ、乗ってくれ!」と怒鳴った。
一行はコミュエル工場へと向かい走りだした。