第二十三章 首都ルーパスへ2
ハリーは運転しながらバスコーが宮殿で精霊達に襲われた状況やそこにナーノが居たことを知った。
おぞましい話だ・・・ハリーの中ではナーノの身体はすでに砕け散り石の残骸になっていた。
また、精霊王エルの目下の問題:その身体からの解放についても聞かされたが、件の自殺まがいの肉体解脱法を聞かされると、車をいったん停止させ、
「その身体は・・・あなたのその身体はヴァレリオ様とソフィア様がこの世に残したものなんだ!それを・・・。無茶苦茶しやがるのはやめて下さい!自分の身体を粗末に扱うなんてとんでもない。ソフィア様が草葉の陰で泣いていますよ。」と、懇々とエルに諭した。
効果の程はわからないが、エルはじっと聞いている。
ここはルーパス中心部から60kmほど離れた位置にある農耕地帯。
幹線道路から脇道にそれて程なくレンガ造りの瀟洒な家が見えてきた。
車はその駐車場へと吸い込まれていく。
バスコーも二度だけ来た事があるが物置小屋としか使っていないハリーの別荘である。
中に入ると意外にきれいに片付いていた。
家にあふれていたコザガラの資料を大学に寄付したせいだろうか。
大学は爆発と共に建物が崩れ、3年経った今も資料はがれきの中だった。
「適当に座ってくれ。」
客間は大きくはないが品の良さがそこそこに伺える。
座るとすぐに一枚のFAX用紙を手渡された。
地元有志による新聞の記事と政府の広報が印刷されている。
宮殿の電力が回復した旨と、宮殿は相変わらず人が入れない状態なので近づかないようにとの警告と、それに絡んだ10件あまりの変死事件・・・
「2日前に来たFAXだ。最近夜になると煌々と電気が点くそうだ・・・昔のままに。どう?オカルトチックだろう?」
「・・・いるな。」
「精霊のいたずらか?」
「う・・・む。いたずらにしては仰々しい。意思を感じるね。」
「人を驚かそうとして?」
「そんな可愛らしい妖精みたいなものならいいんだけど。」
バスコーが左腕で丸テーブルの端をコツンと軽く叩いた。
木に石が当たる乾いた音が響く。
「うっ・・・だな。」
好戦的で嗜虐的。そんな性格の大精霊達が宮殿の中で活動を始めたのだ。
部屋の向こうから蒸気の音がピーと聞こえた。
やかんが沸いた音にハリーが急いで出て行く。
「エル様?」
ずっと静かにしていたエルに目をやると、どうも顔色が悪い。
「車酔いですか?窓を開けましょうか?」
言いながら出窓を開けると風が静かに入ってきた。
それは部屋の中を軽くそよいで、エルの髪をふわりふわりと撫で上げながら精霊王にまとわりついている。
精霊か・・・もうこの程度じゃ驚かん。
エルが手を上げその風にキスをすると風は一瞬乱れた後収まった。
バスコーは何か見てはいけないものを見てしまったようないたたまれなさを感じ、まだ来ない扉の向こうのハリーに顔を向けた。
*****
「これが今のところ宮殿関係でそろえられる資料です。工場に寄っていただければ最新情報を漁る事が出来ると思いますけどね。」
卓上にはまず宮殿内部の見取り図が置かれた。
ヴァレリオ王結婚の際、マスコミがすっぱ抜いた宮殿内部の見取り図なので、婚儀を行う宮殿内の大聖堂がやたら詳しく紹介されている。
素晴らしいことにその見取り図は宮殿の1階全ての部屋の位置を正確に描いていた。
そしてもう一つ。
藁半紙のような粗悪な紙に手書きされた、その地下にある予備電力に関する簡単なレポートが2枚。
図解された炉は2つ。
一つ目の炉は火力であり二つ目の炉は水風力である。
それがどちらも大容量蓄電池に接続可能な状態であるという。
また火、水の余剰分はそのままインフラとして熱・水道への供給源として使用できるらしい。
いずれも以前はユリカゴが在るのが前提のシステムだった。
緊急時に宮殿内の電力・熱・水を10日間程供給出来るいう代物だったのだ。
今はこれらが独自に機能出来るように改造されたという。
最後に出されたもの・・・こちらは情報だけだ。
宮殿から程近くにあるいくつかのホテルにぽつぽつと―――集めれば100人程度の人間が滞在しているという。
それは爆発の直後に人が街を捨て、逃げられなった者が自家発電機能を持っていたホテルに避難し、そのまま居ついたのかと思われた。
いや、当初はそのような人達にまぎれていたが3年経った今でははっきりと彼らの特徴が浮かび上がっている。
彼らはエネルギー関連技術者。全てユリカゴに関係していた者達だった。
*****
「我、精霊王よ。おはようございます。」
窓に打たれた板は剥がされ朝の日差しが深く差し込む謁見の間。
内装の崩れた壁は元通りに直され、床も塵一つ無くきれいに磨き上げられている。
だが部屋の上座に備え付けられた玉座は以前の惨状のまま大きく崩れている。
そして今、その玉座には足を組み両手を肘掛けに置いた少年とその前にひざまずく老人が一人・・・
少年は老人から挨拶を受けても一言も声を発することもなくただ人形のように座っている。
その顔はうりざねの上品な顔立ちだが、服装は妙にけばけばしく、緑と淡いオレンジの上質な毛織によるダブルジャケットに首元から赤レースがのぞいている。
レースで覆われた胸は呼吸をしている様子も無く、肌は血の気が引いたように白く、目は閉じたまま顔の表情も動かない。
しかもその髪は老人のように白く、後ろへと流されて背後に落ちる。
それが異端の精霊達の王、精霊王ナーノの姿だった。
彼は生きているのか死んでいるのか・・・
ナーノは玉座と同化してしまったかのように動かなかった。
かたや、ひざまずく老人は白衣を着て弱々しく膝を折り新しい精霊王を崇めるような眼差しで見つめている。
ファーゴ・ナント・ウェルナル。
齢78の高齢ながらこの不自由な宮殿での生活は早2年目。
その人生をユリカゴにほとんどつぎ込んできたこの老人は、爆発の1週間後には混乱と緊迫状態の宮殿に入り込み、その地下でとある仕事に専念していた。
そして太陽が謁見の間に差込み始める頃になると、必ずナーノ―――新たな精霊王の元へと朝の挨拶に訪れるのだ。
もちろんメンテナンスも兼ねて。