第二十二章 首都ルーパスへ1
宮殿で大精霊に囚われたナーノの話を聞き、精霊王エルは再度首都ルーパスへ行くことに決めた。
呪われしあのヴァーウェンめが我力を利用して建てたあの城へ!
バスコーはエルに策があるのかと尋ねたが、何も答えない。
精霊の信条“為るがままで在れ“では絶対に負けると何度も言ったが、どう受け止められたかさえその表情からは解らなかった。
バスコー自身の記憶を総動員して聖骸霊録を始め今まで読んだ書物に、今回のような大精霊と戦うなどという例があったか考えたが、残念ながら記憶に無かった。
では
精霊王が負けたという話は?
その記録は残されている。
やはり人が作った妖都ベルーシアン。そのベルーシアンの守り主ゲロードンという人造怪物に負けて、頭は空へ腕は雲へ銅は木へ足は山へと四散した。
その日の夜から星の位置も日の出の時間もがらりと変わり、全世界的に異常気象が起きたという。
それらしい大異変の痕跡が2億年前の地層から出ていて、大量の生物絶滅が確認されている。
負けというより相打ちだ。
もちろん聖骸霊録研究者のはしくれでもあるので当事者のエルにその時のことを聞いたが「知る必要はない。」と、取り付く島もない。
だが、精霊王がいなくなれば天変地異どころではすまなさそうだ。
非常に困る。
正直、俺が生きてるうちにはそれを目にしたくはないなぁ・・・と、バスコーは溜息をついた。
*****
エルはバスコーと共に山を降りる事になった。
当初、エルが単身キリークの宮殿に直行するのかと思ったが、コザガラと何やら長い話の末にバスコーと共に降りる事とあいなった。
肉体があるとはいえエルの身軽さは尋常ではなく、何も言われないまま手を取られ崖から眼下の山道に飛び降りた時は「無理†心中」の4文字がバスコーの頭の中を駆け抜けた。
地面に激突する前にエルが軽く・・・こぼれ落ちそうな花びらに手をかざすような手つきで受け止めてくれたが、腰を抜かしたバスコーはしばらく動けなかった。
そんな調子で渓谷から里までほぼ一直線で・・・曲がりくねった山道を歩けば2日かかる道をたった10時間で降りてきた。エルだけならその半分で来たかもしれない。
コザガラ関係のおかげで山登りは自信があったバスコーもさすがに目が回り、里についてハリーに電話を入れベンチに座ったとたんに疲れで立てなくなった。
「こうした方が楽だろう。」
エルが席を譲ってくれて横たわるようにうながした。
とてもありがたいがその所作は優雅で・・・どこで身につけたんだと訊いてみたくなる。
よく考えればキリーク王結婚から逆算してみると、この王子は13歳。
下から見上げる精霊王はどう見ても青年。宮殿の天井に居たナーノは少年だった。
こんなに成長の差があるものだろうか?エルのせいなのか?
「貴方は疲れないのですか?」
「この身体は人として常に健康体に保たれるらしい。」
「無意識に?」
「ええ。」
「うらやましい・・・」
「そうかな?なかなか難しいぞ。」
「そうですか?」
「この肉体から解放されるべく考えうる事をやってみたが、結局無駄に終わった・・・」
「え?肉体から解放されるとは・・・?」
「ああ、少しでも早くこの肉体から出ねばならないんだがなかなかうまく行かない。滝つぼの中で一日中水づけでいたこともあった。アリア山の火口に落ち全身焼いてもみた。人に頼んで首を落としてももらった。しかし、滅と生が同時に起こるだけ・・・わずかに老化したのみでこの肉体はなかなか朽ちぬ。」
「・・・」
な、なんだ?なんだこいつは?俺が手を引かれていた相手は不死身でしかも自殺願望者か?身体を愛しむ事の無い奴だったのか。そりゃ崖から落ちるし水に沈むのにも躊躇しないはずだ。
よく生きてたなぁおいら・・・。と、ますますぐったりしたバスコーにエルの顔が近づく。
「なんでしょうか?」
「おまえはコザガラに気に入られている。」
「えっそうなんですか?」嬉しいことを言ってくれるじゃないか!顔は気に食わないけど。
「ゆっくり休め。我はここのものと話をしてくる。」
エルが額をなでるとバスコーは深い眠りに落ちていった。
*****
バスコーは人の話し声で目がさめた。
もう使われなくなったバス停のベンチは、屋根があるという事で休憩場所になっているらしい。
縦に長いバスコーを邪魔そうにしてベンチの端に腰かけた女の子3人の声が非常にかしましい。
「私はそこにいただけなのよ?ちょっと見かけただけだかんね。」
「うん!わかってっからその先言って!」
「じらさないで早く!」
「その人がね三叉路のところから山の道に入ってったのよ。」
「「うん」」
「そしたら山がいきなりどかーんって!」
「!」
聞いていたバスコーがびっくりした。あいつの話に違いない。
「あ、それでか~!」
「温泉が出た時に偶然通りかかったみたい。すごいびっくりして動かなかったもん」
『それびっくりしてませんって』
「んで、人が集まってくる前にどこかに行っちゃった。」
「すごい美形だったんでしょ!」
「どこかの王子様みたいだったよ~!」
『ここの国です』
「「「!」」」
???
静かだ・・・何故?
ひんやりとした指が額に触れ、全てを悟ってバスコーは目を開け起き上がった。
噂の王子様がいた。
「ハリーが来たんですね?」
無言でうなづくエル。
バスコーは急いで立ち上がり急ぎ足で歩き出した・・・が、ふとエルを見ると女子学生の固まりを見つめて立っていた。
もちろん女子学生もエルを熱く見つめている・・・まずい!
「さあ。見世物じゃないんだから行くぞ!」
どちらへというともなしに怒鳴ると、エルの手を取り強引にその場から離れ、道なりに急ぎ歩けばハリーの車が近づいて来た。
*****
「バスコー!」
車を傍らに止めると転げ出るようにハリーが降りてきた。
半分安堵し半分激怒の真っ赤な顔でバスコーの元に歩いてきたハリーは、いきなり突進して来たかと思うとおもむろにバスコーの左手を取った。
「おまえ!これどうしたんだ!?大怪我しやがって!あれ?えっ?これってまさか精霊にやられたのか!?」と質したが、バスコーが答える前に
「痛そうだが大丈夫か?いや、そうでもないか。ここから先は感覚無しか?」と、コンコンと軽く大理石を叩く。
「俺もいろいろ見たけど、こんなすごいの初めてだ。これ重くないか?左手にトレーニング用の鉄輪つけてるようなものだな。断面で結晶化かぁ、こう言っちゃ何だが綺麗な仕上がりだ。かなり上級の精霊だな・・・・・・・・・あ、バスコー?」
思考が一区切り付いたようでようやくバスコーの顔を見るハリー。
「ん?」
「義手要る?要るよな。これなら。ちょっと義手屋に電話して予約入れてくる!」
「まてい!ハリー!!」
いいかげん隣に立ってる奴に気づけよ!と心の中で毒づきエルを示す。
ハリーは、ああ、と今気が付いたような表情でエルに一礼した。
「はじめまして。コミュエル製作所のハリー・クロノティと申します。すいませんが、取り込んでおりますので後ほど改めてご挨拶させていただきます。」
流れるようにそれだけ言うとくるりときびすを返した。
「ハリー!エル様だぞ!!」
・・・きびすを返したその姿勢でふたたび180度反転したハリー。
「え?」
「顔見りゃわかるだろ。」
・・・ああ・・・本当に・・・
「お母様のソフィア様に似ていらっしゃる。」
「・・・」
エルの無言が痛い・・・バスコーは場の空気を変えるように大きめな声で目的を伝える。
「キリークの宮殿に行く予定だ。詳しくは車内で話す。」
「!・・・そういう事なら、こちらも宮殿がらみで教えたいニュースがある。とにかく我家に行こう。」
3人は車に乗り込んだ。