第二十章 バリケードの奥2
バスコーは柄にも無く気絶してしまったらしい。
すぐに覚醒し、上を見ないよう這うように謁見の間を出るとエントランスルームまで続く長い廊下に出た。
そこは窓に板が張られているものの漏れた陽の光が床に柔らかな明るさをもたらしバスコーを冷静にさせた。
・・・どうする?
心臓がバクバクしている。軽いショックでも死ねそうだ。
だが脳は、いろいろ知りたいから引き返せと言っている・・・
・・・・・・・ま、俺って心臓強いし。
バスコーはもう一度謁見の間にもどった。
天井に懐中電灯を向けると確かに子供の身体が天井に張り付いている。
平民のような服を着て下に向かって恐怖の表情をうかべたまま天井に張り付いている。
・・・だが、それはどう見てもリアルなだけの石像だった。
ナーノに似ているとはいえるけど・・・
ふぃ~・・・長いため息をつくバスコー。
・・・焦って損した。
バスコーは荷物の中からコミュ☆エルを出してシールはそのままにイヤフォンと拡声器を使って話しかけてみる。
「もしもし?ナーノ?」
・・・反応なし。うんうん。そうだろうよ。ま、使い方が間違ってはいるけどね。
バスコーはついでとばかりに謁見の間にある石ころや布を片っ端からコミュ☆エルにかけてみた。
やはり嘆きの声ばかりである。
そして、これを最後にしようと決めて砕けた王座に向かう。
「こんにちは。僕の声が聞えますか?」
「・・・・・・・・・」
雑音が多い。コミュエルに付いているチューニングをいじってみる。
「もしもし?」
「ガガガ・・・グウ・・・ゥゥゥゥ」
あっ? えっ!?
バスコーは瞬間的に王座から跳び退った。
コミュエルのシールはそのままにイヤフォンは耳から抜けて玉座に当たりカツンと軽い音を響かせた。
と、玉座の周りがぼやけて見える。細かい砂埃が玉座を取り巻き、床が細かくゆれている。
椅子に取り残されたコミュエルのイヤフォンが跳ねた形で石になっていた。
石化の力。
強力な地の精霊がここにいたのだ。だからあのバリケードだったのか!
では頭上にある子供の石像は・・・
突然バスコーは玉座の向こうにあるドアに走り出した。
そこはもう砂が天井まで舞い上がり向こう側が見えない状態だったにも関わらず・・・
だが、バスコーは自分の勘を信じた。
バタン!!
勢い良く木製のドアが開いてバスコーは質素な木造の廊下に転がり出た。
後ろの謁見室で何かが天井から落ちたような派手な音がして思わず「ナーノ!」と、叫んだが、勿論助けに行く事など出来はしない。
バスコーは猛烈な勢いで廊下を駆け抜けた。
他より床下が一段高い北の廊下に入ると足元から立ち上がる妖気が弱まった気がした。
少し余裕ができたので歩調を緩めて壁の裂け目に向かう。
まずい状況だ。生きて帰れる気がしない。
ハリーに繋がるかどうか確かめるべく長距離レシーバーをオンにしてみる。
中継機材を積んだ車とは距離があるがどうだろう・・・
「もしも~し」
反応は無い。
レシーバー片手に壁の割れ目からようやく宮殿の外に出た。
と、鼻先をヒュンと風が駆け抜けた。
「うお!」
咄嗟に壁にピタッと張り付くとつむじ風が ヒュルン ヒュルン と駆け抜けて行く。
姿勢はそのままで目を風上に向けてみれば風の壁が向こうからやってくるのが見えた。
すぐに壁の割れ目に戻ろうとしたが壁にかけた手が急にガクンと抵抗した。
見ると左手が石となって壁に同化している・・・ぞっとして右手の力が抜け・・・
手にあったレシーバーが地に落ちてバシッという音と共に青い光を放った。
ありえない・・・が、バチバチと放電し続けている。・・・精霊!?
左手の石化で壁に貼り付けられたまま、風の壁が近くまで来た時、バスコーは己の手首が砕け、手だけがここに残る様を想像し恐怖のあまり絶叫した。
「たすけてくれー!コザガラ様ーーー!!」
耳がキーーーンと鳴り体中に稲妻が走った。
身体が激風に飛ばされ宙に舞い左手に激痛が走った。
もしバスコーに精霊が見えたなら、自分が強大な風の精霊・地の精霊・そして雷の精霊に取り囲まれていることに戦慄しただろう。
この精霊たちは他とは違う特徴を持っていた。
それは精霊王の身体から抽出され人為的処理で作り出されたエネルギーのよどみ・・・言ってみれば自然界の精霊と人工操作のコラボレーションで創造された異端の精霊だった。
それがあの日、ユリカゴの制御から開放され、もちろん精霊王エルの制止など訊く筈も無く、首都ルーパスをはじめキリークをその周辺諸国を、そして全ての精霊を巻き込みながら蹂躙していったのだ。
しかし彼らには結局自然界のどこにも居場所がなかった。
最高テクノロジーの残骸の中や建物の中・・・とりわけキリークの宮殿内には強大な精霊達が淀むように棲み付いたのだ。
宙に持ち上げられたバスコーは急に失速し地面に落ちていくのを感じた。
しかも地面は波立ちそこから水晶のように鋭い突起物が突き出て来るのが見えてしまった。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁ」
*****
「?」
バスコーが目覚めると、そこは美しい森の中だった。
空には白い雲がゆっくりと流れ、地面には丈の短い草や白い花が咲いている。
周りには緑したたる潅木がサワサワと優しい音をたて、遠くから小鳥の鳴き声がかすかに聞えた。
あー・・・死後の世界か。
呆気ない幕切れだったな俺・・・あああ左手、こんなんになっちゃって・・・死んだ後でもなんとなく痛みがあるのはまだ死んだばかりだからだろう。
ハリー、俺の遺体を捜しにあそこになんか行かないでくれるといいんだが。
バスコーは立ち上がると以前読んだ“死後の心得“という本を思い出していた。
あの中では、お出迎えの人が来るとか書いてあったような・・・
その前に自力で川を探してその上流に向かわなきゃいけなかったかな?
バスコーは近くの小川をたどってやがて大きな川にたどり着いた。
「あれ?ここ・・・」
川に出て視界が開け、遠くの山が見通せた。
見覚えがあるぞ・・・というかあれはトンガリ山?ここシャール渓谷の支流じゃないか!?
川の水がジャバッとはねた。
水量がもとに戻っている証拠だ。よかったなぁ・・・と思ったつかの間。
川の水が噴水のように立ち上がり人の形を作り出した。
精霊!!
バスコーは逃げ出そうとしたが「コザガラの使いですが!」といわれて立ち止まった。
使いは使いだけだったようで、とにかく渓谷まで行くよう指示だけすると、また川の流れに戻っていった。
えー、俺、重傷者なのに!(見た目ほど痛くないが)
バスコーは片手でヒイヒイいいながら夜になる前に見覚えのある場所―以前出会った巨大岩までたどり着きホッとして小休止・・・もとい爆睡してしまった。
濃藍が空を覆い、満月がおぼろに天空を照らしている。
バスコーは人の声で目を覚ました。
大勢の声が聞こえた気がしたが近くにいるのは2人。
一人は老人もう一人は青年。
なぜかどちらも見覚えがある・・・老人はコザガラだがその対面に座っている人物は誰だろう?
年の頃なら16・7か。
質素なローブを着ているが月光に映し出された顔は高貴にして秀麗。
この年頃の子で知合いは聖骸録関係しかいない。
だがこんな貴族顔の奴なんかいないし・・・こいつ誰だ?
バスコーはゆっくり近づき、2人に挨拶をした。
どちらも目礼を返しただけで再び2人で会話している。
しかたがないので2人の近くに佇むバスコー。
大勢が話しているように聞こえたわけだ。
2人の口からはまったく別の者達の言葉が次々に出てくる。
まるでラジオだ・・・こんな事が出来る時点で人じゃない。
そもそもコザガラの方が少し控え気味に見えるんだが・・・あっ!
ようやくバスコーはその青年が誰か判った。
妖精王エル・・・!