第十九章 バリケードの奥1
身体があるというのは、はなはだ煩わしい事よ・・・
エルは手にした白い布きれをもてあそびながら思う。
この思考するという行為もこの身体にひきずられての行為。
どうすればこの肉体から解放されるのか・・・
あの人間、ナーノにもう一度会いたい。
我と同じ肉体がこのよどむ状況に変化をもたらしてくれるはずだ。
どうしたことか、どこに居るのかがわからない。
わからない・・・
*****
ルーパスからハリーに連絡し終えたバスコーは、宮殿の入り口に張り巡らされたバリケードを眺めた。
『入れないな。こりゃ。』
今度何時来るか判らない。あまり居心地の良いものじゃないがきっちり見ておきたい。
バスコーは宮殿の横に回って高い塀が延々と続く道を歩いてみることにした。
多分この季節であればそこには緑が生い茂り花が咲き乱れていた事だろう・・・
ああ・・・つらい!
この想像力は邪魔!
・・・・・・・・・・・・・・・・・おんや?
これはこれは・・・壁が崩れていらっしゃるじゃないか。しかも大きな亀裂あり。
俺でもいける!
崩れた外壁にはロープが張っていたがそんなものは目に入らなかった・・・事にして、バスコーはずんずん中に入っていった。
外壁はもちろん宮殿の壁まで大きく穴が開き、銀色の破片が地面のあちこちで光っていた。どうやらユリカゴの外壁が落下して直撃したのだろう。
宮殿の中に入ると、バスコーは荷物の中から懐中電灯を取り出した。
カツッ・・・カツッ・・・カツッカツッカツッカツッカツッカツッ
靴音がやけに耳に付く。いっそタップでも踏んでやろうかと思いながらバスコーは北の廊下を歩いていた。
一つの扉を開くとそこは通路の交差空間らしく、正面と右へそれぞれ階段が降りている。
右に進むとやがて庭に出た。
全ての花木は枯れ果ててその上にユリカゴの残骸が突き刺さっていた。
なんという寒々とした芸術作品だろう・・・バスコーは荷物の中に仕込んだカメラでこっそり撮影した。
もう一度交差地点に戻り別の階段を下りてみる。
そこは使用人専用の裏廊下らしく、壁の造りも簡素で実用性重視とありあり判る。
バスコーは手近にあったドアを開けてみた。小さな食堂である。
次のドアは?うーん・・・庭への抜け道と見た。
お次は何だ?次は?今度は?
バスコーは次々と開け、あるドアを開けて固まった。
そこは謁見の間だった。
バスコーはしばらく入るか入るまいか思案した・・・が、何も考えずに行こう!と考えドアの中に入っていった。
床を赤に染めた近衛兵達の死体も、壮絶な死を迎えた王の亡骸もすでに部屋には残っていない。ただ・・・砕けた王座だけがあの時のままだった。
バスコーは王座に向かい身を正し喪の礼をした。
バスコーは、自分が12才の頃に街頭テレビで見たソフィアとヴァレリオの壮麗な結婚式の様子をふと思い出した。
どちらも王の血を継ぐものとしての威厳をたたえ、若さと気品に満ちていた・・・このような最期を迎えると誰が想像しただろうか。
バスコーは流れそうになる涙をこらえようと天井を見上げた。
「!!!!!!」
腰が 抜け ま した ・・・
何も 考え られ ませ ん ・・・
天井にはナーノの死体があった。