第十四章 謁見の間1
キリーク王国ルーパスに立つ白亜の館。
アルシュ王国の大使館である。
その広い館の一室に5人の人間がテーブルをかこんで朝の食事をしていた。
『これが最期の食事となるかもしれない!』
そう思いながらガツガツ食べているハリーをしょうがねーなーと温かい目で見ているバスコー。
その向かい側では出されたものを黙々と食べるナーノと野性味のある顔つきながら何を考えているのか判らない寡黙な男バリス。
そして上手にはソフィアが座り優雅な手つきでデザートにスプーンを差し込んでいた。
いつもと変わらぬ、いつもと違う、それぞれの胸の内。
これから3時間後にキリーク王国国王ヴァレリオと謁見する予定だ。
バリスは2日前ソフィアから直接言われた言葉を思い出していた。
「謁見は10分ぐらいで終わるでしょう。その後は塔へ上がり精霊王に会います。」
ソフィアはすでに確定済みの事のようにきっぱり言った。
そして、自分もそれを見越して算段している。
想定内・想定外を事前に考慮し各所に根回しをしたのはいつも通り。
だが心の中では聖源室への入室まで確信している。確信を持つ自分は冷静ではない・・・見落としは無いか?
表面上は機械的に食事を口に運びながら頭の中では複数のシミュレーションがめまぐるしく展開していた。
ハリーとバスコーは今でこそ食事を味わう余裕があるものの、キリーク王との謁見が確定した時から自宅に戻り、あることに没頭していた。
昼夜休み無く今まで溜め込んできたコザガラに関する研究を本にまとめ上げ全世界にいる聖骸霊録研究者に郵送したのが昨日のこと。
本にしたものも出来なかったものも全ての収集物と資料は地元大学に寄贈し、ようやく今日の日を迎えたのだ。
今までのように気楽にコザガラを追う暮らしが終わる・・・かもしれない。
なんとなく2人ともそう思っていた。
ナーノは辛目の味付けをした肉を食べながら誰かが近くにいる気配に苛まれていた。
それはソフィアのような気配、だけどソフィアではない。
父・・・だろうか。もうすぐ会えるから?
「あなたの父親はヴァレリオ王です。けれど王はそう感じてはくれないでしょう・・・貴方は精霊王の子とおなりなさい。」
まだ会った事のないヴァレリオ王・・・写真で見せてもらった彼の人は、白金の髪を後ろに流し青く鋭い眼差しと眉間に深い皺を寄せナーノを睨んでいる。
これが父さん・・・正直怖い。とても僕を認めてはくれないだろう。
でもいい。僕には母さんがいる。
ナーノにとって母ソフィアは絶対神のごとく神聖かつ心の寄りどころだった。
母さんがそういうなら僕は精霊王の子になろう。
そしてソフィアは・・・何も考えてはいなかった。そう。何も!
*****
謁見の間にはいつもより多くの近衛兵が配備されていた。
いや、謁見の間だけではない。
宮殿内部全てに準戦闘体制が敷かれていた。
5人が謁見の間に入るとそこには近衛兵だけで正面の玉座は空席のままだった。
『こ・・・殺される?』
ハリーは傍目にも判るほど臆してバスコーの袖をそれとなく掴んだ。
バスコーはそんなハリーを無視して先頭に立つソフィアの後ろを静かについていく。
ソフィアは首元から胸元まで白いレースに包まれ、そこから下は純白のサテンが腰までのゆるやかなラインを描いていている。
歩を進めるたびにドレスのドレープが赤い絨毯の上でゆるやかにひるがえった。
威風堂々。
胸を張り姿勢正しく先頭を歩くソフィアは王妃その人だった。
5人が玉座の前に並ぶと王が入室してきた。
写真で見るより老けて見える。
ヴァレリオ王は今年40歳になったばかりのはず。
やはり眉間の深い皺はそのままに鋭い視線は冷厳より猜疑の色が濃い。
王の入室と共に膝を折りその場に控えていた5人にヴァレリオは一瞬目を向け玉座に座ると傍らの侍従が近づき何かを耳打ちする。
本来の謁見では相手側の名前を読み上げ一人ずつ王へ紹介するのだろうがそれを簡略化したのだろう。王は頷き左手を上げて下がらせた。
しばらく沈黙が続いたが最初に口を開いたのはヴァレリオだった。
「ソフィア・・・成程、聞いていた以上によく似ている」
「わたくしは生き返りました」
ヴァレリオは立ち上がりソフィアに近づき顎をつかむとそのまま上に引き上げてソフィアを立たせた。
しげしげと顔を覗くと顎から手を離し数歩下がってまた上から下まで執拗に見る。
ヴァレリオはソフィアの死を確信していた。
10年前に変形変色してしまったソフィアの亡骸を石棺に納めたのは自分だ。
アルシュ国王の親書が届きソフィア生還の報を受けた時には乾いた笑いしか出なかった。
何かの思惑を持った偽者だと・・・だからこそ直接謁見することにしたのだ。
「エルの力か?」
「ええ・・・それとあなたの力です。」
「わたしの?」
「貴方がわたくしに会いたがっていたのです。」
王の顔がぐしゃりとゆがんだ。
「は・・・ははは、馬鹿な。君になんか会いたくもないし顔も見たくない!ましてや生き返ってなぞほしくもない!!」
「わたくしにはわかります」
「では墓に帰って静かに眠ってろ!」
王は剣の柄に手をかけようとした。が、ソフィアは臆せず祈るように手を組んで王に近寄った。
「わたくしを塔に。」
「エルか」
「ええ」
「あれをどうするつもりだ」
「本来あるべき所に戻します」
「今はここにあるのが本来の姿だ。あれなしに我々は生きていけるか!」
「それはあなたの都合でしかないわ・・・精霊王の言葉を聞いて。」
「精霊王の言葉!?」
ソフィアは王から離れナーノに立つよう促した。
10歳ほどの品のいい少年。
その姿は中央塔に閉じ込められたわが子をどことなく思い出させた…エルが乗り移っているとして閉じ込められたままのわが子を。
「わたくしが地に下りた時に生まれた貴方と私の子ですわ。」
「・・・・・・・・・名は?」
「ナーノ。」
「ナーノか。人か精霊か?」
「人です。」
初めて聞いたナーノの声は少年らしい少し高めの声。
だがそれはすぐに変わった。
「全ては変わる。螺旋を描いて・・・」
精霊王エル。
王は総毛立ち後ずさった。が、すぐに背筋を伸ばし目の前の子供をねめつける。
「我々も着々と変わっています。ここ数年の進歩は目覚しいもので平均寿命も毎年伸びている。幼児の死亡率に至っては1桁の数字です。産業・工業・医療すべてがこの数年でどれだけ向上したか。」
「その変化はまもなく終わる。おまえのために螺旋は上へ駆け上がった。そしてその回転は内へ向いている。」
「何を…我々はこの地上に平和と安定をもたらします。それまで進み続ける!そのためには精霊王の力がどうしても必要です・・・あの力が無くなればまた貧困と疫病におびえなくてはならない。私がこの国の人々にそんな生活をさせられると思うか?」
「あなたの望みと我望みは違う。王は国を見ているが我は星を見ているのだ」
「視野が狭いとでも言うつもりか・・・何と言われようとかまわん!」
王は右手を上げた。
それは全ての牙への合図。
王に忠実な戦士たちは一斉に5人に襲い掛かった。