第十一章 アルシュ王国6
12年前、第一王子フェルーンは弟を斃し王位についた。
しかし即位の後も王位継承権争奪の余波が残り宮中の貴族間に対立の空気が色濃く漂っていた。
その半年後にアルシュの南部から希少価値の高い金属の大鉱脈が発見されたのだ。
フェルーンはそれを手にキリークに接近した。
それより5年ほど前、キリーク王国はユリカゴの位置を1kmまで移動させるのに成功した。
その結果雷による発電が安定した為、近隣諸国に格安のエネルギー供給を提案、友好国が爆発的に増えた時期だった。
もはやそのキリークを中心としたエネルギー・経済同盟国の広がりは無視できないほどのものになっていたのだ。
結局妹とキリーク王との結婚をまとめ上げ、技術協定も締結してきた事で宮廷内ではフェルーンの評価が一気に高まった。
キリーク側にしてみれば大鉱脈の事もさることながら、アルシュ王国という歴史は長いが与し易い国に近づき、更なる経済発展の起爆剤にするという構想と、たかだか100年程度の新興国として他の国に軽んじられない為の布石を打っておきたかったという思惑もあって一概にフェルーンが有能だった訳ではないのだが・・・
キリーク王ヴァレリオとソフィア王女の結婚を契機にキリークの高度な機械文明がアルシュに流れ込みインフラ整備から始まって土木関係はもちろん他業種も多く勃興した。
アルシュ王国は高度成長期に突入したのだ。
国内が景気に沸いて庶民が王の手腕を賛美していた頃・・・フェルーン王による粛清が始まりつつあった。
そもそも弟王子を支持していた勢力はこの王子の性格“冷酷にして愚直“に反発していたのだが、国内の支持が絶大であるこの時期にその性格が表面化した。
フェルーン王即位の時には弟王子を擁立した貴族は家族を含め全て投獄された。
それを第一次粛清とするならば、第二次粛清の始まりである。
まず最初の犠牲者は父であるシャーデル王。
あまりの急激な経済発展は国にとって良くない。
緩やかな成長と国民全体の民度向上に努めろと事あるごとにフェルーンに注意を促したのが仇となったのだろう。
引退したにもかかわらず国政にしゃしゃりこんでくる父を宮殿の自室に軟禁し、以後一歩たりとも室外へは出さなかった。
やがてシャーデル王は足を患い床につき肺に水がたまって亡くなったのだ。
それからはフェルーンの思うがままに国政が動いていった。
例えば。
国内が景気に沸いた頃、平民の中には莫大な資産を手に入れた者が数多くいた。
その者達にその資産に見合う巨額の税金を課し、反発する者は公安局が再教育する事を徹底させた。
ただし、それが貴族主導を認められれば今までの税率を課せられるだけという。
いきおい貴商の癒着が蔓延。
平民に対し、許可書一枚書けばそれだけで大金が転がり込むこのシステムはすぐに貴族の中に組み込まれ、それまであった無骨にして高い矜持の伝統を破壊していった。
また、労働者不足で農民の離農が多発したが、法で農民が土地を離れる事を禁止した。
かと思えば王の思いつきで、一村一校を合言葉に全国に小学校を建築。
しかし学校に入れる身分は武以上という規則は改正されないままである。
当然、農村に建った学校はそのまま物置小屋となってしまった。
その他にも矢継早に思いつきのような勅令が下る。
その内容の根底にあるもの。
それは王貴武農工商の徹底・身分格差の鮮明化である。
そのため経済成長の恩恵は一部分にだけ莫大な富を生み出し、全体として格差が広まり、やがて停滞して行った。
そして宮廷内は・・・もっとはっきりと変化した。
以前あった貴族の責務を全うする思想はなくなり、絶対規則・絶対身分の徹底と金銭重視。
あるじの為に苦言を呈する者はいなくなった。
一つ上の階級の人間が右といえば右であり白と言えば白となる。
そして、その一番頂点に立っているのは・・・フェルーン国王である。
今や独裁者になった国王。
もしフェルーンがソフィアの首を刎ねよとひとこと言えば、誰も諌める事すら出来ないのだ。