第十章 アルシュ王国5
湯浴みが終わりサマーサが用意した衣装:白絹のドレスにアルシュ独特の民族衣装をデザインしたガウンをまとったソフィアが客室に戻ってきた。
その神秘さにリスターは思わずうめき声が出そうになりあわててソフィアの後ろに控えている妻に目線を移した。
サマーサは夫の視線を受け、こくりと頷いた。
やはり本人なのか。
リスターは軽く深呼吸するとソフィアに向かい2人の女性を紹介した。
「ソフィア様。この者達は私の信頼する騎士で、ゼナイ・ラン・ボレルとテレーズ・ラン・デュクロと申します。」
2人は騎士の礼をとりソフィアの右手にキスをした。
女性ではあるが武の者が持つ気骨を感じさせる良い顔をした騎士だ。
ソフィアが礼を受けくつろぐように言うと、ゼナイとテレーズは早々に護衛につく許しを得て、扉に向かい警護についた。
今後ソフィアがこの屋敷を後にするまで24時間護衛する事になる。
遅い朝食を終え、3人は丸テーブルを囲みお茶を飲んでいる。
窓は豪雨と強風にガタガタゆれ、時折雷が轟き窓が光った。
室内が暗いため蝋燭が持ち込まれ、仄暗い茜色が3人に柔らかな影をつくる。
口火を切ったのはリスターだった。
「ソフィア様は今後どうなさるおつもりですか?もし誰にも会わず静養したいのであればこの部屋をお使い下さい。田舎に隠遁したいのであればそのように手配します。」
「ありがとうリスター。でもわたくしはどうしてもしなければいけない事があるのです。」
「ご命令いただければどのような事であろうと我力の及ぶ限りの事は致します。」
「まずは、私の子供を呼び寄せたいと思います。」
「・・・ソフィア様の御子ですか?」
「ええ。名前はナーノといいます。精霊王の加護の元に生まれた子です。」
その子はキリーク王ヴァレリオの子なのか?
リスターの頭に浮かんだ大きな疑問。だがそれを口にするのは不敬すぎる・・・
「御子はお幾つでしょうか?」
「10才ですわ。正真正銘ヴァレリオとの子です・・・でも王は知らないと思います。」
「知らない?」
「わたくしですら最近ようやく会うことが出来たのですから。」
「いったいキリークで何があったのですか!?我々の所には10年前に王妃は身ごもったまま病死したという報告が来ましたぞ。」
リスターの声には猜疑の色が濃い。
「わたくしがユリカゴの中に入ったせいですわ。」
これには2人は絶句せざるを得なかった。
キリーク王国のユリカゴはいまや世界の宝である。
周囲の国でそのエネルギーの恩恵に預かっていない国は無い。
そこに入ろうとした?
いや、入ったというのか?
地上1kmの塔、その完全なるセキュリティーシステム。入ろうとして入れるものではない。
ソフィアのような何も訓練されていない人間が何故入れるというのか。
そして、10年前と言えばユリカゴが不安定になり一時的に停電が起こる事件があった時・・・
「兄から頼まれていたことがありましたの。」
その一言にエズバラン卿はうなるしかなかった。
10年前、ソフィアはユリカゴに進入し結局失敗してキリークを追放されたのだろう。
出産した子は引き離され、ヴァレリオ王はその出産さえ知らされずにいたのか。
ソフィアの言葉に小さなそして重大な嘘があることも知らずに2人は納得した。
キリークで死亡扱いされたソフィアはそのまま隠遁していたが、この子と再開した事でアルシュに戻る決意をしたらしい・・・
「で、その御子はいずこに?」
「石垣外におります。その子には2人の守護の者が付いておりますのでこの3人をわたくしと共に置いていただけないでしょうか。」
「・・・承知致しました。通行証を発行しましょう。」
リスターはドアに立つゼナイを呼ぶと通行証の申込書類を公安局に取りに行かせた。
と、丁度その時ドアの外からテレーズが入室してきた。
サマーサに確認して欲しいことがあるとの執事からの伝言を伝えるためである。
サマーサが出て行き室内が2人になったところで、ソフィアの顔つきが変化した。
リスターもそれに気がつき身を引き締める。
「先程どうしてもしなければいけない事があると言いました・・・」
「はい。」
「元近衛師団副長エズバラン卿。」
「はっ!」
リスターは背筋を正し命令を待つ。
「わたくしを我兄にして現国王フェルーンの元につれておゆきなさい。」
ソフィアの命令は予想の範疇ではあった。が、それは・・・
「・・・ソフィア様。王の元に行かれた結果がどうなるか判っておられますか?」
「必ずしも悪い方へ転がるものでもないでしょう」
「いえ。貴方は今のフェルーン王を知らないのです。肉親の情で近寄ることはおやめ下さい。」
「・・・確かにわたくしは最近のアルシュの情勢を知りません・・・エズバラン卿、教えていただけますか?」
ソフィアは手にしているカップをテーブルに置き真剣な眼差しでリスターを見つめた。
「判りました。」
リスターはその眼差しから視線を逸らせ、天井を見つめながら出来るだけ完結にそして正確に国内の変化を伝えた。




