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役立たずと笑った勇者パーティ、診断通り全員壊れましたがもう手遅れです 〜私は新しいパーティで幸せです〜

作者: Lihito
掲載日:2026/05/21

酒場のテーブルで、追放を言い渡された。


「ミラが正式にパーティに入ることになった。回復の枠は一つだ。すまない」


勇者ゼルドが腕を組んでいた。金髪。真面目な顔。三年一緒にいて、この人が嘘をつけないことは知っている。だから余計に堪えた。


その隣でミラが申し訳なさそうな目をしていた。——でも口元の力が抜けていた。安堵が混じっていた。


(この子、本心では喜んでる)


知っていた。聖女ミラが来てから、私の仕事は目に見えて減った。


治癒魔法は速い。手をかざせば傷が塞がる。光る。きれいだ。この世界では治癒魔法が医療の主流だ。光を当てれば骨が繋がり、傷口が閉じる。誰の目にも分かる。


私の仕事は地味だ。薬を調合して、傷を洗って、包帯を巻いて、夜通し容態を見る。地味で、遅くて、光らない。


剣士のカイは壁にもたれていた。目を合わせない。魔術師のレナはカップを見ていた。


この一ヶ月、ミラは丁寧だった。丁寧に、一つずつ私の居場所を消していった。カイの膝の包帯を「私がやりますね」と替え、レナの頭痛薬を「治癒の方が早いですよ」と差し替えた。善意の顔で。善意の声で。ゼルドはそれを「連携」だと思っていた。


「足手まといだって言ってくれていいですよ。回りくどいの好きじゃないので」


ゼルドの顎が動いた。


「……すまない」


「分かりました。出ていきます」


荷物は昨日まとめてある。空気で察していた。


椅子から立った。


「一つだけ」


三年間、この四人の身体を見てきた。毎日そばにいて、薬を調整して、包帯を巻いて、体調を管理してきた。言わなかったことがある。そばにいたから言う必要がなかった。


でも明日からは、誰も見ない。


「カイ。右膝の靭帯、伸びかけてる」


カイが顔を上げた。


「二ヶ月前から踏み込みが浅くなってた。右足をかばって左に荷重が偏ってる。治癒魔法で痛みだけ消してるけど、靭帯の組織は治ってない。治癒は傷を塞ぐ魔法であって、すり減った組織を再生する魔法じゃない。放っておくと断裂する」


「は? 何言って——」


「レナ。魔力促進剤、飲み始めたでしょう。左のこめかみを押さえる回数が増えてる。肝臓に負荷がかかり始めてる。このまま続けたら半年持たない」


レナの手が止まった。


「ゼルドは問題なし。身体は頑丈。ただ二人のこの状態に気づいてない。それが問題」


三人がこちらを見ていた。


「適当言ってんじゃねえよ」


カイが椅子を蹴って立ち上がった。


「追い出されたのが悔しいからって、出まかせで——膝なんか何ともねえ」


「今はね。治癒で痛みを消してるから。でも——」


「うるせえ。医者でもねえ薬師ごときが」


ミラが小さく息を吐いた。同情の顔。


「ナディアさん、お気持ちは分かります。でも——治癒魔法の方が確実ですから。カイさんのお膝も、私がちゃんと診ていますよ」


声が柔らかかった。柔らかいのに、意味は「あなたの出番はない」だった。


ゼルドが立ち上がった。


「ナディア。三年間世話になった。だが——そういう言い方はよくない」


(そういう言い方。事実を伝えただけだ。でもこの人たちには、負け惜しみにしか聞こえない)


鞄を肩にかけた。


振り返らなかった。扉を開けて、夜の通りに出た。



***



一人になった。


ギルドの掲示板の前で依頼票を眺めていた。回復役にソロで受けられる仕事は少ない。


(三年間。全部無駄になった。——いや、無駄じゃない。三年間誰も死ななかった。それは事実だ。でも治癒魔法の光は見える。私の仕事は見えない)


「あの、すみません」


声がした。振り向いた。


男が一人。三十手前。黒髪を後ろで束ねている。冒険者の装備だが、剣ではなく槍。右肩の位置がわずかに下がっていた。


「掲示板に回復役の募集を出してるんですが、応募がなくて」


ディーク、と名乗った。元騎士団。怪我で退役して冒険者をやっている。


「治癒魔法が使える方を探してたんですが——」


「私、治癒魔法は使えません。薬と包帯だけです」


「……それだけで三年間パーティを?」


「死人は出してません」


ディークが少し考えて、頷いた。


「十分です」


「あと、すみません。右肩、下がってますよね」


ディークの目が少し開いた。


「騎士団の時に折って、治癒でくっつけたけど肩の位置が戻らなかった。それで槍に替えました」


「治癒は骨を繋ぎますけど、周りの筋肉のバランスまでは直さない。ずれたまま固まってるんだと思います。……時間はかかりますけど、治せるかもしれません」


ディークが手を差し出した。握った。



***



三ヶ月が経った。


ディークとの仕事は噛み合った。この人は前に出る前に「背中は任せていいか」と確認する。ゼルドは確認しなかった。突っ込んでから「頼む」だった。


肩のリハビリは毎晩やった。薬草を練り込んだ膏薬を塗って、手技で筋肉をほぐす。


「ここ押すと痛いですか」


「痛い」


「ここは」


「痛い」


「ここは」


「全部痛い」


「全部痛いのが正しいんです。筋肉が固まってた証拠なので」


二ヶ月目で肩の位置が動き始めた。三ヶ月目には槍の構えが変わった。重心が安定して、振りが速くなった。


「ナディア。肩、全然違う」


「毎日ちゃんとやってるからです」


宿の食堂で向かい合って飯を食う。こういう時間が前のパーティにはなかった。回復役は裏方だから食事も別だった。


ディークは違った。飯は一緒に食う。買い出しに付き合う。野営の時は火の番を交代する。


ある夜。野営の火の向こうにディークがいた。


「なあ。前のパーティ、何があったんだ」


話した。全部。


ディークは黙って聞いていた。火が爆ぜる音だけが続いた。


「全部言ったのに。誰にも信じてもらえなかった」


「信じなかったやつが馬鹿だ」


短かった。飾りがなかった。


「俺の肩を三ヶ月で直した人間の診断を笑うやつは、馬鹿だ」


火が揺れた。


ディークの横顔を見ていた。治癒魔法の光ではなく、毎日の膏薬の効果を信じてくれる人。


胸の奥が熱くなった。火のせいだと思った。そう思うことにした。



***



半年後。


ギルドの掲示板の前に人だかりができていた。


「勇者パーティが壊滅——」


「魔獣の巣で剣士が膝を壊したらしい」


「魔術師も倒れた。内臓がどうとか」


「聖女は?」


「逃げたって。パーティが崩れた翌日に、別の街に移ったらしい」


「聖女が逃げる?」


「元々あのパーティに入ったのも、勇者の名前が欲しかっただけだって噂あったろ。使えなくなったら乗り換えるんだよ、ああいうのは」


(——やっぱり。ミラは最初からパーティの名声が目的だった。回復役の枠を奪ったのも、善意じゃない。自分のポジションを確保するために、邪魔な先任を追い出した。そしてパーティが壊れたら次の宿り木を探す)


ディークが隣に立っていた。掲示板を見ていた。何も言わなかった。


宿に戻った。


夕食を食べていた。


酒場の扉が開いた。


ゼルドが立っていた。半年前と別人だった。目の下に影。頬がこけている。


その後ろに——カイがいた。


松葉杖だった。右膝が異様に腫れている。膝から下が不自然な角度になっていた。隣をレナが支えている。レナの顔は土色で、唇の色が消えていた。


三人がテーブルの前に来た。カイが椅子に倒れ込むように座った。松葉杖が床に落ちた。拾えなかった。身体を曲げると膝に激痛が走るのだ。ゼルドが拾って立てかけた。


レナは座ったまま動かなかった。呼吸が浅い。顔を上げるだけで疲労する身体だ。


見たくなくても見えてしまう。


「ナディア」


ゼルドの声がかすれていた。


「お前の言った通りだった。カイの膝が戦闘中に折れた。庇いきれなくてレナも巻き込まれて——ミラの治癒では間に合わなかった」


「ミラは」


「逃げた。壊滅した翌日に」


「治癒は」


「膝に何度もかけた。骨は繋がる。でも——立てない。治癒をかけるたびに骨は繋がるのに、立てない。なぜだか分からなくて——」


「靭帯です」


ゼルドが顔を上げた。


「治癒魔法は骨を繋ぎます。傷口を塞ぎます。でも靭帯の断裂は再建できない。すり減った組織を元に戻す力は治癒にはない。——半年前に言いました」


カイが口を開いた。声が小さかった。半年前に酒場で怒鳴った声とは別人の声。


「……膝が、治らねえんだ。誰に聞いても分からねえ。治癒をかけても——」


「かけても治らないのは、治癒の範囲外だからです。靭帯を支えるのは魔法じゃなくて、固定と安静と、時間をかけた手当てです。半年前なら——包帯で固定して、湿布を貼って、二ヶ月安静にするだけで治った」


カイの手がテーブルの上で白くなった。


「今はもう断裂しています。膝は元には戻りません」


レナが口を開いた。息が浅い。


「私も……魔法が……」


「レナ。黙ってて。喋ると消耗する」


レナの目が潤んだ。


ゼルドが頭を下げた。勇者の肩書を持つ男が、酒場のテーブルに額をつけた。


「頼む。戻ってきてくれ」


「ゼルドさん」


「二人を治してくれ。お前にしかできない。——頼む」


「半年前に同じことを言いました。聞いてくれていたら、二人ともこうはならなかった」


「分かってる。分かってるんだ。だから——」


「もう手遅れです」


声が震えなかった。


「カイの膝を診てくれる医者は他にもいます。ゼルドさんが探してあげてください。——私はもうあなたたちのパーティの人間じゃない」


ゼルドが何か言いかけた。


「行くぞ」


ディークが立ち上がった。鞄を持っていた。私の分も。


カイを見た。レナを見た。ゼルドを見た。


「こいつの腕が必要だったなら、半年前に笑わなければよかったな」


それだけ言って、先に扉を開けた。


扉が閉まる直前、カイの声が聞こえた。


「待ってくれ——膝だけでも——」


閉まった。


夜の通りに出た。秋の風が冷たかった。



***



並んで歩いた。しばらく何も喋らなかった。


街灯が並木の影を石畳に落としていた。自分の足音とディークの足音だけが聞こえていた。


「ナディア」


「何ですか」


「鞄、自分で持てるか」


「持てますよ。なんで——」


「手が震えてる」


見た。


右手が震えていた。自分で気づいていなかった。


平気な顔をしていた。平気なつもりだった。でも——カイの膝を見た時。あの腫れ方を見た瞬間に、半年前の自分の声が蘇った。放っておいたら断裂する、と。その通りになった。予言が当たって嬉しいわけがない。


レナの顔色。あと数ヶ月早ければ。


(分かってた。半年前に分かってた。伝えた。伝えたのに——)


伝えた。笑われた。出ていった。それで正しかった。


でも身体がそう思っていなかった。手が震えている。あの二人の壊れた身体を見て、自分の手が反応している。


「……ディーク」


「ああ」


「少し、止まっていいですか」


立ち止まった。並木の下。街灯の光が落ちる場所。


ディークが隣に立っていた。こちらを見ていなかった。前を向いていた。


「泣いてもいいぞ」


「泣きません」


「泣いても誰も見てない。俺も見ない」


「泣き——」


声が詰まった。


カイの松葉杖を握れなかった手。レナの、椅子から立ち上がれなかった身体。ゼルドの赤い目。


半年前、あの酒場で追い出された日。夜の通りを一人で歩いた。泣かなかった。悔しかったけど泣かなかった。泣いても何も変わらないと分かっていたから。


今も何も変わらない。泣いてもカイの膝は治らない。レナの肝臓も戻らない。


でも——半年間ずっと奥に押し込めていたものが、せり上がってきた。


正しかった。全部正しかった。でも正しくても届かなかった。


伝えた言葉が、笑い声に消された。あの夜のことを、身体がずっと覚えていた。


泣いた。


声が出た。止められなかった。並木の下で、鞄を抱えて、しゃがみこんだ。


ディークは何も言わなかった。


隣に立ったまま、前を向いていた。本当に見ていなかった。


ただ——右肩に、手が置かれた。


三ヶ月かけて私が直した肩。左右対称に戻した肩。その右手が、私の肩に。


重くも軽くもなかった。ただ、あたたかかった。


どれくらいそうしていたか分からない。涙が止まって、息が落ち着いて、鼻をすすって、顔を上げた。


「……すみません」


「謝るな」


ディークがようやくこちらを向いた。穏やかな目。——だけじゃなかった。眉の間に力が入っている。怒っている顔だった。私に対してじゃない。私を泣かせたものに対して。


「ナディア。お前は正しかった。最初から全部」


「……知ってます」


「これからも正しいことを言え。俺は笑わない。——俺は、お前の言葉を聞く」


笑わない。聞く。


三年間パーティにいて、一度も言われなかった言葉だった。


「……ディーク」


「何だ」


「右肩。触っていいですか」


「今か」


「確認したいので」


ディークが向き直った。


右肩に手を当てた。肩甲骨の位置。筋肉のバランス。三ヶ月かけて整えた場所。


完璧だった。ずれていない。維持されている。


「問題なし」


「知ってる」


「じゃあなんで触らせたんですか」


「お前が触りたそうだったから」


手がまだ肩にあった。震えは止まっていた。


ディークの手が動いた。肩に置かれていた手が、私の手の上に来た。肩の上で重なった。


「……ディーク?」


「泣いた後の手は冷たい。——温めてるだけだ」


(嘘だ。手を温めるなら手を握ればいい。肩の上で重ねる必要はない)


でも振り払わなかった。温かかった。この人の手はいつも温かい。健康な身体の温度。私が三ヶ月かけて整えた身体の温度。


「ナディア」


「何ですか」


「明日から、リハビリの頻度上げていいか。肩だけじゃなくて全身」


「……私が言おうとしてたのに」


「先に言った」


「なんでですか」


「お前に触られる口実が増える」


「——は」


「冗談だ」


「冗談に聞こえなかったんですけど」


「半分は本気だ」


顔が熱くなった。秋の夜風に当たっているのに。泣いた後で目が腫れているのに。


「……ディーク」


「何だ」


「好きなだけ触ってくださいって言ったら、どうします」


ディークが目を丸くした。それから——笑った。声を出して。


「……言質取ったぞ」


「取ってないです。仮定の話です」


「仮定じゃない顔してるが」


「暗いから見えないでしょう」


「見えてる」


並んで歩き出した。宿までの道。足音が二つ。


ディークの手が、自然に私の手を取った。指が絡んだ。


さっきまで震えていた手が、今はしっかり握り返していた。


地味で、光らなくて、時間がかかる。


でもこの手は、ちゃんと人を治してきた。これからも治す。


隣にいるこの人の身体も。自分の身体も。



【完】

ここまで読んでいただきありがとうございます。


「身体を読んで、嘘と本音を見抜く」医療ファンタジーの長編を連載中です。

追放された宮廷医師が、呪いと見捨てられた王子の病に名前をつける物語。


作者ページ、もしくは以下リンクより

『追放された宮廷女医師は身体の嘘を見逃さない ~その病、この世界の誰にも治せませんが私は知っています~』

https://ncode.syosetu.com/n6238md/


※ナディアのように「身体を読む」女医が主人公です。

色々見抜いてしまう関係でサスペンス要素が強めなため、迷いましたがジャンルは「推理」に置いています。

本作同様のロマンス要素も、ゆっくりですが確実に進みます。

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