パラグアイ>>>>>>>(超えられない壁!)>>>>>>>全世界
歴史上、様々な国や時代では、だいだい男性優位の社会が多い。
もちろんエリザベス女王やエカチェリーナ二世、則天武后のような傑物である例外は存在するが、それも男性の地位に女性がつくことでなったものであり、女性の地位そのものには影響が出ない。
ただ、女性の地位を上げるのに手っ取り早い手がある――男が死ねばいいのだ。
例その1 共和制ローマ(紀元前100年から40年ごろ)
この時代のローマは内乱の時代だった。
まず、スッラ派とマリウス派でローマを奪い合う。
たとえば、マリウス派がローマを占領すると、スッラ派の元老院議員が殺される。
ところが、スッラ派が盛り返してローマを奪還すると、マリウス派が殺される。
そして、またマリウス派がローマを占領すると、当然のごとくスッラ派が殺される。
こうして、ローマの上層男性が大量に死んでしまうと、問題が起こる。
財産だ。
男性が亡くなれば、彼が握っていた不動産や金銭が相続されるわけだが、相続というのはいつの時代でも様々な混乱が伴う。
そんななか、スッラやカエサルのような抜け目なく立ち回る人物が動くと、そうした財産が独占されかねない。
共和制ローマでは選挙で選ばれる執政官が最高位だが、任期が一年だけで、しかも選挙は恐ろしく金がかかる。
逆を言えば、金さえあれば執政官で居続けることができる。
そこでローマで考えついたのが、女性に財産を握らせることだ。
一家の家長は男であり、権限があるが、その財産の鍵は女性が握るのだ。
それまでのローマでは女性の権限はかなり低めに抑えられていたので、これにより大いに地位が上昇した。
ただ、上昇したのは裕福な上流階級の女性のみであり、財産がそもそもない庶民の女性の地位は相変わらず低かった。
結局、死んだのが上流だけだと変化は上流だけでしか起こらない。では、庶民クラスの大量死が起きるとどうなるか。
例その2 第一次大戦の参戦国(1914年~)
以前にも述べたが、この大戦で主要参戦国は人口ピラミッドがぐらぐらになるほどの成人男性が死んだ。
そもそも、男が出征してしまい、戦時中から男の数が減っていたので、路面電車の運転手など、平時には男がしていた仕事に女性が進出した。
戦後、あまりにも戦死者が多かったので、それまでの男女観が崩れ、女性の地位が向上した。イギリス、ロシア、オーストリアでは1918年に制限付きながら女性の参政権が保証された。
やはり、男が死ねば死ぬほど、女性の地位は上昇するようだ。
ラディカルなフェミニストはもっともっと死ね死ねと思うだろう。
では、もっともっと死んだケースを見てみよう。
例その3 パラグアイ戦争(1870年以降)
パラグアイがブラジル、アルゼンチン、ウルグアイを敵にまわして戦争をするという無謀をやらかし、パラグアイは負けた。
戦前52万人の人口が五年以上の戦争ののち、半分以下の21万人に減少した。
14歳以上の男子の85%が死亡した。
ここまで死ねば、女性の地位はうなぎのぼりだと思われるが、むしろ逆だった。
当然だ。希少価値というものがある。
戦後のパラグアイでは若い男性というものはほとんどなかった。生きている男は子どもか年寄りだけだった。
人口の半分以上を失い、賠償金を払い、領土をカツアゲされ、イギリス資本が乱暴に入り込み、耕作地のほとんどが荒れ地となり、社会は崩壊した。
すると、一緒に倫理観も吹っ飛んだ。
当然のごとく重婚が認められた。どんなブ男でも成人していれば、引っ張りだこだった。
とにかく人間を、特に男を増やさなければいけなかった。
太平洋戦後の日本は大勢死んだが、戦死者の割合は実は十パーセントを超えない。
戦死者の割合が六十パーセントを超えるパラグアイの状況は想像を絶するものだった。
パラグアイの例をけしからんと思う人がいるだろうから、ひとつ付け加えたいことがある。
当時のパラグアイでは 望まれない子ども、という概念が消えた。不倫だろうが、強姦だろうが、近親相姦だろうが、子どもが生まれたら、村なり町なりその共同体全体で助けた。
女性が誰の手助けも得られないまま、子どもをひとりで育てるということはなくなったのだ。
以前、わたしは社会制度を選択する際、一番いいところではなく、一番悪いところを許容できるかで選ぶべきだと言った。
パラグアイはかなり難しい問題を投げかけてくる。




