おれ、電子レンジと結婚するよ
1850年代、アメリカ南部。
北部出身の婦人解放運動家が南部出身の婦人解放運動家に家に招待された。
そして、いかにこれまでの社会が女性を抑圧してきたかについて話し、すっかり意気投合し、全ての女性の解放を生涯の一目標として決めたところで、北部出身の女性は家のなかに置いてある奇妙なものを見つける。
一見すると、取っ手付きのまな板のようなのだが、このまな板には鉄の鋲が目いっぱい打ってある。
「あの、これはいったい何に使うんですか?」
「ああ、それ? 黒人をしつけるために使うんですの」
奴隷制度があったころのアメリカ南部では反抗的な黒人奴隷をしつけることを専門にする業者がいて、身体機能や外見を一切損なうことなく、あらゆる苦痛を与えることを新聞に掲載していた。
とはいえ、1850年代は世界は奴隷解放に傾いていた。奴隷貿易は禁止されていたので、新しい奴隷が欲しかったら、奴隷に子どもを産ませるしかなかった。
そのため、奴隷の値段は高騰していて、二十代成人男性は1200ドルした。
当時のアメリカ庶民の年収は200ドルから400ドル、800ドルなら都市部の医者や弁護士、軌道に乗った実業家の年収だったのだから、1200ドルがいかに高いかがわかる。
だから、黒人奴隷を殴るには専門業者に委託しなければならなかった。
現在のような人種差別主義者のガキんちょが殴るとなれば大変で、ケガの程度によっては年収の数倍の賠償金を払わないといけない。
南部アメリカ人も自由の国アメリカに奴隷制度があることが不自然だと思っていたとは思う。
だから、知能で劣っている黒人を優秀で倫理的にも優れた白人が導いてやらないといけないという神話を作って、信じて、正当化をしているのだ。
奴隷制度の存在が疑いなく当然のこととされていた古代ローマなどでは、いちいち奴隷は自分よりも劣っているなどとは思ったりはしない。電子レンジ相手にお前はおれよりも劣っていると思わない。奴隷とは便利な家電なのだ。
はなから人間だと思っていないから、変な言い訳を必要としていないのだ。
しかし、蔑まないからと言って、まったくの区別がなくなったわけではない。
もし、わたしが「おれ、電子レンジと結婚する!」と宣言すれば、親も親戚もわたしを止めるだろう。
奴隷制度のキモは自分よりも優れている人間を社会制度を利用して隷属させることにある。
自分よりも料理がうまいからコックにする、自分よりも戦いがうまいから剣闘士にする。
奴隷を自分の教師にすることもあるだろう。その奴隷が、戦利品としてギリシャから連れてこられた文学や哲学に詳しい学のある人であれば。
もちろんイヤラシイ目的や、農場や鉱山などでの使い捨て労働など人の道外れた外道(頭痛が痛いみたいな表現だ)はたくさんいる。古代ローマ時代の奴隷価格は時代によって上下はあるが、だいたい五、六十万円でアメリカ南部の奴隷市場よりはずっと安い。だから、メンテナンスにお金をかけるよりは最低限の食事だけ与えて、使いつぶして新しいものを買ったほうがいいと考える。
電子レンジの代わりをする奴隷、洗濯機の代わりをする奴隷、マッサージチェアの代わりをする奴隷。
現在のわれわれが家電製品を地球環境に悪い!と叫んで全部捨てることが難しいように、古代人にとっても奴隷制度を捨てることは難しかった(ただ 剣闘士は家電というよりは格ゲーの代わりになる奴隷で、ギリシャ人の家庭教師はAIの代わりになる奴隷に近い気がする)。
奴隷たちの筋肉は現代の電気や石油であり、当時の経済システムにがっちりと組み込まれている。それを取り外せば、文明崩壊だ。
ただ、それは古代の話であって、アメリカ南部では黒人奴隷の代わりに移民がある。
実際、1850年代、ブラジルも奴隷制度があったが、サンパウロのコーヒー農園主たちはきれいさっぱり奴隷と手を切って、移民を奴隷のごとく働かせることにした。初期投資はほぼゼロ、賃金は払わないといけないが、移民たちはイタリア南部やポルトガル、ギリシャから勝手にどんどんやってくるので、賃金もどんどん安くできる。嫌ならよそで働きな。
そう思えば、アメリカ南部の奴隷制度は倫理的にも社会的にも経済的にも行き詰まっていた。
それが南北戦争という六十万人以上の死者を出す戦争を引き起こすのだから、たまったものではない。
結局、奴隷にしろ移民にしろ、主人ガチャの当たり外れが激しい。
さらに社会ガチャがある。
古代ローマでは差別は人種ではなく、ローマ市民であるか否かにかかっていた。ローマ市民からすれば、奴隷も非ローマ市民の属州人も大差はなかった。そして、奴隷は主人が解放するつもりになれば、解放奴隷になり、指定の役所に登録し、元の主のもとで一年に何日か働けば、アフリカ人だろうがゲルマン人だろうがローマ市民になれた(逆に属州人がローマ市民になるには数年以上の兵役につかなければならない)。
ピラミッドをつくる労働は奴隷同然に働かされるものだが、紀元前三千年前では生活に必要な物品が少なすぎて、一日にパンとビールをもらえれば、割と恵まれた賃金労働者にカウントされた。
オスマン帝国のハレムにいる女性たちは皇帝専用のセックス奴隷だが、皇帝のお手つきになって、男の子が生まれ、その子がスルタンになれば、彼女は帝国の最高権力者になれた。
アメリカ南部の黒人奴隷は解放されても、ジム・クロウ法で釘付けされ、最低限の食事だけで満足するのは不可能なほど文化が発達し、持ち主のお手つきになって、男の子を生んだとしても(たとえ白人の血が半分入っていたとしても)、その子は奴隷であり、母親と引き裂かれて別の農場に売り飛ばされることがあった。
とはいえ、ローマ、エジプト、オスマンと比べれば、アメリカ南部のほうがマシな点もある。食料生産はずっと安定しているから、飢饉は起きにくい。古代人の骨を観察すると、栄養不良のせいで骨の形成が阻害された形跡がほぼ確実に発見される。古代人はその人生で最低でも一回は飢饉を経験する。ハレムでは皇帝が死を命じれば、弓の弦で首を絞められて殺される。
社会制度を選択する際は一番いいところではなく、一番悪いところを我慢できるかで判断しなければいけない。




