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追放されたベッドメイカー、寝床を整えただけでパーティが最強になってしまう  作者: わたぎきぬ
第一章 ノア、弱小パーティに拾われる
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第8話 快眠希望の商人

 ギルドの朝は、いつも通り忙しかった。

 依頼書の整理。報告書の確認。冒険者の対応。

 流れるように動いていたミリアの手が、ふと止まる。


 暁紅蓮隊の報告書だった。


 討伐完了。負傷軽微。消耗少。

 それ自体は、珍しくない。


 だが――


(……多い)


 似たような内容が、何件も続いている。

 安定している。

 いや、安定しすぎている。


 ミリアは別の報告書へ視線を移した。

 同ランク帯の記録。

 そこには、ちゃんと波がある。

 消耗も負傷も、想定の範囲で上下している。


 だが、暁紅蓮隊は違う。


(……おかしい)


 小さく息を吐いた、その時だった。

 扉が開く。


「おはようございます!」


 元気な声。ライガだ。

 続いてロイド、フィナ、シエラ。

 そして最後に、藁束を背負った青年――ノア。


 ミリアの視線が、わずかにそこへ向く。


(……あの人)


 何度見ても、戦闘員には見えない。

 だが、結果は出ている。


「依頼、受けるぜ!」

「……こちらになります」


 差し出したのは、帰路護衛の依頼書だった。


「昨日、討伐は完了しています。今回は帰路の安全確保です」

「余裕だろ」

 ライガが笑う。


「……本当に、この難易度で問題ありませんか?」


 軽く投げた問い。

 だが、ライガは迷いなく答えた。


「問題ねぇよ」


 ミリアは一瞬だけ、ノアを見る。

 だが彼は――


「……今日の寝床、どこに作るか」


 ぼそりと、そんなことを呟いていた。


(……気のせい、か)


「では、お願いします」



 森の中。

 簡易の野営地。


 護衛対象の商人――バルトは、落ち着かない様子で辺りを見回していた。


「その……夜って、大丈夫なんですよね?」

「任せとけって!」

 ライガが胸を叩く。


 だが、バルトの表情は晴れない。


「昔、帰り道で襲われたことがあって……それ以来、どうにも……」

「無理もありません」

 フィナが優しく頷く。


 その横で、ノアはすでに作業を始めていた。

 藁をほどく。

 地面の凹凸を均す。

 足で軽く踏み、沈みを確かめる。

 少し位置をずらす。

 風の通りを確かめるように、手のひらをかざす。

 束の向きを揃える。

 最後に、ほんのわずかだけ整える。


「……これでいい」


「え?」


「寝て」


 それだけ言う。


 バルトは戸惑いながらも横になり――


「……あれ」


 次の瞬間には、寝息を立てていた。


「……早っ」

 ライガが呟く。


「安心したんでしょう」

 フィナが微笑む。


 シエラだけが、じっと見ていた。



 翌朝。


「いやぁ……久々にぐっすり眠れましたよ!」


 バルトは、すっきりした顔で伸びをした。


「それは良かったです」

「だろ? 俺たちが守ってるからな!」

 ライガが笑う。


「え? 守るって……何かありました?」


 一瞬、空気が止まる。


 ロイドが目を細める。

 シエラは何も言わない。

 ノアは小さく欠伸をした。


「……あんまり寝た気がしない」



 その日の戦闘は、すぐに始まった。


 灰牙ウルフの群れ。

 本来なら問題にならない相手。


「いくぞ!」


 ライガが踏み込み、ロイドが前に出る。


 だが――


「……遅い」


 ロイドの反応が、わずかに遅れる。

 一匹、抜けた。


「っ、来てる!」


 バルトの方へ。


「ちっ!」


 ライガが進路を変える。

 隊形が崩れる。


「ファイアアロー!」


 シエラの魔法が放たれる。

 だが、わずかにズレる。


「……っ」

「ラウンドヒール!」


 フィナが範囲回復を展開する。

 回復は間に合う。


 だが――遅い。


「なんだ……今日……!」

 ライガが舌打ちする。


「……自分の動き、遅れている」

 ロイドが低く呟く。


「気のせいで片付けるには、ズレすぎてるわね」

 シエラが小さく言う。


 ノアは周囲を見ていた。


「……なんか、足場が気持ち悪い」

「は?」

「いや、なんか……落ち着かない」



 どうにか戦闘を終えた。

 大きな被害はない。

 だが、明らかにいつもと違う。


「……今日は調子悪いな」

 ライガが息を吐く。


「……昨日と、違う」

 ロイドが言う。


 シエラの視線が、ノアへ向く。

 だが――


「……ちゃんと寝たい」


 それだけだった。



 その夜。


 ノアは、再び藁を整えていた。

 少しだけ位置を変える。

 手のひらで押さえ、沈みを確かめる。


「……これじゃ、寝にくい」


 ただ、それだけの理由で。



 翌朝。


「いやぁ……今日もぐっすりで!」

 バルトが笑う。


 ロイドが目を細める。


「……戻っている」


 シエラは小さく息を吐いた。


「はぁ。アタシも認めるわ。睡眠って大事ね」

「シエラさん。お肌にも大事です!」

 フィナがぱっと顔を上げる。


「……それは知ってるわよ」


 少しだけ間を置いて、シエラがそっぽを向く。


 ロイドは腕を組んだまま頷いた。


「超回復にも影響する可能性があるな」

「またそれ言ってる」

 ライガが呆れたように笑う。


 ノアは欠伸を一つした。


「……ちゃんと寝たら、全部解決しますよ」

「雑すぎるだろ」



 ギルド。

 報告書が、再び積まれる。


 安定した結果。

 乱れのない数字。


 ミリアはそれを、じっと見つめていた。


(……やっぱり、おかしい)


 視線が、ゆっくりと入口へ向く。

 藁束を背負った青年――ノア。


(……何かがある)


 その確信だけが、静かに積み重なっていく。

 そして――ふと、違和感が引っかかった。


(……待って)


 紅蓮隊だけじゃない。


 手が、無意識に動く。

 棚に積まれた別の資料束へ。


 チーム・アルファの過去報告書。


 引き抜く。

 ページを捲る。


 表紙に記された名前。

 レオン。

 ガレス。

 リリア。

 エマ。

 そして――ノア。


 見慣れた名前だった。

 幼い頃から才能を示していた者たち。

 中には名家の出身もいる。

 ギルドでも期待されていたパーティ。


 だからこそ、記録は理解できる。


 討伐。成功。軽傷。安定。

 次のページ。

 その次も。


 変わらない。


 もう一度、最初から捲る。

 見落としがないか、目を走らせる。

 何度も。何度も。


 けれど。


(……ない)


 突出した成果も、異常な回復も。

 ただの、優秀なパーティの記録。

 それだけ。


 ページを閉じる。

 小さく、息を吐く。


 視線を上げる。

 入口に立つ、藁束の青年。

 何もしていないように見える、その姿。


(……見落としてる)


 確信だけが、残る。

 だが、それが何かは、まだ分からない。


(そういえば、アルファは今、任務でこっちに来てるんだっけ)


 ミリアの指先が、報告書の端を静かに叩いた。

 規則的に。二度、三度。


 偶然。

 思い込み。

 勘違い。


 そう片付けるには、数字が揃いすぎている。


 紅蓮隊の安定。

 ノアがいたアルファの安定。

 そして、ノアが抜けた今のアルファを、ミリアはまだ見ていない。


 そこまで考えたところで、ギルドの扉がまた開いた。

 外の光が差し込む。

 冒険者たちの声が重なる。


 忙しい朝は、まだ終わらない。


 ミリアは報告書を整え、静かに棚へ戻した。

 だが、その視線は一度だけ、ノアの背の藁束へと吸い寄せられる。


 乾いた色。

 何の変哲もない束。

 ただ、それだけのもの。


 それなのに。


(……藁?)


 胸の奥に引っかかった違和感は、まだ形にならない。

 けれど確かに、そこにあった。


 藁束を背負った青年は、今日もぼんやりと立っている。

 何も知らない顔で。

 何もしていない顔で。


 そのくせ、結果だけが残る。


 ミリアは、小さく目を細めた。


 答えはまだ出ない。

 だが、ようやく問いだけは見えてきた。


 ――あの青年は、本当に何もしていないのか。


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